Evergreen 〜永久なす緑〜

+失われた国+

 建国歴572年。
 その年は、その国の民にとって忘れがたき年となった。
 大陸を東西で二部する大国、東のシャウルド・西のマザルーク。
 その国── 二国の狭間に位置する小国群の一つ、アディアはその二国間の戦に巻き込まれたのである。
 狭間に位置するが故の不運と、後の世の人々は語ったが── 当然の事ながら当事者にしてみれば、不運などという言葉で片付けられるはずもなく。
 間に挟まれ、定まらぬ情勢にどちらにつくとも決断出来なかった王が自害したのを皮切りに、その国は混沌の時代を迎えた。
 ただでさえ緊急時であり、流石に表立っては王の死は伏せられたが── 何処に目があり、耳があるのかわからない王宮の事である。
 王宮側が必死に隠し通そうとしたその事も、市井の民は日が変わらぬ内に知る所となっていた。
 寄る辺となるはずの王を裏切りのような形で失い、守ってくれるものもなく戦火は日々強まる。その結果── 民が己を守る為に他国へと逃亡するのはいたし方のない事であっただろう。
 つまりその年は、一つの国が国としての形を失った年なのだ。
 一年あまり続き、やがて和平を結んで元通りになった大国の間。そこには国としては名ばかりの、国のなれの果てが存在するばかりとなっていた。


 ひょっとしたら── それは初めから大国間での謀(はかりごと)だったのではないかと思えるほど、簡単にそれらの国々は東と西に吸収されていったのだった。

+ + +

 アディアの城内は、炎に包まれていた。
 屈強を誇る東の軍の手によって、今まさにアディアという国はなくなろうとしている所だった。属国ですらない、完全に地図上から一つの国が消え去る瞬間。
 焼けた空気が、吹きつける。
 瞳が乾いて、生理的な涙が零れるが、少女はそれを拭う事も出来なかった。
「熱…い…痛いよう……」
 舌足らずな言葉が、その小さな口から零れ落ちるが、それは何処にも届く気配が見えなかった。
 少女の腕や足には軽度とはいえ確かな火傷があり、年端もゆかない少女にはそれは十分な痛みとなっていた。
「お母さま…痛い……」
 母親に助けを求めるが、少女の周りには人影はない。
 炎に彩られた太い柱が、爆ぜる音を盛大に上げながら、嘲笑うかのように無力な少女を見守っていた。
「熱い、よ……」
 出口を求めて歩く事も諦めて、少女はその場に膝を抱えて蹲る。
 そうしていれば、いつか誰かが助けに来てくれる、そう信じての行動だったのかはわからなかったが。
 燃え盛る周囲。やがて、ミシリ、と不吉な音。
 反射的に顔を上げたその瞬間に、焼けた天井の一部が炎を纏ったまま落下してくる。
 少女は逃げる事も出来ないまま、それが自分に向かって落ちてくるのをただ呆然と見つめていた……。

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