Evergreen 〜永久なす緑〜
+村の跡地にて+
「ほらほら! これだよ、リーフ!!」
それを見つけて、少女は満面の笑みを浮かべて駆け出した。
「すごいね! もう、こんなに大きいんだ!!」
「ああ、良かったな」
全身で喜ぶ少女とは対照的に、彼女の連れ── リーフと呼ばれた青年は味も素っ気もない返事だけを返した。
「何だよー。もうちょっと、何か言ってもバチは当たらないよ? 本当にリーフったら情緒に欠けてるんだから」
つれない青年に少女は頬を膨らませる。
一見した所、十二・三歳程。栗色の長い髪を二つに分けて頭の両横で束ねた髪型が、嫌味なく似合う。
大きな目には明るいオレンジ色の瞳が、差し込む陽光を受けてきらきらと光っていた。
「この木はねえ、ここにあった村の人達が、自分達がここで生きていた証をって、一人一人植えたものなんだって!」
まだ森とは呼べない、せいぜい木立ちという程度のその小さな森林を示して、少女は嬉しそうにそんな事を語る。
艶やかな葉。初夏の季節に差し掛かり、そろそろ春に芽吹いた新葉がその緑を増しつつある中、不自然なほどに開けたその場所に林立するそれは、不思議と目に美しく感じられた。
── ここに、我等が生きた足跡を残さん……。
十年近く前に滅んだ国、アディア。その国境付近に当たるこの辺りは、最も早く戦火に包まれ、そして最後までそれは途絶えなかった。
よく見れば、大地の所々に焦げたような跡が残っているようにも見える。
ここは一つの村の跡地だった。
森を切り開いて細々と暮らしていた人々は、戦火を避けて村自体を放棄した。
それでもそこに思いが残ったのだろう、彼等はそれぞれ去る間際に、村の中心にあった一本の木から枝を切り取り、自分達が暮らした大地に植えていったのだ。
周辺の森の木々はほとんど落葉樹だが、村であった場所に生えている木々は対照的に青々と葉を茂らせている。
…常緑樹。
一年を通して緑を失う事のない木々。人々は自分自身が死んでも失われる事のない、緑の足跡を残したのだ──。
「こんな事をしては戻って来れないだろう。つまり、村人が完全にこの地を見限ったという証拠じゃないか。よく、そんなに有り難がられるな」
冷ややかに言い放ち、青年もまた風に揺れる木立ちに歩み寄る。
少女は自分より頭一つ以上は背の高い連れの言葉に、諦めたようなため息をついた。
淡い灰色の髪と暗い闇色の瞳を持つ青年は、こういう言動で今まで度々少女の夢を打ち砕いてきたのだ。
まだまだ、世の中に夢を持っていて当然の少女にして見れば、まったく興醒めに違いなかった。
だが──。
「…それで? ここはお前の探す『天使さま』の手がかりになるというのか、アディ?」
その、一言で。
まるで魔法のように、アディと呼ばれた少女の表情は明るくなる。
少なくとも── 彼が、少女の全てを否定している訳ではないのだとわかったから。
兄妹にしては似ていない、そして少しばかり中途半端に年の離れた二人連れ。彼等の間に血の繋がりはない。
そんな彼等の関係を一言で表すとしたらこれしかなかった。
── 主人と従者。
もっとも、その言葉に厳密に当てはめようとすると、微妙に違ってもくるのだが。
「ううん、今回は違うよ」
微かに含み笑いを浮かべて、アディは青年の否定した。
たちまち、青年の細い眉がぴくり、と跳ね上がるが、少女は気にしない。
「…見て、おきたかったの」
「…これを?」
「うん。見る事に意義があるんだもん」
にこにこと笑ってそれだけ言うと、アディはまた健やかに伸びる木々を見上げた。
その様子に青年は諦めたようにため息をつく。おそらく女心は不可解なものだとでも思っているに違いなかったが、アディは気にとめなかった。
何だかんだ言いながら、彼は自分に付いてきてくれる。寄る辺を失ったまだ幼い少女にとって、それがどんなに支えになっている事か。
「…『天使さま』はもういいのか」
やがて青年がぶっきらぼうに尋ねてくる。
『天使さま』── 彼女の旅の目的。昔、自分を助けてくれた人物を、アディはずっと今まで探しつづけていた。
「そんな事ないよ。『天使さま』の事は諦めない。絶対にお礼を言わなきゃ」
今、こうして旅が出来るのも、全てその『天使さま』の御蔭なのだから──。