「文学横浜の会」
読書会
評論等の堅苦しい内容ではありません。2021年09月06日更新
「マイ・ロスト・シティ」S.フィッツジェラルド 村上春樹訳
担当 藤本
この作品について、少し書いてみたいと思います。
1. 2016年、ノーベル文学賞受賞の際の、ボブ・ディランのコメントから、「自分がアメリカ文学の歴史につながっていること」という言葉が気になりました。
アメリカ文学に独特な感覚というものがあるような気がしており、それらはアメリカが、「負けること」「虚しさ」を知っているからのように思えます。
1950年代くらいから、今に至るまで描き続けられる、アメリカン・ニュー・シネマによくみられる感覚であり、
『レイジング・ブル』などが顕著な作品だと思います。
対比して、ヨーロッパは「負けた」とき、「虚しさ」へは至らず、「負け」のなかに逃げ込まず、まず闘う。闘っても負けたのなら、
「頽廃」へ向かう、そのような気がしています。
アメリカ文学は、「頽廃」ではなく、「虚無」あるいは「敗北感」へ逃げる。
2. NHKドキュメンタリー『映像の世紀・第3集・それはマンハッタンから始まった』(平成7年度版)に描かれる、第一次大戦後の新興国アメリカ合衆国の姿、
特に1920年代の文化、フラッパー、イット・ガール、チャールストン、パリで遊んだアメリカ人たちの逸話、禁酒法、
サッコ・バンゼッティの冤罪事件(『死刑台のメロディ』)など。
そしてリンドバーグが何でもないように見出していた、空というフロンティア、そして1929年10月30日、世界大恐慌。
一夜にして堕ちていったハリウッド・スターたち(トーキーの到来が偶然にも大恐慌と重なっている)、この光と影に興味を抱きました。
3. そしてこの「繁栄から虚無へ」の構図は、1920年代でも、アメリカでもなく、日本でいま起きている出来事とも重なるように思います。
東京オリンピック・パラリンピック2020へ向けて、頂点へのぼろうとしていた東京の、栄光のその寸前に、
コロナ禍が現れました。なぜあのまま東京は頂点へのぼりつめることができなかったのだろう。
4. フィッツジェラルドの『マイ・ロスト・シティー』、また同じく随筆の、『ジャズ・エイジのこだま』、小説『失われた十年』などの作品にも、
この「頂点から虚無へ」の構図が描かれており、フィッツジェラルド本人の人生との重なりに、不思議なものを感じます。
この1920年代とその終わり、本人の堕落、けれどもこの短い生涯のなかで、
このテーマは凍りつくような描写で(特に『失われた十年』)表現されていると思います。
『ジャズ・エイジのこだま』からの引用。遊び続けながらも不安感を感じていた人たちのまえにあらわれた、リンドバーグについて・・・
「1927年の春、ある明るい,見なれぬものが光を放ちながら大空を横ぎった。
同世代の若者とは全く無縁だと思われるミネソタの一青年(リンドバーグ)が英雄的なことをしたのだ。そして、しばらくの間、
人々はカントリー・クラブやもぐり酒場に望遠鏡を据えて、古い最良の夢を思い出した。空を飛ぶことに逃げ道があるかもしれない。
わたしたちの倦むことを知らぬ精神は果てしない大空にフロンティアを見つけるかもしれない。だがその頃までに、
わたしたちは、かなりのっぴきならぬところまできていたのだ。しかもジャズ・エイジは進行していた。
だがわたしたちはみな、もう一度機会をもつだろう。」
『マイ・ロスト・シティー』からの引用・・・
「私はタクシーに乗っていた。車はちょうど藤色とバラ色に染まった夕空の下、ビルの谷間を滑るように進んでいた。
私は言葉にならぬ声で叫び始めていた。そうだ、私にはわかっていたのだ。
自分が望むもの全てを手に入れてしまった人間であり、もうこの先これ以上幸せにはなれっこないんだということが」
5. フィッツジェラルドにとって、「マイ・ロスト・シティー」= ニューヨークとは何だったのか。
よろしくお願いいたします。
9月7日 記
皆様の貴重なご意見、ご感想を、どうもありがとうございます。
9月4日のリアル読書会でも、いろいろな発見がありました。
フィッツジェラルドの作品の持つ、「怖さ」みたいなものがずっと心の中にあったのですが、今回の読書会で、作家本人が主人公であると思われる作品も、誰か作者以外の登場人物に語らせる、という構成が多いというご意見が多くあり、私がフィッツジェラルドの作品に感じてきたこの「怖さ」は、そこから表出されている感覚かも知れないと、新たな考え方、とらえ方を教わった思いでいます。
石野様、宮脇俊文さんのホームページをご紹介いただいて、どうもありがとうございます。とても興味深い内容でした。
本当に多くの貴重なご意見に、感謝しております。
以上 藤本 記
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