小説「永遠」-大人の童話- ART観賞の合間に小説で気分転換!

小説、ART(絵画=抽象・具象・シュール)油絵・水彩・木版画(ARTの現場)GRA-MA

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〈嗚呼小説〉
夏の出来事
(page2.最終ページ)


心の中は四次元空間。魂は自由。

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〈2〉

 男は、ひとりになると、いつものようにおもちゃを創りだした。誰が見ても、大人の創ったものとは思えないようなものばかりであった。粗大ゴミ置き場や工事現場等に落ちている木や鉄屑などをつなぎ合わせただけの飛行機や、紙の箱を切り抜いて色を塗っただけの自動車であった。
 創るだけではなく、子供と同じように楽しくそのおもちゃで遊んでいた。
 過去にアートディレクターとして大企業の広告を手がけ、その売り上げを伸ばしてきた実録の持ち主でる。
 その男が、今、まるで子供のように自分で作ったセスナ機を手に、滑走させたり、旋回をさせたりしながら楽しんでいた。

 「ブーン」

 「あ、雨なのに飛行機が飛んでる!」
彼は、なだらか山の上空をセスナ機が飛んでいるのを発見した。
 こんな田舎の山の上に、それも、雨の日に飛んでいるのはかなりめずらしいことであった。
 「ほんとだ」
雨でかすんでグレーのシルエットになっている飛行機を見ながら、友達が言った。

 小学生の頃見た山の上空を飛んでいた、あの飛行機を創っていた。六十数年たった今、その手創りのセスナ機を手に持って再現していた。

 「ブーン」

 「ワッ、あんな所まで飛行機が飛んで行ったよ。カッコいいなぁ。僕もあんなのに乗ってみたいな」友達が言った。
 「うん。でも、あの飛行機、墜落するよ」彼は、なにげなく言った。
 「どうして?雨だから?」不思議そうに、友達は彼を見た。そのうち、セスナ機は山の向こうに飛んで行き、隠れて見えなくなった。
 翌日、父の読む新聞で近くの山にセスナ機が墜落した記事を見た。
 詳しく記事を読むこともなかったが、子供の心に深くいつまでもこの不思議な予言の体験は心に残った。

 「ブーン」
おもちゃの飛行機をマンションの窓から放り投げた。

 おもちゃのセスナ機は・・飛んだ。

 外は、いつのまにか雨になっていた。
 雨に霞むマンションの立ち並ぶ空中に、ブーンというエンジン音をたてて消えていった。窓からおもちゃのセスナ機を、目で追っていたが、やがてビルの向こうに消えてしまった。

 急いで、玄関のドアを開け、エレベーターで一階まで降りた。

 外は、雨はあがり霧がたちこめていた。
このマンションから二つめのビルの、飛行機を見失ったあたりまできてみた。その向こうに、いつも彼女と散歩する緑地公園が広がっていた。芝生の中を歩いて行くと、少し盛り上がった地面の上に、セスナ機が墜落していた。

 本物と同じくらい大きくなった自分が作ったセスナ機を、不思議そうにしばらく眺めていた。車輪とプロペラが、グニャグニャになっていたが、本体はほとんど損傷はなかった。不時着したようだ。
 不思議な感覚につつまれて眺めていると、操縦席の窓に黒い影が動き、目をうばわれた。

