Bless You All The Time

混沌 〜広がる波紋(1)〜

 ── 世界が一つの終焉を迎えようとしていた。
 彼等はそんな中、新たな時代を築こうと戦い続けていた。世界の覇権をめぐり、長い長い時を……。

+ + +

「ルイ!! ルイトルード!!」
 背後から名を呼ばれて、ルイトルードは不機嫌を絵に描いたような顔で振り返ると、声の主に怒鳴り返した。
「その名前を呼ぶのはやめてって言ったはずだよっ!! …殺すよっ」
 怒りのこもった最後の一言に首を竦(すく)め、 ベルゼーラはごめん、と素直に謝った。
 何しろ彼女── ルイトルード=ナーマ、十五歳、性別女── は、実際にそれをやりかねない性格をしているのだ。
「今、取り込み中だよ。下らない用事だったら許さないからね」
 金茶と真紅の左右異なる色の瞳を輝かせ、ルイトルードは凄んだ。対するベルゼーラは人とは異なる縦に裂けた瞳孔の瞳で、真正面からそれを見返す。
「王宮から緊急召集がかかった。俺とお前とナルに」
「緊急召集……?」
 思いがけない事に眉を寄せるルイトルードに、ベルゼーラは頷き、その耳元に顔を寄せて囁いた。
「女王が、ついに崩御したらしい」
「!?」
 ただでさえ大きい目をさらに見開き、ルイトルードはベルゼーラの顔をまじまじと見つめた。
 その表情だけで、いかに彼女が驚いたのかが伝わってくる。
 しかし流石と言うべきか、すぐに表情を改めると、声音を落として改めて確認してくる。
「…それ、ガセじゃないよね。ベルゼーラ」
「ああ」
 肯定してから、ベルゼーラはその青緑色の目を細めて苦笑する。
 冗談やガセネタであれば、これほど喜ばしい事はない── 代わりに彼が、目の前の少女の烈火の怒りを受け止める羽目にはなるが。
(よりにもよって、最悪の状況で死んでくれたものだな……)
 彼らの頂く女王が病に倒れて、すでにかなりの時間が経過していた。今ではほとんど意識も戻らない、と王都を遠く離れた南にも伝わっている。
 そんな状態で、ここまで生きただけでも奇跡のようなものだったのだが──。
 寝たきりでは確かにお飾りと大して変わらない。だが、それでも『生きて存在している』その事実が人々の支えになる── それだけの存在感を持つのが、現女王だった。
 そんな彼の気持ちを汲み取ったのか、ルイトルードは妙に神妙な顔で頷くと、
「ナルを呼んでくるっ! ここ、頼んだよっ!!」
と叫んで、その金の髪を揺らして駆け出していく。
 まだ子供と言っても差し支えない年齢ではあるが、彼女もこの南方で戦う術士であり、また多くの兵士を束ねる指揮官の一人だ。
 今、何を最初にすべきか── それくらいの判断は当然出来る。
 その背中を見送って、ベルゼーラは誰に問うでもなくぼそりと呟いた。
「ついに均衡が破れるか……?」
 荒れ果てた地肌を見せる大地を見つめ、やがて彼も自身に課せられた仕事を片付けるべく動き始めた。

+ + +

「…何だって?」
 目前に迫った敵を殴り飛ばしつつ、ナルは思わず聞き返した。
 朝方に始まった戦闘はすでに終わりは見えていたものの、まだ終わった訳ではない。
 にも関わらず、術士を束ねる指揮官であるルイトルードが、持ち場を離れて自分の所へ来たのだから単純な事態ではないと想像はついていたけれど──。
「だからっ、緊急召集命令が出されたんだってば!! …っとに、邪魔!!」
 一応戦闘状態なので、相手も一見丸腰のルイトルードに襲い掛かってくる。
 ゆっくり事情説明も出来ない苛立ちを隠さずに、簡単に術式を組むとルイトルードは敵に向かって手を突き出すと叫んだ。
「 『炎滅』!!」
 叫ぶと同時に、ドオンと派手に火柱が上がり、数人の敵を巻き込んで一瞬にしてそれを消し炭に変えてしまう。
 血も涙もない容赦ない攻撃を見て、感心したように口笛を吹き、その一方でナルは背後の敵への回し蹴りを鮮やかに決めた。
「さっすが、《火の支配者》! 派手だねえ。…で、どうして? 何で召集なんてかかるのさ。しかもぼくとルイとベルゼ── 指揮官みんなでしょ? 困るじゃない」
 そう言っている間にも、攻撃の手は緩めない。息を乱す様子もなく、流れるような動きで敵を倒してゆく。
「それがね、ここじゃ…っ『火竜招来』! 話しにくいんだよ」
 ルイトルードの両手から炎で身を包んだ竜が飛びだし、さながら生き物のように敵を飲み込んでゆく。
 本物ではなく、炎が術者であるルイトルードのイメージに則して取った仮の姿だが、鱗一枚一枚までも実に鮮明だ。
 …もっとも、そのような感想は第三者だからこそ抱けるものであり、当の襲われる側にとってしてみれば、そんな姿の見事さなど無意味同然である。
 ルイトルードの術とナルの体術によって、あっと言う間に息絶えた屍が積み上がる。
 周囲を完全に片付けた事を確認して、ナルはルイトルードにようやくまともに目を向けた。
「じゃ、仕方ないね。取り敢えず本営に戻るか。…とゆー事でっ、ぼく、ちょっと留守にするけどよろしくねっ、みんなっ!!」
 敵味方入り乱れる中にそう声をかけると、そこここから『おう』という野太い声が返ってくる。
「ぼくが戻るまで最低現状維持!! 命は大切に、無理はしない事!! 了解!?」
 再び野太い声。
 ナルはその返事に満足気に頷くと、ルイトルードの肩を軽く叩いた。
「よしっ、じゃ行こう。ルイの方はいいの?」
「ベルゼーラに任せてきた。こういう時、あいつって便利よねえ」
 確認する声に、当然のように答える。
「あいつって…ルイ、君には目上の人を敬う心はないの?」
 心底呆れたようなナルの言葉に、ルイトルードは首を傾げた。
「目上って言ったって…どうせ五つ位しか離れてないでしょ? いいじゃない、別に」
「…そう思っていたのならいい。急ごうか」
 何か引っかかるその言い方に、ルイトルードは顔を顰(しか)めた。
 その言い方だと、自分が何か思い違いをしているかのようではないか。
「何? 気持ち悪い。言いたい事があるならはっきり言ってよ」
 目を吊り上げる同僚を横目で見て、ナルはぽつりと呟いた。
「…当年取って、207歳」
「…へ?」
「ベルゼの年だよ。…知らなかったの?」
 そう言って様子を見る。ルイは目を点にして(知らなかったらしい)固まっていた── が、やがて我に返ると絶叫する。
「うっそおおおっ!! それって詐欺じゃないよっ!?」
 叫びながらも、ルイトルードは空間移動の術を発動させた。ゴオッと、風が生まれ渦を巻く。
 ナルは術の発動を確認すると、ごく自然にルイの横に立った。
「戻ったら確かめるっ!!」
 その瞬間、カッと赤い光が生じ、二人を包み込む。そこに脳天気な程の声が飛んだ。
「お嬢ーっ、お気をつけてーっ!!」
「はいよっ!」
 ナルがそんな返事をすると同時に、二人の姿はそこから消え失せていた。

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