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壬辰新年 |
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德富蘇峰 | ||
蚊蚋負山志可憐, 那將成敗問蒼天。 半宵淸籟驚殘夢, 一瞬星霜九十年。 |
蚊蚋 山を負ふ 志 憐む可し,
那ぞ 成敗を將って 蒼天に問はんや。
半宵の淸籟 殘夢を驚かす,
一瞬の星霜 九十年。
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◎ 私感註釈
※德富蘇峰:ジャーナリスト。徳富蘆花の兄。本名は猪一郎。文久三年(1863年)~昭和三十二年(1957年)。熊本の生まれ。民友社を創立。平民主義を主張した。三国干渉を機に国家主義に転向。終戦後、文筆生活に入る。主著に『近世日本国民史』がある。
※壬辰新年:昭和二十七年(1952年)の新春。 *この詩、後出・江藤新平の『逸題』「欲掃胡塵盛本邦,一朝蹉跌臥幽窗。可憐半夜蕭蕭雨,殘夢猶迷鴨綠江。」の影響があろう。 ・壬辰:〔じんしん;ren2chen2○○〕みづのえたつ(=水の兄(え)辰(たつ))。ここでは昭和二十七年。十干と十二支の組み合わせによる六十までの序列表示では、壬辰は(はじめの「甲子」から二十九番目
。歳次が壬辰年は、昭和二十七年(1952年)。なお、干支による表記では、六十回(六十年)で一巡し、例えば壬辰年は昭和二十七年(1952年)の六十年前の1892年(明治二十五年)、或いは、六十年後の2012年(平成二十四年)も壬辰年となる。
※蚊蚋負山志可憐:蚊(か)(のように取るに足らないわたし)が、山を背負うような重すぎる任務を引き受けた志は壮とすべきものであり。 ・蚊蚋:〔ぶんぜい;wen2rui4○●〕蚊(か)のこと。蚊(か)とぬかが。蚊(か)とぶよ。 ・蚊蚋負山:蚊(か)が山を背負うの意で、力が小さくて任務の重すぎる譬え。『莊子・應帝王』に「其於治天下也,猶渉海鑿河而使蚊負山也。」とある。 ・志可憐:『論語・子罕第九』に「子曰:三軍可奪帥也,匹夫不可奪志也。」とあり、そのフレーズを生かしたか。 ・可憐:心が強く動かされるさまをいう。あわれ。うらやましい。愛らしい。中唐・白居易の『長恨歌』の「金屋妝成嬌侍夜,玉樓宴罷醉如春。姉妹弟兄皆列土,可憐光彩生門戸。遂令天下父母心,不重生男重生女。驪宮高處入靑雲,仙樂風飄處處聞。緩歌謾舞凝絲竹,盡日君王看不足。」や、劉希夷『公子行』の「可憐楊柳傷心樹,可憐桃李斷腸花。」
や、唐・王昌齡『梁苑』「梁園秋竹古時煙,城外風悲欲暮天。萬乘旌旗何處在,平臺賓客有誰憐。」
、盛唐・杜甫の『登樓』に「花近高樓傷客心,萬方多難此登臨。錦江春色來天地,玉壘浮雲變古今。北極朝廷終不改,西山寇盜莫相侵。可憐後主還祠廟,日暮聊爲梁甫吟。」
白居易の『暮江吟』「一道殘陽鋪水中,半江瑟瑟半江紅。可憐九月初三夜,露似眞珠月似弓。」
とあるのに同じ。
※那將成敗問蒼天:どうして、成功か失敗かだけの論議で、天命(=我が身の運命)を論じることができようか。 ・那:〔な(だ)na3●〕なんぞ。いかんぞ。いかん。 ・將:〔しゃう;jiang1○〕…をもって。名詞の前に置き、文言の「以」に似た働きをする。「將+名詞句」。 ・成敗:成功と失敗。名詞。 ・蒼天:青空。天。また、天帝。造物主。 ・問蒼天:大空に問いかける。古代詩の特徴の一である天問の形をとっている。『詩經』唐風の中の『鴇羽』に「肅肅鴇翼,集于苞棘。王事靡,不能藝黍稷,父母何食。悠悠蒼天,曷其有極。」
とあり、『詩經』王風の中の『黍離』に「彼黍離離,彼稷之苗。行邁靡靡,中心搖搖。知我者,謂我心憂,不知我者,謂我何求。悠悠蒼天,此何人哉。 彼黍離離,彼稷之穗。行邁靡靡,中心如醉。知我者,謂我心憂,不知我者,謂我何求。悠悠蒼天,此何人哉。 彼黍離離,彼稷之實。行邁靡靡,中心如噎。知我者,謂我心憂,不知我者,謂我何求。悠悠蒼天,此何人哉。」
とあり、北宋・梅堯臣の『悼亡詩』に「從來有修短,豈敢問蒼天。見盡人間婦,無如美且賢。譬令愚者壽,何不假其年。忍此連城寶,沈埋向九泉。」
とある。
※半宵淸籟驚殘夢:夜半、木々を吹き抜ける清々しい風の音に驚かされて、見果てぬ夢から(目覚めさせられたが)。 ・半宵:夜中。夜半。後出・江藤新平の『逸題』「可憐半夜蕭蕭雨」に因ろう。「半宵」として、「半夜」「夜半」としないのは、句のここは○○とすべきところで、「半宵」は●○で、本来詩句中「○○」とすべきところで用い、「半夜」「夜半」は●●で、本来詩句中「●●」とすべきところで用いるものであるため。 ・淸籟:木々を吹き抜ける清々しい風の音。唐・沈佺期『邙山』「北山上列墳塋,萬古千秋對洛城。城中日夕歌鐘起,山上唯聞松柏聲。」
とある。 ・殘夢:見残した夢。見果てぬ夢。明治初頭・江藤新平は『逸題』で「欲掃胡塵盛本邦,一朝蹉跌臥幽窗。可憐半夜蕭蕭雨,殘夢猶迷鴨綠江。」
と使う。晩唐・温庭
の『菩薩蠻』に「玉樓明月長相憶。柳絲
娜春無力。門外草萋萋。送君聞馬嘶。 畫羅金翡翠。香燭消成涙。花落子規啼。綠窗殘夢迷。」
とある。
※一瞬星霜九十年:短い時間だった、九十年の歳月は。 ・一瞬:一度、瞬(まばた)きをする間(あいだ)程の極めて短い時間。魏・阮籍は『詠懷詩』其十「昔年十四五,志尚好書詩。被褐懷珠玉,顏閔相與期。開軒臨四野,登高望所思。丘墓蔽山岡,萬代同一時。千秋萬歳後,榮名安所之。乃悟羨門子,今自嗤。」
で、「永遠に続く時間も、一瞬も、同じことである」とうたう。 ・星霜:移り変わる年月の譬え。年月。歳月。星は一年で天を一周し、霜は毎年降るのでいう。 ・九十年:作者は、(旧暦)文久三年一月二十五日(1863年)に生まれており、昭和二十七年(1952年)の正月元旦での数えでの年齢。
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◎ 構成について
韻式は「AAA」。韻脚は「憐天年」で、平水韻下一先。平仄はこの作品のもの。
○●●○●●○,(韻),
●○○●●○○。(韻)
●○○●○○●,
●●○○●●○。(韻)
平成21.7.24 7.25完 平成28.6.22補 |
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