それから数日後、西岐に珍しい客人が訪れた。

 「ひさしいな、太公望。」

 「玉鼎………?」

 「ぎっ、玉鼎師匠っ!」

 兄弟子の突然の来訪に太公望は大きな瞳をぱちくりと瞬く。それ以上に

驚いたのは楊ゼンだ。

 いきなりの師匠登場に、彼の第六感が駄目押しブザーをけたたましく鳴らした。

 「おぬし、どうして人界に来たのじゃ?」
 

しかし楊ゼンの姿を視界に捉えると、忽ち険しい顔付きに変わった。

 「うむ、普賢から連絡があってな…」

 「普賢から?」

 意外な人の口から出た親友の名に、太公望はますます首を傾げる。逆に、

楊ゼンは嫌な予感がした。

 「楊ゼンが粗相をしてお前を困らせているとな。」

 (あの鬼畜仙人余計な事をっっっ!)

楊ゼンは心中で考えつく限りの罵詈雑言を浴びせるが、はっと現実を省みる。

 今はそんな瑣末なことよりも、一刻もはやく此処から逃げ出さねばっ!

即効変化しようとした彼の肩を、無骨な手ががっしりと掴んだ。

 「何処へいくつもりだ、楊ゼン」

 「しっしっしっ、師匠………」

 振り向けば、据わった目付きの玉鼎が自身を睨んでいる。

 「まったく、おまえという子は…。あれほど太公望に迷惑をかけてはならない

と云っただろう」

 彼は大事な弟弟子なのだからな。

そう付け足す師匠にかなり引っ掛かるものを感じたが、楊ゼンは敢えて無視し、

必死に弁明した。

 「そんなっ、師匠の誤解です。僕は何も…」

 「夜な夜なスースに夜這いをかけてたさ」

 なにげなく付け足された、言い逃れできない罪状にギョッと振り返る。

見ればいつの間に現れたのか、太公望の隣で──近頃、お邪魔虫から恋敵に

ランクアップした──天化が意地の悪い笑みを浮かべていた。

 天化の言葉を聞き、玉鼎は更にきりきりと眦を吊り上げる。

その顔は彩られた憤怒で幾筋もの青筋が浮き出ていた。

 「やっぱり普賢の云った通りだな。…太公望、これを暫く帰省させたいのだが

宜しいか」

 「そんなっっ!」

 玉鼎の提案に、楊ゼンの顔から血の気が失せる。

 「これの煩悩が抜けるまで、みっちり鍛えよう。それが迷惑をかけたお前への、

私のせめてもの詫びだ」

 「師匠〜っ!」

 逃げられぬようしっかりと羽交い締めにされ、あんまりな展開に楊ゼンは

情けない顔で太公望を仰ぐ。

 しかし太公望はにこやかに微笑み、玉鼎の申し出を快く快諾した。

 「特に仕事もないし、わしはかまわん。玉鼎、後はお主に任せるよ」

 「そんなぁぁあああっ!」

 「すまぬな、太公望。…では行くぞ、楊ゼン。帰ったら特訓だッ」

 「師叔ぅぅうう───っっ!」

 絶叫する愛弟子を無慈悲にも引きずって、玉鼎は黄巾力士へと乗り込む。

 黄巾力士に吊り下げられたまま帰省する楊ゼンを、太公望と天化は非常に

爽やかな笑顔で送った。
 
 

 その後、金霞洞に帰り着いた玉鼎師弟の元に核融合などが連日お見舞い

されたとかされないとか……。

 とばっちりで紫陽洞にも核爆弾が起爆一分前にセットして送り付けられた

らしいが、被害者たちが黙して語らない為、真相は定かではない。
 
 
   世はすべてこともなし・・・
 
      《wish!・完》
 

 


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