Evergreen 〜失われた翼〜
「…おい、起きろ」
「…ん…リーフ……?」
寝ぼけ眼でアディがもそもそと身を起こす。
やはり先程泣いていたのか、その頬に涙の跡が微かに残っていた。
それを見なかった事にして、リーフは彼女の額に手を当てる。熱は大分下がったようだ。それに安心して、彼は軽くため息をついた。
「…気分は」
「あ、うん…寝てたら大分楽になった。…ちょっと、お腹空いたかな」
えへへ、と照れ臭そうに笑いながら、アディは答える。そして急に真顔になると、ぽつりと言った。
「…足手まといだったら、置いていっていいからね」
「── は?」
思いがけない言葉に、リーフは一瞬何を言われたのかわからなかった。
それに構わず、アディは真剣な顔でさらに続ける。
「今まで、リーフは黙ってあたしと一緒にいてくれたけど…でも、リーフにもやりたい事あるんじゃないの? もう、あたしは子供じゃないよ。一人でも、頑張れるから…だから……」
「ばかだな、お前は」
「…え?」
心底呆れて言った言葉に、今度はアディが目を丸くした。
「ば、ばかって……」
「まだまだお前は子供だろう。自己管理も出来てないくせに、大人ぶるんじゃない」
「う……」
痛い所を突かれて、アディが言葉に詰まる。悔しそうに俯きながら、それでも反論を試みる。
「で、でも…あたし、リーフのお荷物にはなりたくないんだ……」
「だから、何時俺がお前を『足手まとい』とか『お荷物』なんて言った? 何処からそういう発想が出てくるんだ」
「でも……! リーフはあたしが目的地を決める度に、困った顔するんだもの」
「困った…顔?」
自覚がなかった事を言われて、リーフは困惑する。
目的地を決める役目がアディになって久しいが、嫌だと思った事は一度もない。むしろ、決められた方が楽だと思う。
なのに── 自分は無意識にそれを嫌だと顔に出していたのだろうか?
「…それは気のせいだ。俺はお前が目的地を決める事に異存はないし、他にやりたい事もない」
「── 本当?」
疑り深いアディを怪訝に思いながら、リーフは頷く。どうしてわざわざこんな事を確認せねばならないのだろう、と思いながら。
…確かに、アディが全てを知る日が来るのは怖い。
その時、どんな目でどんな顔で自分を見るのか、それを知るのが怖いと思う。
でも…そう思う理由を、すでにリーフは自覚している。
「俺はアディ、お前が必要とする間は、何があっても側にいる。最初に会った時に言っただろう? お前を守ってやると。…望む事があるとしたら、もう少し俺に対してお前が遠慮をしなくなる事だな」
「…リーフ……」
驚いたように、アディがその大きな目を見開く。
そして、何だか泣きそうな顔になったかと思うと、すぐに笑顔になってアディはぽつりと言った。
「…ありがとう」
「── 礼を言われる筋合いはないぞ」
困惑の表情でリーフが言えば、アディは益々嬉しそうな顔になる。
「うん、でも…ありがとうって、言いたかったの」
「…そうか」
「うん。…心配かけてごめんね。すぐに元気になるから…」
「そうしてくれ。いくら俺でも…病気からは守れないからな」
半ば本気で言った言葉を、アディは冗談に受け取ったらしい。
「あははっ、そうだねー」
何時もの明るい笑い声がアディに戻る。その事に、リーフはほっと安堵した。+ + +
もう、この背に翼はなく、未来を見通す瞳もないけれど。
よりよい道を指し示し、導く事も出来ないけれど。
それでも自分は彼女と共に在るだろう。これまでのように手の届かない場所からではなく、その横を歩きながら。
これからも、ずっと──。〜終〜
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After Writing
「Evergreen−永久なす緑−」の番外編です。
リーフという元守護天使は「天使らしくない天使」を目指して生まれたキャラクターです。
無愛想で無口、何を考えているのか いまいち読めない、そういうキャラで、 実際今回はちょっと梃子摺りました(笑)
多分リーフ自身も自分の事が よくわかっていない感さえあります(おい)
リーフが本当の意味で自我に目覚めるのは、ひょっとしたらアディが事実に気付く時かも しれないな、とか何となく思うのですけど…。