灼熱の聖夜
#scene
ハラの計らいでロレンスとセリアズは懲罰房から釈放される。ハラは酔っており(それは釈放という
越権行為を行うためのカモフラージュだったかも知れない。)二人に笑顔でクリスマスの挨拶をする。
セリアズにとって狂気に似たそのハラの狂態はしかし、実は周到な均衡のための企てであったかも
知れない。
セリアズを釈放し、ロレンスを俘虜の代表に戻すことによって、絶望的対立関係にある、
ヨノイとヒックスリの均衡を取ろうとしたのかも知れない。
だが、ハラが思った以上にヨノイの状況は逼迫していたのである。
俘虜全員を集合させよと命じたヨノイはハラを謹慎させる。事態の均衡は容易ならざる方向に
崩れ始めて行く。

#scene
映画は最高潮を迎える。
俘虜全員を集合させ、病棟から引き出された俘虜が死亡する緊張状態の中、火器に精通する俘虜の
名簿をヒックスリに迫り、拒絶されたヨノイは自らの大刀を抜く。
炎天の下、俘虜の群れの中からセリアズが静かに、しかし確かにヨノイに歩み寄り、その肩を捕らえ
その両頬に接吻する。
ヨノイはセリアズを切ろうとするが出来ず倒れ、その場の緊張は崩壊する。

私はこのシーンの謎解きに長い間を費やしている気がする。
国家の重圧を、立場を、国家観の相克を、一瞬、それは瞬く間よりもわずかの一瞬にしても取り去る
この個人的行為がヨノイの中に呼び覚ましたものは何か。
ヨノイはショック状態でセリアズを切ることが出来なかったのであろうか?
否、ここでは、大刀を振り上げ振り下ろすよりも早く真の自我がヨノイ自身に追いついたのでは
ないのだろうか?
今ここで、セリアズを自らの刃で殺してはならないという、その当然の自我の命ずるままに、
ヨノイは国家の為の存在である収容所長という自らの立場を放棄するのである。
セリアズを駆り立てたものも、非常に個人的な情動かも知れない。
彼はその場で、成すべき事を思いつき、思いついたまま行動したのだ。
この接吻は、大義も目的も超えている。だが、万感がその中に込められている。
それは、ヨノイが遂に捕捉出来得なかったセリアズという存在そのものであり、
その存在そのものによって、セリアズがヨノイに全てを贈与した瞬間である。

戦争とは、何だろうか?
武力によって、或いは威嚇によって、他者との問題を解決することが本当に可能なのだろうか?
ここで、振りかざした大刀を力無く放棄するヨノイが出した解答は、「否」である。