Evergreen 〜永久なす緑〜

+永久なす緑+

 ゆらゆらと揺れる葉陰。
 朝の柔らかな陽射しで、目を覚ます。
 爽やかな空気が胸に流れ込み、すっと眠気が去っていく。
 木立ちとは言えども、やはり木々に囲まれた場所はやっぱり空気が違う。そんな事を思いながら、アディは身を起こした。
「…起きたのか。早いな」
 すぐ目の前で、何時もの鉄面皮でリーフが朝の挨拶代わりの言葉をかけてくれる。
「うん、おはよう」
 ── これは物心つく頃から、つまりリーフと二人きりの旅が始まってから続く恒例行事。
 目を覚ませば、すぐに手の届く場所にリーフがもう起きていて、また何事もなく一夜が過ごせたのだと思う。
 今までずっと── そしてこれからも、こうして朝を迎えられたらいいのに、とアディは何となく思う。
 定住する場所はなくても、安心出来る誰かと一緒なら、どんな場所でも家のようなものになる。
 それは、この十年近くの年月でアディが辿り着いた一つの真理だったから。
「これから、どうするんだ?」
 リーフが朝餉の為に、昨日の焚き火の残り火で湯を沸かしながらぽつりと尋ねる。
「…そうだねえ。次は何処に行こうか」
 この村の跡地へ来る事で、取りあえず昨日までの目的は果たした。今日からの目的地を決めなければならないだろう。
 行き先を決めるのは、何時の頃からかアディの役目になっていた。
「…いっそ、国境を越えてみる?」
 思いついたようにアディは言う。
「国境を?」
「うん。だって…これからまた旧アディア内をぐるぐる回っても、大して情報も目新しいものじゃないだろうし。…どうかな?」
 首を傾げて伺いを立てるアディをしばらく無言で見つめて──やがてリーフは、やれやれといった表情で口を開いた。
「…仕方ない。確かにここにいても…何の得にもならないしな」
「じゃあ決定! 次の目的地は…ここから一番近い国境ね!!」
 まるでちょっとそこまで遠足にでも行くような明るさでアディは締めくくると、身近な荷物を整理し始める。それをしばらく眺めていたリーフは口元に微苦笑を浮かべて、朝食の用意を整えた。
 それぞれがそれぞれの出来る事を。
 少しずつ、その役割分担を変えながらも二人はそうしてやってきたのだ。そして── そんな日常がずっと続く事を、どちらも願っていた……。

+ + +

「…そう言えば、アディ。結局こんな所で来たのは何の為だったんだ?」
 干し肉とその辺の食べられる木の芽で作ったスープをよそいながら、リーフが思いついたように尋ねると、アディは不意を突かれて驚いたのか、ただでさえ大きな目をきょとんと見開き── やがて、何故か顔を赤くしてしどろもどろに答えた。
「え、えと…今後の…旅の安全祈願、というか何と言うか」
「…は?」
 アディの歯切れの悪い言葉に、リーフの顔が困惑で顰められる。
「よくわからないんだが。何だ、その…安全祈願というのは」
「う、だ、だからっ。ここの木にね、願うといいって聞いたの!! もう、いいじゃない! ほら、さっさと食べて出発しよっ!!」
 一方的に話題を断ち切って、アディは熱いスープを無理に口に流し込み、四苦八苦しながら飲み込んだ。
 その様子にこれは何かを隠しているな、とは思いながらも、リーフは敢えて問い質す事はしなかった。
 本当に何か重要な事だったら、アディはきっと話してくれるだろうし── 話さないという事は、それ程深刻な事ではないという事だろうと結論したからだ。
 それに、子供子供と思っていたアディも、そろそろいわゆる『お年頃』なのも確かな事だ。
 それなりに秘密を持ちたがる年頃だろうし── 自分が抱えている大きな秘密に比べたら、きっと他愛のない事に違いなかった。

+ + +

 旅立ちの用意を整え、最後にアディはかつての村の中心、そこに集う常緑の源の幹に手を触れた。
 少し離れた所でリーフが待っている。
 常緑── 永遠の象徴。
 ちょっと以前に立ち寄った村で耳にした。この木に願いをかけると、冬でも葉を落とさないでずっとその緑を保つように、願いも生き続けるという。
(どうか── ずっと、リーフと一緒にいられますように)
 『天使さま』が見つかっても見つからなくても、この願いはきっと変わらない。
 恥ずかしいから…もう子供の頃みたいに堂々と口に出来ないから、わざわざこんな所にまで来た理由は言えないけれど。
「アディ、もういいか?」
「うん、…行こう!!」
 最後にもう一度強く願って、アディは幹を離れ、小走りに彼女を待つ道連れの下へと駆け寄る。


 ── 今ではただの青年と少女でしかない、元天使と元王女を、常緑樹は静かに見送った。
 永久に変わらぬ、緑を揺らして。

〜終〜

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After Writing

「Brilliant Winds」の風輝忍さんのリク「天使もので!」にお応えした物語です。
ふ、今回も難産でした(爆)
王道といえば王道の二人ですが、途中で自己主張しはじめたのですね。
んで…それに沿って話を進めたらSSレベルじゃなくなっていた、と(爆)
何時ものことです、ええ。

彼等の続編とかは一切考えていませんが、(トレカSSでリーフサイドの話は書きましたけど・笑)
きっとこのままほのぼの(?)と旅を続けていくのでしょう。
天使が天使としてほとんど登場していない妙な話ですが、自分ではちょっと気に入っていますv