翼の末裔

- 夢T-

 月だ。
 見上げた空に、大きな銀盤が浮かんでいる。
 吸い込まれそうに美しく、この世のものとは思えない程に汚れのない光を、静かに地上へと注ぐ。
 太陽の全てを照らし出すようなものとは違う。
 まるで囁きかけるように、そして同時に包みこむような、その光。
 そこには熱はなく、むしろ冷たささえ漂っている。
 …あの光は、『祈り』の具現。

 美しい場所。
 それは、失われた聖地。

 ……『失われた』?
 違う、ちゃんとそこにある。
 そこに存在している。
 あそこは地上から遥か離れた清浄の地。
 行かねば。
 あの場所に、行かねばならない。

 何の為に?

 何の……?
 そうだ…大事な人の為。
 地上でただ一人、唯一無二の私の・・・・の為に。
  
 何故?

 それが役目。
 大切な人の幸福を祈る事が、課せられた役目。
 その為だけに、この世界に生まれてきたのだから。

 …本当に?

 本当── 本当のはずだ。
 それ以外に理由は何もないはず。

 大事な人と、離れ離れになるのに?

 そう── そうだけれど。
 けれど、月に行かなければならないのだ。
 そうしなければならない。

 それが、役目だから?

 役目…そうそれが役目……。
 ああ、でも…そうだっただろうか?
 それだけ、だったろうか……?
 ── いや、何か別の理由があったはず。
 月へ行かねばならない、理由が。
 大事な・・・・と離れてでも、行かねばならない理由が…役目とは別の何かが…確かに、あった。

 それは、何?

 …わからない。
 わからない…なのに、どうして…自分はこんなにも、悲しいのだろう……?

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