地球ゴルフ倶楽部 パー4
ヘローコース 9番


ホプキンスの涙


 ハリウッド界隈の富豪たちが、陽気な口調で「ビッグロック・キャンディマウンテン」と呼ぶロサンゼルスCCほど立地条件に恵まれたコースもまれである。そう、ティファニー、マグニンといった世界最高級の店が並ぶフィフス・アベニューから2番アイアンで届くゴルフ場を想像していただこうか。

 たとえばここの18番ホールで、もし人間離れした飛ばし屋が右手の返しを忘れたならば、ボールはビバリー・ヒルトンに命中しないまでも、おそらく超豪華なアラブ首長国連邦の殿下別荘を直撃、物議をかもすかも知れない。

 厳密にはフィフス・アベニューに沿って38番通りから80番通りまで、実に250エーカーの広大な土地を占有する。わが国でいえば銀座から京橋を越えて日本橋の先までゴルフ場というわけだから途方もない話だ。

 さて、毎年春になると、決まって50人ほどの大物メンバーたちが「ホプキンスの涙」と呼ばれるコンペにやってくる。かつてウォール街にあって辣腕をふるったトーマス・ホプキンスが亡くなって10年、これは彼の遺志を継ぐためのコンペである。

 生前のこと、彼の乗るリムジンが黒人少年をはねてしまった。幸い生命に別条はなかったが、少年の運ばれたスラムの病院のみじめさにショックを受けた彼は、信じられない大金を投じて病院と託児施設を新築、そっくり寄付する。この善行はひた隠しにされたが、彼の急逝によって資金援助が途絶え、運営困難のニュースと共に経緯(いきさつ)が明るみに出てしまった。

 「おれにだって、涙の1滴ぐらい残っているさ」
 家人にそう呟いたと聞いて、たちまちメンバーが立ち上がった。そのコンペは「ホプキンスの涙」と命名されたが、さらにユニークな競技法が定められた。

 ラフに打ち込むと罰金100ドル、脱出できなければ打数ごとに100ドルが加算される。同じようにバンカーもスリーパットもOBも、さらには自分のハンディから上下に飛び出した打数までが罰金の対象となった。

 かくして1991年のコンペでは、実に邦貨3200万円のペナルティが集められた。彼らは賭けゴルフを嫌う紳士揃い、しかし、この日ばかりは派手に大叩きしたあと、喜々として小切手にサインするのだった。

 もしゴルフがスコアだけのゲームだとしたら、記録に残るだけでも約540年の長きにわたってかくも人々を魅了し続けることは不可能だったと思う。なぜ人はゴルフに熱中するのか、その答えを求めて資料漁りの旅を続けているうちに、いつしか私は花咲き乱れる楽園の中に立っていた。

 この「ホプキンスの涙」にしても、あるいはここに収録した多くの挿話一つ一つが、私の求めていた答えなのである。ゴルフの素晴らしい世界にお誘いできた私は本当に果報者、ご愛読に心から感謝申し上げます。
  1994年4月 夏坂 健 

「地球ゴルフ倶楽部」夏坂健 著 
新潮社
1994年5月20日発行より

「地球ゴルフ倶楽部」夏坂健 著 
新潮文庫
1998.5.1発行 


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