 そして、なんと中からパイロットが出てきた。

 「君は、このあたり子どもかい?」四十くらいで、精悍な顔をしていた。
 彼は、この年下の年齢の人に「君」と呼ばれて、始めて自分が子供であることに気付いた。
 「うん、そうだよ」彼は言った。
 「視界が悪くてここに降りてみたのだが、うまく着陸できずにプロペラと車輪を壊してしまった。誰かこのへんに修理できる人知らないかね。ぼうや・・」パイロットは、セスナ機の壊れた車輪やプロペラを触りながら言った。
 「僕、できるよ。だって、これ、僕が作ったんだから」
彼は言いながら、プロペラに手をやった。
 「あっ。危ないからやめろ。子供に何ができる」
パイロットは、彼の手をつかんだ。
 「だいじょうぶだよ。僕に、まかせておきな」
彼は、パイロットの手をふりきって、ゆがんだプロペラを真直ぐに伸ばしはじめた。
 「ぼうや・・。へえ、うまいもんだね」
感心してパイロットは、彼をみていた。
 みるみるうちに彼は、プロペラを見事に修理し車輪のほうまで直してしまった。
 「これで、だいじょうぶだよ」楽しそうに彼は言った。
 「ぼうや、ありがとう。名前と住所を教えてくれないか。おじさんは今急いでいるんで、あとでお礼にくるよ」
セスナ機に乗り込みながらパイロットは言った。
 「いいんだよ。これ、僕の飛行機だから。自分のを自分で直しただけなんだから」
彼は飛行機に乗り込んだパイロットに手を振りながら言った。
 「そうか、分かった。じゃあ、またどこかで会えるかもしれないな。では、失礼するよ」パイロットは、頭を下げ、きちっと敬礼をして操縦をはじめた。

 やがて、セスナ機は滑走し、離陸し、少し霧の晴れかけてきた空へ飛んで行った。彼は、見えなくなるまで手を振りながら見送っていた。

 セスナ機が遠くに消えていくのと、入れ替わり霧が晴れ、青空が顔を出し、日がさしてきた。

 「こんにちは。お一人で散歩ですか」

 ベンチで赤ん坊を抱きながら、同じマンションに住む若いお母さんが、声をかけてきた。
 「いえ、ちょっと、飛行機が墜落しまして、ようすを見に来たんです」男は、にっこり笑って行った。
 「いいご趣味ですわね。楽しそうで。お顔が生き生きされてますよ」子供をあやしながらその女性は言った。
 「いやあ、どうもどうも、ちょっと夢中になりすぎたようです」てれくさそうに言ってマンションの方へ急いだ。

 男は、最近このように時折自分の過去の想いでの中を、いつのまにか行き来していることがあった。そのことが、今日のように近所の人にどのように見えているのかよく分からなかったが、とりあえずは変なふうにはとられていないようだと安心しながら、そそくさとその場を立ち去った。
 しかし、男は、こういうふうに想いでの世界に行けた日は、この地上にあるすべての生き物が輝きいとおしく思えた。

  部屋へ帰り、うきうきとした気持ちで身支度をし、女の部屋の扉をノックした。
 「ただいま」男も、女もいつもこんなふうに言って相手の部屋へ入っていった。
 「お帰りなさい。何かいいことでもあったんですか。声がはずんでますよ」自分だけがおいて行かれたとでも言いたげに、女は言った。
 「いいこと。そう、今日はいい日だ。子供の頃に帰れたよ。もうとっくに忘れていたあの日に帰っていたんだ」そう言ってにこにこしながら、部屋の窓の傍にある椅子に座った。

 女の部屋は、女性らしく整理されていて、きれいに掃除もいきとどいていた。
 「よかったわね。それではその良い日のために何か美味しいものでも作りましょうか」といいながら、女はいつもふたりで食べるいつものトーストとハムエッグの朝食を作り始めた。

 「子供の頃、あれは小学四年の時だったと思うんだが・・。雨の日に山の上の方を飛ぶ飛行機を友達と見ていて・・」と、男は話しながら身の動きも軽くコーヒーメーカーでいつものようにコーヒーを入れ始めた。
 「はいできました」
てぎわ良くテーブルの上に皿を並べ椅子に座り、コーヒーができるの即すように、男の方を見ながら女は言った。
 「ほんとうに、あなたはやることが素早いね。コーヒーはね、そう簡単に作っちゃいけないんだよ。ゆっくりゆっくり、ぽたぽたと一滴ごとに味が深くなるんだから。ぽたぽたと、ほら、いい香じゃないか」と、独り言のようにつぶやきながら、男はコーヒーカップをふたつ食器棚から出してきてテーブルに並べた。

 最後の一滴が落ち、でき上がったコーヒーをカップにやはりゆっくりとそそいだ。


   おわり


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