師 匠 と 弟 子
到着すると同時に、すとん、と地面に降ろされる。
それなりの距離を荷物と子供を抱えて走ったというのに、師匠は息を乱してもいなければ、汗一つかいていない。
そのままぼくを見下ろして、師匠はすっきりしない顔で口を開いた。
「お前の言う通りに村外れまで来たが…約束通り説明してくれるな、弟子」
「はいはい」
身長差がありすぎて、普通に見上げても師匠の胸の辺りしか見えないので、半ばのけぞるようにして師匠の顔を見る。
『人と話す時は目を見て話せ』── それがうちの家訓だったからさ。
するとぼくの意図に気付いてか、師匠はすとんとそこに腰を降ろした。こういう気配りって人柄が出るよなあ、と毎度の事ながら感心する。
そうすれば視線を合わせるのに苦労しない。真っ直ぐにそのダークブルーの瞳を見て、ぼくは状況を説明し始めた。
「説明も何も、師匠が例のご老人とやらを手助けしたのが問題なんだよ」
「……?」
師匠は軽く首を傾げる。それもそうだろう、人助けをしたと思っているんだから。
いや、実際、師匠の行動は人道的に考えても良い事だと思うし、人助け以外の何物でもない。
でも、問題は当人や当人を知る人が見ればそう思える事でも、何も知らない人から見ると正反対に思われてしまうって事だった。
「ぼくは師匠と別れた後、市場でいろいろ情報とか食料とか仕入れていたんだけどさ。そしたら突然、よぼよぼのじいちゃんが血相変えてやって来たんだよ」
「……?」
「そんで言うわけ。『ま、魔族がうちの畑にっ!! 助けてくれ!!』」
「── ……」
「まあさ、普通に考えてみても、魔族が畑に来た時点でそのじいちゃんが無事な方がおかしいんだけど。今までにそんな事がなかったらしくて、そりゃもう大騒ぎ。腕に覚えのある奴等が何とか追い払わねば、って得物とか持って来たりしてさ」
流石にそこまで聞けば、心当たりのある師匠は薄々ながらも事の次第を理解したらしい。
端で見ていてもわかる程、どんよりとした空気が師匠の周囲に漂う。
「…つまり── こういう事か? 私が素振りでもしようと行った先で出会った老人が、お前の言う老人で……腰が抜けたのも、声も出なかったのも、自宅と思われる小屋まで運ぶ間、意識がもうろうとしていたも── 痛みのせいとかではなく、私のせいだと、そういう事か?」
「…えっと、ま〜…うん」
「…そうか」
どう言い繕っても詭弁にしかならなかったので頷くと、師匠はそのままズズーンと落ちこんでしまった。
見てて痛々しいというか、気の毒なんだけど── でも、こういう事があったのが一度や二度ではない事実を前に、一体どんな励ましの言葉を口に出来る?
そう── 文句のつけようのない程に良く出来た人である師匠の、唯一にして最大の欠点、もしくは弱み。
…それは。
「…そんなに私の顔は恐ろしいのか……」
── とんでもなく、強面。それだった。
それは見て赤子が泣くどころか、ひきつけを起こすレベルで、ぼくも最初見た時は心臓が止まるかと思ったし。
しかも、旅の最中は常に子供の身の丈はある大剣を背負っているし、長閑な場所であればある程、その外見は普通にしていても変に目立つのだ。
本人もすごく気にしているんだけど、生まれ持ったものだからどうする事も出来ない。
もっとも、身の毛のよだつ、とかそういう怖さじゃないんだけどね。
そう、不細工とかそういうんでもない。本当に強面以外の何物でもないんだ。その、レベルが人並み外れているだけで。
鋭い目つき、見慣れれば頼もしくすら思える、引き結ばれた口。
実際、戦場とか殺伐とした場所だったなら、師匠はきっと誰よりもかっこいいんじゃないかとぼくは思う。師匠だからっていう贔屓(ひいき)目を抜きにしてもね。
でも、戦いとは無縁の子供や老人、女の人にはいささか強烈すぎるかもしれない。
本人は普通に目を向けたつもりでも、見られた側は視線で殺されるかも、と思えるくらいなんだから。
── もっと簡単に言うなら、笑顔が気の毒な位に似合わない。それに尽きる。
師匠は中身は人として尊敬に値するくらいハートフルでフレンドリーな人なので、それが表情に出るのだけど、その笑顔が最凶に怖いのだった。
そう、『最強』じゃなくて『最凶』にだよ。
むしろ笑わなかったら無愛想な戦士、で済むんじゃないのかとぼくは密かに思ったりするくらいだ。
言えば、師匠は洒落にならないくらいに傷付くだろうから、絶対に言わないけど。
それにしても── 流石に『魔族』呼ばわりされたのは初めてだ。
聞いてすぐに師匠だとわかる辺り、ぼくも大概ひどい気もするけど、最初に会った時にだって流石にそこまでは思わなかったよ。
「…元気出してよ、師匠。大丈夫、ぼくはそんな事思ってないからさ!」
…いや、怖い顔だとは思っているけど。でも、怖がってないのは事実だもんね。
「弟子……」
師匠は顔を上げ、悲しげな目でぼくを見る。
目は口ほどに物を言うって言うけど、この人の目は顔が怖い分、余計に感情豊かだ。気付いたのは最近だけど。
