武侯墓 | ||
竹添井井 | ||
灑涙幾囘過湊河, 定軍山下又滂沱。 人生勿作讀書子, 到處不勝感慨多。 |
涙を灑ぎて 幾囘か 湊河を過ぎ,
定軍山下 又 滂沱たり。
人生 讀書子と 作ること勿れ,
到る處 感慨の多きに 勝へず。
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◎ 私感註釈
※竹添井井:明治時代の漢学者、外交官。名は光鴻。字は漸卿。通称は進一郎。天保十三年(1842年)〜大正六年(1917年)。森有礼をたすけて清にわたり、やがて中国各地を遊歴し、蜀に至って『桟雲峡雨日記』などを著す(平凡社の東洋文庫に『桟雲峡雨日記』竹添井井著 岩城秀夫訳注がある)。後、天津総領事などに任じられた。後、東京帝国大学教授となった。
※武侯墓:忠武侯諸葛孔明の墓。作者が陝西省に遊び、諸葛孔明のお墓に参った時の作。 ・武侯:諸葛亮(諸葛孔明のこと。「諸葛」が姓。亮は名、字は孔明)。諡は忠武侯。三国・蜀の軍略家。
※灑涙幾囘過湊河:何回か湊川を通り(楠正成の奮戦の跡に)涙をそそいだことがあったが。 ・灑涙:涙をそそぐ。 ・湊河:湊川のこと。兵庫県神戸市を流れる川。旧湊川で、建武三年五月、楠正成と足利尊氏が戦った湊川の戦いの古戦場。九州から東上した足利軍と、戦ったが、敗れて弟・正秀とともに自刃した。現在は湊川神社をその地に遺す。ここを詠ったものに菅茶山の『「宿生田』「千歳恩讐兩不存,風雲長爲弔忠魂。客窗一夜聽松籟,月暗楠公墓畔村。」や、頼山陽の『南遊往反數望金剛山想楠河州公之事慨然有作』「山勢自東來,如鳥開雙翼。遙夾大江流,相望列黛色。南者金剛山,插天最岐嶷。尾抵海垠,蜿蜒劃南域。隱與城郭似,擁護天王國。想見豫章公,孤壘扞群賊。合圍百萬兵,陣雲繞麓K。臣豈不自惜,受託由面敕。灑泣誓吾旅,爲君鏖鬼。果然七尺躯,自有回天力。宕叡連武庫,隔江對正北。公死實在彼,在公盡臣職。所惜壞長城,寧支大厦仄。」や梁川星巖の『大楠公』「豹死留皮豈偶然,湊川遺蹟水連天。人生有限名無盡,楠氏精忠萬古傳。」等本サイトでも多い。
※定軍山下又滂沱:(今また、陝西省の)定軍山の山麓に(ある諸葛孔明のお墓に参って、尽忠報国の志に)涙が盛んにこぼれ落ちた。 ・定軍山:諸葛孔明を祀った陝西省にある山。三国・魏と蜀の主要戦場で、蜀軍が駐留していたところ。山麓には、諸葛孔明を祀った武侯墓がある。現・陝西省漢中市勉県南5キロメートル附近にある山。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)「唐 山南東道 山南西道」52−53ページにある。西京(長安、現・西安)南西150キロメートルの梁州(現・漢中市)の西50キロメートルの西県(現・勉県)にある。 ・又:またしても。以前、湊川で涙を流したことがあったが、ここに来て、またしても涙を流したということ。盛唐・杜甫の『絶句』に「江碧鳥逾白,山花欲然。今春看又過,何日是歸年。」とある。 ・滂沱:〔ばうだ;pang1tuo2○○〕涙の盛んにこぼれるさま。大雨が降るさま。ここは、前者の意。
※人生勿作讀書子:人として生まれた(限りは)、文人などになってはいけない。(国家の隆盛に寄与して戦う武人がうらやましい)。 ・人生:人が生まれてこのかた。人が生きてきて。詩詞ではSV構文の使用例(盛唐・杜甫に『曲江』「朝囘日日典春衣,毎日江頭盡醉歸。酒債尋常行處有,人生七十古來稀。穿花蝶深深見,點水蜻款款飛。傳語風光共流轉,暫時相賞莫相違。」、南唐・李Uの『子夜歌』「人生愁恨何能免?銷魂獨我情何限?故國夢重歸,覺來雙涙垂!高樓誰與上? 長記秋晴望。往事已成空,還如一夢中!」)が多いがここでは、名詞の意で使われている。 ・勿作−:(…と)なるなかれ。 ・讀書子:文人。インテリ。「讀書人」(学者、知識人)の意で使われる。「読書家」の意は無い。
※到處不勝感慨多:どこも、感慨にたえざることが多い。 ・到處:いたるところ。どこも。南唐後主・李Uの『柳枝詞』に「風情漸老見春羞,到處消魂感舊遊。多謝長條似相識,強垂煙穗拂人頭。」とある。 ・不勝:〔ふしょう;bu4sheng1*●○〕…に堪えない。…できない。 ・勝:〔しょう;sheng1*○平韻字〕たえる。こらえる。しのぐ。なお、〔しょう;sheng4●仄韻字〕は、勝つ。おさえる。まさる。(*ただし、現代語では、どちらも後者の発音。)ここの用法では平韻字での意味になる。平韻字としての用例には、李白の『蘇臺覽古』「舊苑荒臺楊柳新,菱歌C唱不勝春(○○○●●○○)。只今惟有西江月,曾照呉王宮裡人。」や、杜甫の『春望』「國破山河在,城春草木深。感時花濺涙,恨別鳥驚心。烽火連三月,家書抵萬金。白頭掻更短,渾欲不勝簪。(○●●○○)」、白居易『楊柳枝』其三に「依依嫋嫋復青青,勾引清風無限情。白雪花繁空撲地,阪N條弱不勝鶯。(●○○●●○○)」 や、劉禹錫の『與歌者何戡』「二十餘年別帝京,重聞天樂不勝情(○○○●●○○)。舊人唯有何戡在,更與殷勤唱渭城。」や、蘇軾の『水調歌頭』「明月幾時有?把酒問天。不知天上宮闕,今夕是何年。我欲乘風歸去,又恐瓊樓玉宇,高處不勝寒(○●●○○)。起舞弄C影,何似在人間!」や、劉綺莊の『揚州送人』に「桂楫木蘭舟,楓江竹箭流。故人從此去,望遠不勝愁(◎●●○○)。落日低帆影,歸風引櫂謳。思君折楊柳,涙盡武昌樓。」などがある。 ・不勝感慨:感慨にたえず。
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◎ 構成について
韻式は、「AAA」。韻脚は「河沱多」で、平水韻下平五歌。この作品の平仄は、次の通り。
●●●○◎●○,(韻)
●○○●●○○。(韻)
○○●●●○●,
●●●○●●○。(韻)
平成22.5.2 (香里園5.3) 5.4 |
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