地球ゴルフ倶楽部 パー3
ヘローコース 11番


ここに勇者あり


  深夜、ノックの音が秘めやかに続いた。シネコックヒルズの理事、トーマス・ヒマーマンは、近くの刑務所から数人の囚人が脱走したニュースを思い出して、クローゼットの中からアイアン一本を取り出すと、足音忍ばせ玄関に近づいた。

「誰だね?」
「キャディのジョン・シッピンです。夜分遅くに申し訳ありません」
 ドアを開けると、シネコックヒルズが開場した当初から勤務する忠実な黒人キャディが、雨に濡れた姿で恐縮していた。遠慮深い彼のこと、ただならぬ事態が予想された。

「どうしたのかね?」
「考えるほどに眠れません。不躾はお詫びしますが、どうしても今晩中に自分の気持ちを伝えたくて参りました。本当に申し訳ありません」
「まあ入りなさい」

 居間に招き入れて、彼の重い口が開くのを待った。シッピンは言葉を捜していたが、ようやく訥々(とつとつ)と語られた内容を聞いて、理事は厄介の始まりを予感した。自分に異存はないが、しかし北部の風土にこびりついた差別にも根深いものがある。忠実な黒人キャディは澄んだ目を正面に向けて、堂々と宣言したのだった。

「お許しがいただけるなら、私も全米オープンの一選手として出場したいと思います」
 これが1896年、第二回大会がシネッコクヒルズで開催される一ヶ月前の出来事だった。理事のヒマーマンは、ゴルフ界にとっての「踏み絵」が早くも到来したかと呟いた。彼は数日前、他の会員たちと話し合った内容を率直に伝えた。

「すでに多くの仲間と話し合った結果だが、きみの出場には私も賛成だ。まず技量的に申し分ない。さらにプレーの態度も模範的だ。しかも熟知したホームコースでの試合とあって、優勝するチャンスも十分にある。よろしい、私からUSGA(全米ゴルフ協会)の会長、セオドア・ハーブマイヤーに話をするので数日待ってほしい。会長も賛成すると思うよ」
 理事は玄関まで見送ると、彼の肩に手を回して言った。
「いやでも多少の雑音が耳に入るだろうが、安心しなさい、私たちはきみの味方だよ」

・・・さて、黒人キャディのジョン・シッピンが出場表明した直後の波紋は意外だった。同じくシネコックヒルッズでキャディをつとめるインディアンの真面目な青年、オスカー・バンもまた出場したいと申し出たのである。二人とも礼儀正しい上に、ゴルフの腕前はプロ並み、しかも目を見張るばかりの飛距離の持ち主だった。

 特筆すべきことだが、会員の誰もが二人の律儀な性格を愛し、ときにはホームパーティに招くこともあった。当時の風潮からみて、黒人とインディアンを自宅の食事に招くなど考えにくい話、それほどシネコックヒルズの会員にはフェアな精神の持ち主が多く、彼らは人種差別の存在を蛇蝎(だかつ)の如く嫌ったのである。

 理事ヒマーマンの不吉な予感は的中した。試合が近づくにつれ、有色人種出場のニュースで持ちきり。と同時に、各地で不透明な動きが渦を巻き始め、USGAに対して噂の真偽を訊ねる関係者も現れた。その都度、理事は明快な口調で答えたものである。
「オープンとは、その名の通り狭き門であってはならない。いや、公正なゴルフ界に偏見があってはならない。誰が出場しようと、その選手がフェアな精神の持ち主なら歓迎する」

 一方、セオドア・ハーブマイヤー会長も、執拗な嫌がらせに辟易する日々を迎えていた。とくに南部からの投書が過激の一途をたどり、試合直前には殺人予告まで舞い込む始末だった。
「汚らしい有色人種が、神聖なコースを歩き回る前に、まず貴様から葬ってやる」
 
 そうしたある日、いよいよ人種差別が露骨な正体を見せ始めた。白人選手数人が、いきなりハーブマイヤーの部屋に押しかけたのだ。
「黒人とインディアンが嫌いだというのではない。私たちはゴルフの長い歴史と伝統にのっとって、過去に有色人種の出場した例がないと申し上げているだけだ」

 そのとき、ハーブマイヤーは書類に向かって筆をとっていたが、そこまで発言を聞くと、首を小さく横に振って苦笑、再び下を向いて書類の記入に余念がなかった。ところが彼らの執拗な抗議は終わらなかった。
「名誉ある全米オープンに有色人種を迎え入れるのは、知事選出馬をにらんだあなたの人気取りだと噂する者もいる。そのように勘ぐられてもいいのかね?とにかく選手が快適にプレーできる環境作りが関係者の責任、善処してもらいたい」

 温厚にして静謐、人に対して一度も大声を出したことがないハーブマイヤーが、ゆっくりと椅子から立ち上がった。そして、入口のドアを指差しながら凛とした口調で言った。
「ゴルフに地位、身分、人種、宗教は持ち込むべからず。これがR&Aの設立憲章だとご存じないか。先ほどから聞いていると、同じ人間でいることが恥かしくなる。きみたちは心の腐ったクズだ、早々に立ち去れ、二度とゴルフに近づくな!」

 さて、黒人キャディのシッピンだが、関係者の期待にこたえ見事第七位の成績を残す。ところが翌年の選手名簿に彼の名は見当たらない。それにしても百年前、あっぱれな見識によって人種差別を一蹴した勇者がいたことに、内心ホッとする。

「ゴルフの神様」
夏坂 健
1999年4月25日発行
講談社より


R&A   ロイヤル アンド エインシェント・ゴルフクラブ・オブ・スンタンドルーズ
USGA 全米ゴルフ協会
JGA  日本ゴルフ協会


11番ホール(パー3)あなたのスコアは、
・ゴルフ規則裁定集も持っており、どのような場合も正しい判断ができる。・・・2
・「ゴルフ規則」(財)日本ゴルフ協会発行(又はその他の解説書)をきちんと読み、ゴルフバッグに入れている。・・・3
・雑誌や解説書を読み、だいたいの規則は知っている。・・・4
・特に読んだことはなく、なにかあればキャディに聞いている。・・・5

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