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吉原 江戸繁昌記
              寺門靜軒 

雪滿楼兮夜將中,
衾如氷兮寒威雄。
夢裏不覺相抱着,
如膠如漆交二弓。
金屏障盡護寒密,
猶是生憎戸隙風。





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吉原 江戸繁昌記

雪 樓に滿ちて  夜 まさに なかばならんとす,
衾 氷の如くにして  寒威 さかんなり。
夢裏 覺めず  抱着はうちゃくす,
にかはの如く うるしの如く  二弓 に きゅうまじふ。
金屏きんぺい おほつくして  寒を護ること 密なれども,
ほ是れ 生憎ニクラシイ  戸隙の風。


        *****************





◎ 私感註釈

※寺門靜軒:(てらかど せいけん)江戸末期の儒者、文人。名は良、字は士温。静軒は号。江戸の人。天保二年に、漢文による江戸の生活風俗書・『江戸繁昌記』を著し、幕府から江戸を追放された。以後、「無用の人」と自称する。 寛政八年(1796年)〜明治元年(1868年)。

※吉原:江戸時代、江戸にあった遊廓。 *読み下しの仮名遣いや送り仮名は、版本の準じた。 * 『吉原』の章に「此是稗史本翻訳」とあり、この詩は当時吉原で流行っていた唄を漢訳したもの。この詩の形式は填詞(宋詞・詩餘)の『浣渓沙』と似ているが押韻方法、平仄など、大きく異なる。『吉原』詩は、元唄に合わせて翻訳し、七言詩で三聯六句で収まっただけとみえる。なお、填詞の『浣渓沙』の詞譜・詞調は次の通り。
   ●○○●●○,(韻)
   ●●○○。(韻)
   ●●○○。(韻)


   ○○●●,
   ●●○○。(韻)
   ●●○○。(韻)

※江戸繁昌記:江戸後期の漢文による江戸風俗書。

※雪滿楼兮夜將中:雪は吉原遊廓の青楼に満ちて、夜も半ばになろうとしている(が)。 ・楼:遊女屋。茶屋。=青楼。楼字は樓字の省略形。 ・兮:〔けい;xi1○〕詩歌で語調を整え、リズムをとる。兮字脚で、句末や言葉を伸ばして言うとき、節奏の切れ目の部分に現れる辞。上古詩に多い。日本語では「…や、」「…て、」、口語の「…よ、」等の意に似ていようか。但し、基本的に漢語(=中国語)のリズムを整えるものなので、読み下しでは日本語を充てて読むことをしない場合が多い。なお、ここのような日本漢詩の狂詩では、「□□□□+□□□」とした節奏とするため、俳諧で謂う所の「字足らず」を補う手だてとして使われている、と見るのが自然。 ・將:まさに…す。 ・中:半ば。

※衾如氷兮寒威雄:体を覆う夜具は、氷のように(冷たくて)、激しい寒気はさかんである。 ・衾:〔きん;qin1○〕体を覆う夜具。かけぶとん。また、ふすま。ここは、前者の意。 ・如氷:氷のように(冷たい)。 ・寒威:寒さのきびしさ。はげしい寒気。 ・雄:さかんなさま。つよい。

※夢裏不覺相抱着:(寒さのために)夢の中で、知らず知らずのうちに抱き合い。 ・夢裏:夢の中。晩唐・陳陶の『隴西行』に「誓掃匈奴不顧身, 五千貂錦喪胡塵。 可憐無定河邊骨,
猶是春閨夢裏。」とあり南唐後主・李Uの『浪淘沙』「簾外雨潺潺,春意闌珊。羅衾不耐五更寒。夢裏不知身是客,一餉貪歡。   獨自莫憑欄,無限江山。別時容易見時難。流水落花春去也,天上人間。」や同・李Uの『烏夜啼』「昨夜風兼雨,簾帷颯颯秋聲。燭殘漏斷頻欹枕,起坐不能平。世事漫隨流水,算來夢裏浮生。醉ク路穩宜頻到,此外不堪行。」とある。また、南唐・李Uの『子夜歌』に「人生愁恨何能免?銷魂獨我情何限?故國夢重歸,覺來雙涙垂!高樓誰與上?   長記秋晴望。往事已成空,還如一夢中!」や『紅楼夢』 終章の詩「説到辛酸處,荒唐愈可悲。由來同一夢,休笑世人癡。」などがある。後世、日本でも、良寛は『半夜』で「回首五十有餘年,人間是非一夢。山房五月黄梅雨,半夜蕭蕭灑虚窗。」 と使う。 ・不覺:知らず知らずのうちに。 ・相抱着:抱き合う。

※如膠如漆交二弓:膠(にかわ)か漆(うるし)で(固められたかのように)二人が、しっかとくっつき、弓のように背中をまるめて縮こまっている。 ・如膠:(強力な接着剤の)膠(にかわ)のように。 ・膠:〔かう;jiao1○〕動物の皮や骨など煮つめて作った接着剤。 ・如漆:漆(うるし)のように。 ・漆:〔しつ;qi1●〕ウルシの木の幹に傷をつけて、採った樹液を原料として作った塗料。ウルシの塗料には接着剤も加えられているので、接着剤の働きもする。 ・二弓:(同衾している)二人が、(寒さのために)弓のように背中をまるめて縮こまったさま。

※金屏障盡護寒密:金屏風(きんびょうぶ)でしっかりと寒気を防いだ(はずなのに)。 ・金屏:金屏風(きん-びょうぶ)。地紙全体に金箔をおいた屏風。 ・障:さえぎる。はばむ。ふせぐ。 ・護寒:寒気を防禦する。 ・密:すきまのないこと。きめこまやかなこと。濃いこと。厚いこと。

※猶是生憎戸隙風:なおもニクラシイのは、戸の隙間(すきま)から(入ってくる)すきま風だ。 ・猶是:なおも。なおも(…だ)。 ・生憎:「ニクラシイ」。『江戸繁昌記』の版本は、狂体漢文であり、返り点や送り仮名の外、滑稽の趣を含んだ体裁の振り仮名が附いているが、ここは生憎ニクラシイとふられている。 ・戸隙風:すきま風。

               ***********





◎ 構成について

韻式は、「AAAA」。韻脚は「中雄弓風」で、平水韻上平一東。この作品の平仄は、次の通り。

●●○○●○○,(韻)
○○○○○○○。(韻)
●●●●●●●,
○○○●○●○。(韻)
○○○●●○●,
○●○●●●○。(韻)
平成22.9.23
      9.24
      9.25



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