森羅万象を司る精霊──
《天精》。
雪の如き白い肌、白銀の髪、そして虹の瞳を持つという美しきもの。その稀な姿を見た者は、かつてない幸運を手に入れるとも、恐ろしい天罰を受けるとも伝えられている。
しかし、天精を目撃したという者は皆無であり、それ故に天精が実在するのかさえも不明である。
その結果、『天精』という言葉自体が別の意味を持つに至った。
『天精』── すなわち、『在り得ない存在(もの)』。
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風が唸りをあげ、荒々しく地表を撫(な)でながら駆け抜けてゆく。激しいそれは周辺の砂を巻き込み、うっすらと黄色に色付く程。
まるで嵐のような有り様ながら、しかしこの場所ではそれはごく当たり前の光景だった。
人々が恐れ、足を踏み入れないそこを、一人の人間が涼しい顔でサクサクと砂を踏み締めながら歩いて行く。もし、その足音がなければ、熱砂の見せる幻だと思われただろう。
その不可解な人物は、まだ幼さすら残した少女であった。
曲のない黒髪は肩の辺りで切りそろえられ、潔癖な印象を与える。砂を映す瞳は深き闇の色。そこに宿る輝きは、その年頃に似合わず落ち着いており、少女を外見以上に大人びて見せている。
その整った容貌は、おそらくその醸し出す雰囲気も手伝って稀なものであった。
だが、惜しむべき事に、その表情は凍りついたように固く、さらにその半分はつややかな髪によって覆い隠されてしまっている。
もし、それでもその口元にほんの僅かな微笑でもあれば、おそらく周囲は黙ってはいなかったに違いないだろう。
少女は場違いにも思える砂の海の中を黙々と進む。
不思議な事に、激しい風と足場の悪さにも係わらず、少女の歩みは滞る事を知らず、さらに驚くべき事にその顔を隠す髪は一筋も乱れず、張り付いたように動かない。
まるで少女の顔を隠し、守ろうとするかのように、少女の周りにだけ風がなかった。
ふと、少女の足が止まる。
(……)
無言で見つめるその先に、何かが横たわっている。半分以上砂に埋もれたそれは、判別が難しい所だが、どうも人間のようだった。
少女はそれを認識したが、かと言って駆け寄ったりはしない。無表情のままそれを見つめ──
やがて、ぽつりと呟きを漏らした。
「…何か、落ちてる」