島外への入植活動など対外的活動で成果をあげ、文芸などの面でも業績を残したアイスランドではあるが、国内は徐々に乱れるようになる。この当時、全国を統べる権力が存在せず、法の執行も自力でおこなわれていたという状態がその根本的原因だったとされる。この様な体制では有力者間の均衡の維持がきわめて重要となるが、その均衡が崩れ始めたのである。
均衡が崩れた結果、一部有力家系に権力が集中するようになり、この有力家系間での権力闘争が絶え間なく続くようになったのである。アイスランド島内がこの様な状況だった上に、ノルウェー王もアイスランドに対して野心も抱くようになっていた。ノルウェー王はゴジと個人的に主従関係を結ぶことによって徐々にアイスランドに対する影響力を強めた。そして1262年にアイスランドの北部地方と南部地方が、1264年には残る東部地方と西部地方がノルウェー王の支配化に入ることになった。これにより、アイスランドは独立を失い、その回復は1944年を待たなければならなくなる。
アイスランドを入手したノルウェーではあったが、その支配権は1380年にデンマークに移ることになる。ノルウェー自体がデンマークの支配化に入ることになったからである。
1380年より少し前、デンマーク王ヴァルデマールが死去。国王には男子がなく、娘マルグレーテの息子オーラフが王位を継いだ。このマルグレーテの夫はノルウェー王ホーコンY世である。ホーコンY世は1380年に死去。ノルウェー王位もオーラフのものとなった。こうしてデンマークとノルウェーは同君連合関係に入り、デンマーク王がノルウェー王の資格でアイスランドを統治することになったのである。この同君連合関係は1814年まで続く。
デンマークの統治時代の到来は、アイスランドにとってはなかなか厳しい時代の到来でもあった。まず第一にアイスランドは貿易をしなければ国が存続不可能なのだがその貿易をデンマークが独占してしまう。1602年にはアイスランド貿易はコペンハーゲン、マルメー、ヘルシンガーによる独占が承認される。1400年代にはペストも流行。火山もよく爆発した(1660年、1727年、1783年、1784〜85年)。デンマークは一時アイスランド全島の移住を考えたらしいがこれはアイスランド人の反対にあって頓挫したらしい。
アイスランド人が辺境で、この様な困難に耐えている間、欧州中央では歴史は動いており、フランス革命勃発、ナポレオンも登場する。このフランス革命からナポレオンの一連の流れの中で時流に乗りそこなったデンマークは破局を迎え、1814年、ノルウェーを失う。しかし、アイスランドはデンマークの手に残され、これ以後、デンマークが直接的にアイスランドを支配するようになる。
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