のワルツ 〜White Honey〜

 あたしの名前はケイト。
 ぴっちぴちの女の子♪ …と言いたい所だけど、この『子』という響きに少し抵抗を感じつつあるお年頃。
 もう大分人の姿を保つのにも慣れてきて、数日くらいならそのままでいられるようになった。…それなりに疲れてしまうけどね。
 一緒に暮らしている同族にして保護者(あたしはそう思ってはいないんだけど)のハザマみたいに、四六時中人の姿でいられる訳ではないけれど…これでも成長したって、言えるよね?
 …にも拘らず。
 ハザマのあたしの扱いは、相変わらずの子ども扱い。
 たまに一緒に外へ出かける事があるんだけれど、こっちはデート気分でウキウキドキドキしてるって言うのに、二言目には『それするな』『あれするな』『お前にはまだ早い』ばかり。
 そりゃさ、本当に子供だった頃からあたしの事を見ている訳だから、心配が先に立ってしまうのはわからないでもないけれど。
 でも…ちょっと位、意識してくれたっていいのにな。
 あたしって、そんなに女の魅力が乏しいの!? って、思っちゃうよ。
 ── 外の世界には。
 テレビとか見ていてわかっているつもりでいたけれど、思っていた以上に人と物が溢れていて。…綺麗な女の人も、たくさん、いて。
 ハザマと二人で歩いていても、どうしても考えてしまう。

 あたしとハザマ、一緒に居て釣り合ってるの?
 周りの人達に、あたし達はどう見えてるの?
 …あたしが時折口にする『大好き』って言葉、ハザマはどう受け止めているの?

 不安になる。でも、はっきりと確かめるのは怖くて……。
 ねえ、ハザマ。
 ハザマはあたしの事…どう思っているの……?

+ + +

 2月14日、バレンタインデー。
 女の子が好きな人にチョコレートを上げる日…なんだって。
 何でそんなのあげるんだろ? あたしなら貰う方がいいのになあ。チョコ、好きだし。
 人間の風習って、時々よくわからない。でもこれって、人間でも好きな人に『好き』という気持ちを伝えるのが難しいって事なのかも。結局は切っ掛けって事だよね?
 あたしはハザマに拾われてから二年とちょっとしか経ってないし、バレンタインデーなんてものを知ったのも最近なので、ハザマにチョコレートをあげた事はない。
 …第一、ハザマは甘い物はあまり好きじゃないし。
 でもテレビを見ている内に、そこで話す女の子達の楽しそうな顔に釣れられて、あたしもそういうのをしたくなった。
 そうだよ、よく考えたらハザマにプレゼント自体、あげた事ないよ!
 チョコじゃなくても…何か別のものでもいいよね。だってあたし、まだ一人で買い物が出来ないんだもの。
 ── 心配性のハザマは、未だにあたし一人の外出を許可してくれない。この辺り、本当に子供扱いだよね!
 あたしは軽く伸びをして── 今は一人きりだから、楽な猫の姿なのだ── 寝そべっていたクッションから身を起こした。
 さて、どうしよう?
 取り合えず、何となく台所に行ってみる。ご飯を作る所。几帳面なハザマが管理してるから、いつも綺麗でピカピカ。
 …チョコ以外、と言っても…じゃあ他にと言われると考えちゃうなあ……。
 あたしは料理も自慢じゃないけどろくに出来ない。危なっかしいという理由で、ハザマがいる時じゃないと包丁も持たせて貰えないし。コンロの火、ちょっと怖いし。
 しばらく考えてみたけれど、どう考えても台所で何かを作るのはあたしには無理っぽい。
 むしろ、言いつけを破って下手に手を出したら台所がすごい事になって…ハザマに怒られる、絶対。
 そんな想像は簡単に出来るから少し悲しい。仕方なくすごすごとまたリビングに戻ると、つけっぱなしだったテレビに映っている番組が変わっていた。
 にぎやかなお昼のバラエティ番組。スピーカーから零れる笑い声は和やかだ。
 困ったなあ…本当にどうしよう。
 悩めるあたしとは対照的に、脳天気な番組は進む。
 取り合えずチャンネルを変えるかと、テーブルの上に置いてあるリモコンの所に向かう。とてもじゃないけど、今笑う気分じゃないし。
 …その時だ。

《今日はバレンタインデーだけど、チョコはあげるの?》

 そんな司会者の声が耳に入った。

《あ、あげますよー。と言っても、義理ばかりですけどねっ》

 あはは、と明るく笑って答えるのは、何処かで見たような顔の女の子。今日のゲストは彼女らしい。
 何となくそのやり取りが気になって、また画面に目を向けた。

《義理? またまた…本命もいるんでしょ?》
《え、いませんよ。そんなのー!》

 …義理? 本命?
 何かまた知らない事を言ってる。ナニソレ??

《怪しいなあ〜…》
《本当ですってば! …でも本命いたら、すごく力入れると思いますねー。義理がチロルチョコなら、本命はゴディバのチョコとか!》

 その発言と同時にどっと受けるスタジオ。…今の何処が笑い所だったんだろ?
 正直言って、司会者とゲストの会話はちょっと意味不明。でも何となくわかったのは、どうやら『本命』って言うのは、一番好きな人の事らしい、ってこと。
 確かに一番好きな人は特別だよね、って思えたから、あたしはチャンネルを変えるのをやめてそのまま番組を見る事にした。

《手作りとかしないんだ?》

 司会者が笑いながらゲストに質問する。

《わたし、不器用なんですよー。逆に嫌われます、そんなのあげたら》

 またどっと笑い声。それを聞いたあたしは更に落ち込む。
 だってゲストの人の事、あたし笑えないもん!!
 …やっぱり、何か作るというのは諦めよう。何を作るかも問題だけど、何か作ったとして、もしそれを鼻先で笑われたら── うわ、想像だけでもキツイ。絶対にしばらく再起不能になっちゃうよ。

《あ、でもその代わり──》

 暗く落ち込んだあたしとは対照的に、やっぱり明るいゲストの声。
 その言葉はそのままあたしの耳から通り抜けかけて── 途中で方向転換してあたしの頭を直撃した。
「…それだっ!!」
 思わず声に出してしまうほど。
 それはまるで天からのお告げみたいだった。何だ、そういうのでもいいんだ。それならあたしも出来る!
 …そう思ったんだけど。
 そのゲストの発言に対するリアクションは先程と変わらないもので、あたしは少し悩まねばならなかった。
 今の冗談だったの? それとも、本当にアリ?
 でも…『ええっ!?』って反応じゃなかったから、特別変な事でもないんだよ、ね……?
 どちらにしてもあと数時間もしたらハザマは帰ってくる。他にこれといった選択肢もないし。
 ── こうなったら、実行あるのみ!!
 あたしは決心すると、早速準備に取り掛かった。

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