Bless You All The Time

継承 〜全ての発端〜

 炎のように燃える金の瞳。

 そこに宿るのは、全てを超越した、絶対的な何か。それは── 虚無。
 底知れぬその双眸が見つめるのは、滅びゆく世界。
 もはや再生も叶わず、ただそこにある存在全てを道連れに朽ちてゆくだけの。

 瞳は何も語らず、ただ見つめる。
 世界の終焉を。
 ── 世界のあげる、断末魔の叫びを聴きながら。

+ + +

 それを目の当りにして、極上のエメラルドを想わせる瞳が大きく見開かれた。
 心臓が激しく脈打ち出す。それを追い払おうとするかのように、彼女は二三度大きく頭を振った。
 緊張している場合ではないのだ。ここで失敗する訳にはいかないのだから。
 彼女── メイラは意を決して、その口を開いた。
 凛とした声が辺りに響き渡る。

『我、汝を求める者』

 それ── 黄金色に輝く巨大な光の球体が、その言葉に反応するように、その輝きを微かに揺るがせる。それを認めて、さらに言葉を紡いだ。

『汝、この世の理を識り、また支配する者よ。我、汝と魂を共にする者。我に依りて…その力を顕現しせめよ』

 そこまで言い終わると、メイラはようやく深い息を漏らした。古文書に記されていた《呼びかけ》── それが終了したのだ。
 ふと見れば、無意識の内に握り締めていた手は血の気を無くし、白くなってしまっている。その情けない有り様に、思わず苦笑を浮かべた、その時。
 …かつてない衝撃が、突如彼女を襲った。
「いっ、いやああっ!?」
 悲鳴をあげ、彼女はがくりと膝をつく。頭を抱えて、激しく身を捩った。
 圧倒的な── むしろ暴力的とも言える力と意志が、メイラの中に雪崩(なだ)れ込んできたのだ。
 身を切られるような激痛と、心臓を凍りつかせそうな恐怖。混迷してゆく意識は、その間で翻弄される。
「ああ……!!」
 かっと見開かれた両の目は、やがてその色を変化させ始めた。淡く澄んだ緑から、彼女の目前に浮かぶ球体と同じ燃えるような黄金色へと。

『汝ノ望ミ…確カニ受ケ取ッタ…汝ノ望ミヲ叶エヨウ……』

 頭の中でそんな男とも、女ともつかない声がしたかと思うと、何の前触れもなく苦痛から解放される。
 荒い呼吸を繰り返しながら、やがてメイラは力尽きたように倒れ、その意識を手放した。

+ + +

「──…様っ、お姉様っ!! しっかりして!!」
 一体どれ程の時間が過ぎた後か、そんな自分を呼ぶ声で意識を取り戻した。
「どうしよう、シェイ…お姉様、お姉様が……っ!!」
「落ち着かれて下さい、クナル様!」
 取り乱した幼い声に重なる落ち着いたアルトの声。
 どうやら声の主は二つ年下の妹、クナルと幼馴染みの護衛官、シェイ=ラーズのようだった。
「でもっ、シェイ…もし、このままお姉様が目を覚まさなかったら…私……っ!!」
「大丈夫ですよ、脈はしっかりしています。それよりクナル様、人を呼んできますからメイラ様についていて下さい」
 立ち上がる気配。思わず彼女は呼び止めていた。
「…待って、シェイ……」
「お姉様!」
「メイラ様! 気がつかれたのですか?」
 二人が揃って驚きの声をあげる。心配させないようにと、メイラは頷いてみせた。
「お姉様…大丈夫? 一体、どうなさったの?」
 心配そうに尋ねてくるクナルに、メイラは微笑んだ。
 周囲が暗いので伝わったかどうかは不明だが、クナルが安堵の息をついたのが気配でわかった。
「ごめんなさい…クナル。心配をかけて……。シェイもそこにいるの?」
「はい、メイラ様。お待ち下さい、今、人を呼んできますから……」
「その必要はないわ。…ちょっと疲れただけよ。今は…大変な時だから、不必要に騒ぎたくないの」
 僅かに声を抑えてのメイラの言葉に、シェイがはっと息を呑む。
「…わかりました。では、私が支えますから捕まって下さい。動けますか?」
「ええ。でも、その前に明かりがいるわね」
 周囲の暗さに、メイラは茶化すように言葉を漏らした。自分を抱き起こす妹の顔すらまともに見えないのだ。
「…明かり?」
 シェイが怪訝そうな声をあげる。
 しかしメイラはその事に気付かない。なおも言葉を重ねる。
「そうよ。だって…こんなに真暗じゃ危ないでしょう? クナルやシェイの居場所もわからない位なのに……」
 しかし、その言葉に返ってきたのは、二人の息を呑む音だった。
「…お、お姉様…まさか──!?」
 震えるクナルの声に、メイラはようやく自分の身の上に何が起こったのかを理解した。


 自分の目が、光を失ってしまったという事を。

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