「例の魔族に関する情報も食料とかもちゃんと仕入れたからさ、気を取り直して出発しようよ!」
そう、気分の悪い事と都合の悪い事はさっさと忘れるに限る。これもうちの家訓だ。
ぼくの言葉に、師匠も少し前向きな気持ちになったようだ。
「そうだな…お前の言う通りだ。些細な事に気を取られて、本来の目的を忘れてはならないな」
「そうだよ、師匠」
励ますように頷いてやると、師匠も力強く頷き返してくれる。
そう、この村には食料調達と今回の旅の目的である、ある魔族の情報を手に入れる為に立ち寄っただけなのだ。
今後、また来る事があるのかもわからない。そんな場所での事を気にしてても、本人が辛いだけに決まってる。
「お前にはいつも大事な事を気付かされる。済まない、そしてありがとう」
師匠はしみじみとそう言い、爽やかに微笑んだ。
…やっぱり怖かった。+ + +
ぼくに合わせて歩く速度を落としてくれる師匠の後をついて行きながら、ぼくは思う。
この先何があっても、ぼくだけは絶対的に師匠の味方でいようって。
外見のせいで、やたらと周りに誤解されがちだけど、一人でも味方がいたらちょっとは違うよね。
味方って言うには、ぼくは今の所あまりにも非力だけどさ。
世界は想像もつかないくらいに広いけど、師匠ほど素晴らしい人はきっと他にはいないと思うから。
最初はぼくも師匠を誤解していたから…そうだったからこそ、理解者になりたいと思うんだ。
生意気な言い草かもしれないけど、それがぼくの今の包み隠さない本音だ。
師匠と同じようにどんな人にも分け隔てなく親切に出来る程、ぼくは優しくもないし強くもないけど。でも、この人を尊敬する気持ちは本物だ。
「ねえ、師匠」
「なんだ?」
「先刻の村で仕入れた話だと、依頼にあった魔族はこの辺りには出没してないみたいだったよ」
「そうか…それは良かった」
頭の上から聞こえてくる声は優しい。
本気で良かったと思っているんだってわかる。…先程あんな目に遭っても、恨んだりは決してしない。
本当になんだってこんなにいい人に、天は極悪人も裸足で逃げそうな強面を与えたもうたものか。
………待てよ?
そういや、ぼく、師匠がいくつなのか知らないや。
「師匠。いきなりだけどさ、今いくつ?」
「は? いくつと言うと…年か?」
「うん」
「二十五だが……?」
「──…二十五!?」
言動が落ちついた感じだし、もっと上かと思ってたよ!! …そうか、苦労してたんだね師匠……。
しみじみと感じ入っていると、師匠は当然訳がわからないから困惑した声を落とす。
「そんなの聞いて、どうするんだ?」
「え、いや…ちょっとした好奇心でさー」
「?」
よし、わかった師匠!
もしもこの先、師匠にお嫁さんが来てくれなかったら、このぼくが一生面倒を見るから!!
…もっとも、ぼくが先に死んだら無理だけど。
決意も新たに、使命感に燃えるぼくの内心など気付かない様子で、師匠はいつもの調子で言ってくれた。
「変なやつだな」
反射的に顔を上げてみると、師匠は顔をこちらに向けていた。
ぼくの師匠にして、ぼくの命の恩人── 今やぼくの唯一の『家族』のその人は、やっぱり怖い笑顔を浮かべていて…でも瞳はとても優しかった。
ぼくはとても師匠のような人間になれそうもないけど、でも一生ついて行くよ。
足手まといになろうと、お荷物になろうと。だって、ぼくは師匠の『弟子』なんだから。
何より、ぼくは師匠が大好きだからね。
…笑顔は、怖いけど。〜終〜
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After Writing
…またお笑い系の話を書いてしまいました(−▽−;)
いいんです、所詮私はお笑い人間……
という事で『ゴルゴンスマイル』ですが
すげー身も蓋もないタイトルです(笑)
でもこの話、珍しくタイトルが先に思い浮かんだのですよ
見る者が石と化すゴルゴンの微笑── なのに、そこからどうしてこんな話が生まれてきたのか
もっとこう…シリアス〜な話でも良さそうなのに、蓋を開けると平和で呑気でほのぼのストーリー(自分で言うか)
自分でも謎です
ちなみにこの話、『堕天幻夢譚』のカテゴリに入っている事でわかるように『砂漠〜』やら『魔術士』と同じ世界の話です
時代は今の所書いている話ではニ番目に古いかな?
一番古いのはトレカだったあの話ですし
このシリーズ群って、年表なんて作れるレベルじゃないので(だって数千年単位で作らないとならないし・汗)その辺は結構アバウトなのです(マテ)
このボケとツッコミな(微妙に違)師弟関係の話は書こうと思ったらまだいくらでも書けそうです(笑)
今の所、完全なシリーズ化をする気はあまりないのですが(でも「その他」というカテゴリは作りたくなかったんです…)
また思い立ったら書くかもしれません(特に出会い篇とか、ルーンのライバル現る篇とか・笑)
この話をお気に召した方は、その時はまた読んでやってくださいv