父がいて、兄がいて、妹と弟がいて、一族の皆がいた。 藍色の闇を灼き尽くすように昇る朝陽は、強くて、とても奇麗で………。 死んだように眠っていた草原が光を浴びて鮮やかに蘇るその光景が、大好きだった。 この世に、これ以上奇麗なものなんて、無いと思ってた。 気づかなかったのだ。 本当は、一緒に見る人がいたからこそ、それが光り輝いていたことに。 今では幻になってしまった、その夢こそが自分の『世界』のすべてだった。
そして、夢は音をたてて壊れる。 真っ白な白旗と紅い焔が、ぜんぶ壊した。
|
ヒノキオク |
ズキズキと頭が悲鳴を上げる。 それを不快に思いつつも、少年は褥から起き上がった。 のろのろと窓を開くと、身を切るような冷たい風が無遠慮に入ってきた。 地上と違って四季の薄い仙界にも、やっと冬の気配が届いたらしい。 厭な季節が来たと、少年は憮然と舌打ちした。 毎年この時期になると、彼はひどい不眠症と頭痛に悩まされていた。 今年も、もう半月近くまともな睡眠を取っていない。いくら若いとはいえ、体の方はそろそろ音を上げ始めている。 それでも、浅い眠りの中で見せつけられる悪夢──過去の残滓の方が、彼にとっては我慢ならなかった。 『あれ』を見るくらいなら、まだこの頭痛のほうがましだ。 そう思わせるほど、少年の夢は生々しく、また容赦がなかった。 たかが、夢の癖に…。 きり、と唇を強く噛み締める。 痛みはいっこうに収まらない。むしろ段々と強くなる。けれど、このまま休むわけにはいかない。 今日は朝から講義が入っている。さして面白いわけでもなく彼自身も好きな教科ではないが、次の検定試験の 何十年、何百年とかけて仙人になればいい他の道士たちと違って、少年には時間も余裕もなかった。 少なくとも、彼自身はそう感じていた。 夜着を脱ぎ捨て、馴染みの道服に袖を通す。 この服を着るようになってから、かれこれ六年が経つ。自分は、『あの日』より少しは強くなったのだろうか。 ふと、壁の姿見に映る自身の姿が目に入った。 「…………ひどい顔だな。」 おもわず自嘲の呟きが漏れる。 鏡の向こうでは、憔悴した顔の瞳ばかり大きな子供がこちらを睨んでいた。 少年の口元に皮肉げな微笑が浮かぶ。 少なくとも、慟哭(な)くことしか出来なかった『あの日』の自分はもういない。 部屋の扉に手をかけた彼の顔は、いつもの無表情が張りついていた。
眩しい光を感じて、青年は目を覚ました。 薄暗い研究室の出窓から、不似合いなまでに明るい陽光が容赦なく差し込んでいる。 「…………ん……うにぁ………」 のろのろと起き上がり、めいいっぱい伸びをする。 どうやら昨日はあのまま机で眠り込んでしまったらしい。体の節々がきりきりと痛んだ。 「あだだだだっ………歳かなぁ…」 万年美青年の口から、はげしく不釣り合いな呟きが漏れる。 もう二、三度伸びをして体をほぐすと、机上の宝貝に視線を落とした。 朝日を浴びてうっすらと輝くそれは、昨夜完成したばかりの、青年の最新作だ。 彼が精魂込めて作成しただけあって、今まで作った攻撃用宝貝の中でも、群を抜いた性能と造形の美しさを これなら、元始天尊も満足するだろう。 自作の予想以上の出来映えに、おもわず口元が緩む。 もちろん、彼が浮かれているのはそれだけではない。 久しぶりに、『彼』に会えるのだ。 ここ一年というもの、急な仕事が───師匠である元始天尊の依頼が主だが───立て続けに入ったため、 それでも、なんとか理由をつけて行ってみるのだが、『彼』は太乙の講義を取ってなかったり、他の十二仙の 今頃どうしているのだろう。 少しは、大きくなっただろうか? 『彼』が自身の小柄な体を、実はとても気にしていることは知っている。 どちらかといえば長身の部類に入る自分を、時折羨ましそうに『彼』が見上げていることに気づいてしまったのだ。 あのままの方が、可愛いと思うんだけどな… 外見というのは、なかなかの武器になる。 世の中、美しいものに対して反感を持つ者はいるが『可愛い』ものに対して悪意を抱く者は、そうざらにいないだろう。 うまく使えば、宝貝や『術』なみの効果だって得られるのだ。もっとも、こんなことを話せば『彼』は憮然とした その仕草を思い浮かべ、『秀麗』と他人から称賛されることの多い顔に、すこぶる品の悪い笑みを浮かべた 「師父、そろそろお支度をなさらないと、お約束の刻限に間に合いませんが…………」 年かさの弟子の一人が、扉越しに恐る恐る声をかけてきた。 研究室から漏れてくる怪しげな含み笑いと異様な雰囲気に、師匠が目覚めたことに気づいたらしい。 「えっ、もうそんな時間?」 弟子の言葉に、壁の時計を見る。 二本の針は、青年が道府を出発するつもりだった時刻を、遥かに回っていた。 「…………うそ」 さあぁっと、彼の顔から血の気が引く。 慌てて立ち上がると、青年は荷物を纏めた。
|