永久

 第一部 闇(くら)き導き神の祈り

金色の夢(1)

 ── また、会えるよ。

 もし、その言葉を信じなかったら…全く違う未来を臨めたのだろうか?
 それでもわたしは、信じたかった。
 それでもわたしは、信じようとした。

 …それを愚かと言うならば、一体あの時、何を信じれば良かったのか教えて欲しい。
 たった一つのその『約束』以外に、その身とその命しか持たなかった、あの時のわたしに──。

+ + +

 …金色の太陽が、見ている。
 眩(まばゆ)い程の輝きは、地上を余す所なく照らし出していた。
 足下に広がる黄色味を帯びた砂の大地を見下ろして、アウラは思う。また、夢か、と。
 そう思う理由はいくつかあったが、その最たるものは、遠く揺らめき立つ陽炎すら見える灼熱の砂原なのに、まったく暑さを感じない事だった。
 よくよく見てみれば、身に着けているものは、元々着ていた木綿仕立てで泥染めの、ごわごわした粗末な服が一枚きり。陽光を遮るような物も当然なく、足に至っては裸足である。
 焼けた砂の感触はあるものの、熱は感じない。
 悲鳴をあげて飛び上がるばかりか、下手をすれば火傷しても不思議ではないというのに、乾燥した空気や砂の匂い、そしてそれを踏みしめる感触を快く感じて、そんな自分に知らず心が浮き立つ。
 …見渡す限りの砂漠など、一遍も見た事がない。なのにどうしてそんな場所を夢見ているのか不思議ではあったものの、それを追求したいとは思わなかった。
 見上げれば、空は雲一つなく、何処までも青かった。
 ふと駆け出したい気持ちになって、アウラは自らの欲望に従い、砂の大地の上を目的もなく走り出す。
 身体がまるで風にでもなったかのように軽かった。
 いくら走っても、砂に足を取られる事もなく、息切れもしない。疲れも感じずに、アウラは何処までも何処までも駆け続けた。
 風景は微妙に変化するものの、どんなに走っても砂以外の物は見えてこない。
 見渡す限りの空と大地を一人占めにして、アウラは未だ嘗て感じた事のない解放感を感じた。
(…これは、夢)
 確認するように思う。
(これは、夢なんだ!)
 でもそこに、悲観する雰囲気は欠片もない。
 そう、これは夢── 目が覚めたら、消えてしまう一夜の幻。でもだからこそ、ここでは全能の存在になれる。
 望めば何でも叶う。目が覚める前なら、望みさえすれば── きっと。
(── 飛べ!!)
 どんな人間でも不可能な、その望みを思い描いた瞬間。
 まるで風に抱き抱えられたかのように、不意に浮き上がる感覚がしたかと思うと、アウラの痩せて小さな身体は一気に空へと舞い上がっていた。
(…飛んだ!!)
 歓声を上げながらも、アウラは同時にやはりこれは夢なのだ、という思いを強くする。
 鳥のように空を自由に飛べたら、といつも思っていた。そうしたらこんな場所から逃げ出せるのに、と。
 けれど、アウラはそうは思いはしても、人間である以上、空を飛ぶなど本当の夢物語でしかない事も、そしてたとえそれが叶ったとして、うまく逃げ出せた所で他に行く場所がない事も理解していた。
 …目が覚めたら、また寒かったり、痛かったり、辛かったり、苦しかったり…ひもじかったりする思いをするだろう事も──。
(……?)
 先程砂の海を駆けていたのと同じように、何の束縛も感じずに空を飛んでいたアウラは、やがてその首を傾げた。
 それまで思いもしなかった、一つの疑問が思い浮かんだ為だ。
(…どうして?)
 眼下には、変わらず黄色い砂が何処までも広がっている。
 ── そう、『何処までも』。
 かなり上空にいるにも関わらず、そこから見える風景は何処も同じ砂ばかりなのだ。
 いくら本当の砂漠を見た事がないとしても、そこまで広い砂漠があるなど思えなかった。何しろ…周囲を見回しても、何処にも山が見えないのだ!
 気がつくと、アウラは空中で止まっていた。
(どうして、砂ばかりなの? どうして、何もないの? どうして── だれも、いないの……!?)
 一度思い始めると、一気に『良くない事』の想像が押し寄せてくる。
 何もない。一面の砂以外には、何も。
 疑問すら感じなければ、それはそれで美しい光景だったに違いないのに、気付いてしまうとそこからは漠然とした不安しか感じられなくなってくる。
(…やだ…いやだ……!)
 何者も存在しない、不毛の砂漠── その美しさの裏に隠された虚無に、アウラは恐怖した。
 竦んだ身体は、もはや何処にも行こうとしない。動いて、そしてその先にやはり何もない事を知るのは、もっと怖かった。
 こんなに広い世界で、たった一人きりだという事が、怖かった。
「こんなの、いやだ……!!」
 身体全体で叫んだ、その瞬間。
 それまでしっかりとアウラの身体を抱えてくれていた風の腕が、突然無くなった。
(!)
 そのまま重力に従って、頭から真っ逆様に落下する。
 耳元で風がごうごう、と唸り、あっと言う間に地上が目前に迫ってきた。
(…ぶつかるっ!?)
 身を固め、アウラはぎゅっとその目を閉じて来るべき衝撃を待った──。

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