子猫のワルツ 〜Spicy Black〜
「お帰りっ、ハザマ〜♪」 ドアを開けると同時に、飛びついてくる小さな白い物体。 反射的に受け止めるとそれはそのまま俺の胸にしがみ付いた。 「…ただいま」 「どうしたの? 今日は何時もより早いね」 金色の瞳を輝かせて、猫の姿の俺の同居人── ケイトはそんな事を尋ねる。 正直に話すには、まだ心の整理がついていなかった俺は、ただ苦笑を浮かべる事で返事に代えた。 …ああ、やっぱりうちは落ち着く。 あの高いテンションの中にいると、正直言って、かなり気疲れする。 余計な事を話したり、気を使ったりしないで済むだけで、気持ちは和むものなのだと、再認識させられる瞬間だ。 …本当はわかっている。 あかねさんも、鳴海さんも、心から俺に対して親愛の情を持っていて、だからこそ必要以上に構ってくるのだという事を。 何もわからず、言葉も忘れてボロボロだった俺を拾ったのは鳴海さんだし、そんな俺の世話を焼き、一人で仕事が出来るようになるまで育ててくれたのは、あかねさんだ。 独立して一人暮らしを始めるにあたって、料理やらを仕込んでくれたのは鳴海さんの奥さんである薫さんで── 彼等がいなかったら、今の俺がない事も重々承知している。 でも、時折思わずにはいられない。 …そろそろ、いい加減に『子離れ』してくれないか、と。 しみじみ思いながら、抱えたケイトを見下ろし── 今更ながら、俺は思い出した。 「…しまった……」 「ん? どしたの、ハザマ?」 「い、いや、なんでもない……」 不思議そうに見上げるケイトを誤魔化して、俺はどうしたものかと考える。 あかねさんの事でうっかり忘れていたが、そもそも、俺が悩んでいたのはこいつの事だった。 …先月、件のバレンタインデーのお返しをどうしたらいいのか、それを悩んでいたのだ。 何しろ、あかねさん以上にとんでもない方法で、ケイトはチョコ以外のものをくれたのだから。 それは、言葉と行動。 …もっとも、ケイトの事だから、ホワイトデーという日が存在する事もわかってない可能性も高い。 だからそんなに思い悩む必要など、ないのかもしれないのだが── これも性格なのだろう、貰った以上はちゃんと返さねばと思ってしまうのは。 結局、何も思いつかないままに家に帰ってきてしまったが…さて、どうしたものだろう。 悩みながら、ケイトを床に下ろし、荷物を居間の椅子に置く。 毎日の習慣で、そのまま台所に向かおうとして── じっと見つめてくる視線に気付いた。 「…ハザマ、お仕事で何かあったの……?」 俺の足元で、心配そうな声。 見れば、ケイトが不安そうな目で俺を見上げていた。 「疲れてる? だったらご飯、作らなくてもいいよ。えと…そうだ! 代わりにあたしが作るよ!」 「…お前、まだ飯も炊けないんじゃなかったか?」 まるで名案とばかりに提案するケイトに、俺はつい普段どおりに受け答えてしまう。 するとたちまち、ケイトはしゅん、と項垂れた。 「…ごめんね、ハザマ…力になれなくて……」 そのあからさまに落ち込む様子に、俺は慌てた。 確かに今日の俺は疲れている。けれど、それはケイトにはまったく関係のない事だ。 それに…ケイトが食事を作れないのは、今までケイトに任せようとか全く考えていなかった俺にも責任がある。 危なっかしくて、つい手を出し── そして、結果的には全部俺がやってしまう。 『要は慣れよ。失敗するのは初心者なら当たり前。最初から完璧にしようと考えないこと、わかった? 最後まで作り上げること、それが大事。仕事と一緒よ。内容はともかく、一つの事を完遂させたら、自信が持てるでしょ? 自信は次の意欲に繋がるからね。…そうして繰り返している内に、何事も上達するの』 …俺が薫さんに料理を習った時に最初に言われたのが、この言葉だった。 結局、俺もあかねさんや鳴海さんと変わらないのだと思う。 何時まで経っても、ケイトを何も出来ない子供扱いをして。…でも、ケイトが何も出来ないのはそうさせない俺がいるからだ。 「ケイト」 「…何?」 「── 料理、覚えたいか?」 「…── うん!」 途端に明るくなる表情。 …同時に自分の心が軽くなるのを自覚して、俺は覚悟を決めた。 「じゃあ、今度の休みに…俺の料理の師匠に会いに行くか」 「え。師匠って…ハザマの先生ってこと?」 「ああ。…あと、他に二人くらい、お前に会いたいって言っている人もいるんだが……」 + + + 〜終〜 After Writing ええっと。 …が。 Web拍手用のイラストに、つい今まで設定はあったものの、イラストには起こしていなかった『あかねさん』を描いてしまい、なんですか、すごく(外見だけだが)お子様にいたぶられ、翻弄されるハザマの図を書きたくなってしまったのです…! まあ、彼も愛されてるって事で……(誰に) |
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