「文学横浜の会」

 読書会

評論等の堅苦しい内容ではありません。
小説好きが集まって、感想等を言い合ったのを担当者がまとめたものです。

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2022年02月07日更新


「移動祝祭日」ヘミングウェイ

担当者 佐藤直(杉田)

 なぜ、この本を

20世紀の文学に最も影響を与えた男、ヘミングウェイの文学はいかにして生まれたか。1920年代のパリの気分を味わい、作家誕生の秘密を探りましょう。

11年前の読書会の「殺し屋」(文横HP「これまでの読書会」参照)を数年前、読んで、無意識に追われる元ボクサーの諦感が気になった。今回、この本を読んで自分なりに腑に落ちた、浮気して離縁された作家自身の心だったと思った。「殺し屋」は「われらの時代・おとこだけの世界」の一編です。これらの短編はどのように誕生したのでしょうか。

「移動祝祭日」には作家修行の細やかな日々が記載されています。死後、残された書簡、草稿などからヘミングウェイの研究は進んでいて、新たなヘミングウェイ像が出きつつあるようです。

フィッツジェラルドは「日はまた昇る」の冒頭部分16ページの削除や、他にも多くの具体的な修正を指導し、さらに優れた編集者を紹介し、無名のヘミングウェイを作家にした恩人です。そのことはどう書かれているのでしょうか。

 ヘミングウェイの青春回想録ですが、実際は金持ちの妻ハドリーがいて裕福な家庭であったのに、貧乏を装うなどフィクションの部分もあるようです。一筋縄ではいかないようです。

年譜

1899年 シカゴ郊外に、外科医の父、声楽家の母のもと長男として誕生。母は幼少時、レース付きのドレスを着せ、女の子として育てた。そのことは後年深刻な性の揺らぎをもたらした。

1914年 第一次世界大戦勃発。     

1917年 アメリカ、第一次世界大戦に参戦。

高校卒業後、兵役を志願するが不合格に。地方新聞の見習い記者に。      

1918年 記者職を辞し、赤十字の運搬車要員を志願しイタリア戦線へ。前線で迫撃砲弾を受け重傷を負う。
1920年 カナダの「トロント・スター」紙の記者に。
1921年 8歳年上のハドリーと結婚、文章修行のためにパリに移住。
1922年 リヨンで初期の草稿が入ったスーツケースが盗まれる。
1925年 短編集「われらの時代」出版。
1926年 「日はまた昇る」出版。ポーリーンとの浮気が原因でハドリーと別居。
1927年 ハドリーと正式に離婚、ポーリーンと結婚。「男だけの世界」出版。
以降は省略 ・・・・・・
1961年 猟銃で自殺。
1964年 「移動祝祭日」出版 

読書会のまとめ

 文化と芸術家を大事にして育ててきたパリ。第一次世界大戦が終了した1920年代、多くの人の死を前に、これまでの文化への疑問と、新たな文化の再生を願い、芸術家たちは苦闘していた。そこに咲いた花の一つがヘミングウェイの文学だった。

 ヘミングウェイはおそらくこのメモワールを公表しようとは思っていない。死後、妻メアリーにより、削除の手直しがあり出版された。多くの批判がなされた。しかし、私にとっては幸いだった。創作のヒント、文学への取り組み姿勢、加えて人間ヘミングウェイ、嫉妬し、歯ぎしりする晩年の文豪の姿を見ることが出来た。

なぜ、この本を選んだのか

 11年前の読書会の「殺し屋」(文横HP「これまでの読書会」に記載)が面白かった事を聞いていましたので数年前、読んでみました。狙われるボクサーの諦めが気になりました。戦うか逃げるかの二択のはずが全面降伏です。どのような場合だろうと思っていました。「移動祝祭日」は8歳上の妻ハドリーへの感謝の心に満ちています。「移動祝祭日」を読んで腑に落ちました。浮気して離婚したヘミングウェイ自身の心だったに違いない。ヘミングウェイは「氷山の一角」理論により、言いたいことを意図的に深く隠します。

 パリ時代の短編集「われらの時代・男だけの世界」―ヘミングウェイ全短編1―高見浩訳は「インデイアンの村」から始まりますが、他のどの短編も宝探しと思って一字一句を追って読むと新鮮でした。

 これらの短編をどのようにして書いたか「移動祝祭日」には作家修行の細やかな日々が記載されています。無意識の効用を使うため、あえてキリのよい所ではなく、途中で止めるなどの仕事術も披露します。

 「ミス・スタインの教え」の章では「額縁に飾れない作品は書くな」と教えたとしか書いていません。ミス・スタインはピカソのキュビズムの革新を見抜いた目利きです。文学の世界での変革を実践中の人です。ヘミングウェイも嘘偽りのない真の文章とはどんなものかを、どう改革すべきかを日々追及しています。セザンヌの絵のあるサロンで語り合う二人を想像します。ここで、ヘミングウェイの文体は誕生したと思います。

 「移動祝祭日」は多くのフィクションも混じっていて訳者の助けが必要です。想像しなければならないので、そこが面白いともいえます。

 ヘミングウェイは1899年、シカゴ郊外に、外科医の父、声楽家の母のもと、長男として誕生します。母は幼少時、レース付きのドレスを着せ、女の子として育てました。高校生の時、第一次世界大戦にアメリカが参戦し、卒業後、兵役を志願しますが不合格となって、地方新聞の見習い記者となります。その後、記者職を辞し、赤十字の運搬車要員を志願しイタリア戦線へ向かい、前線で迫撃砲弾を受け重傷を負います。「兵士の故郷」に母から息子が「職業をもて」と言われ抱擁されます。その時息子は軽い吐き気を覚えます。これはヘミングウェイ自身の実体験だと思います。

 1921年に6通の紹介状を手にハドリーと文章修行のためパリに移住します。

 無名時代のヘミングウェイはアメリカの雑誌に何度も掲載を依頼しますが、どこも載せてくれません、それが「敗れざる者」の闘牛士のテーマでもありました。負けてたまるかの精神です。

 フィッツジェラルドは「日はまた昇る」の冒頭16頁の削除、多くの修正箇所の指摘、さらに優れた編集者を紹介し無名のヘミングウェイを作家にした恩人です。大恩人のはずが意外にも、夫人ゼルダと共にひどい言われ方です。何故でしょうか。

 ゼルダはヘミングウェイを「インチキ、タフガイ気取り」と言ったそうです。その仕返しでしょうか?

 昨年秋の読書会でフィッツジェラルド「ロストシテイ」村上春樹訳の中の「残り火」を読みました。二組の夫婦の物語でしたが男女の心の機微の描写は素晴らしかった。ヘミングウェイはフィッツジェラルドの才能に嫉妬したのでしょう。だからこそ、自分の恩人であることを隠したと思います。人間は傷つきやすい、この本を書いていた晩年の時、自分は満身創痍であることに気付いて、用心しないと社会は自分を抹殺すると思ったのでしょう。

例会で出た意見

@ヘミングウェイが作家として名を挙げる前の当時のパリの芸術家たちと妻・ハドリーを交えた交友関係の自由な空気を感じた。若き作者の創作に対する考え、創作者たちとの付き合い、友人の作品の批評に対する思い、短編と長編に対する考え方が垣間見えた。

A書いた当時、ヘミングウェイはアル中、鬱病を発症している。これまでの人生を総括し、最後の短編小説として書いている。文豪だけに、起承転結が各章まで徹底されており、フィクションとして再構成がなされている。ハドリーへの感謝と謝罪の書であるが、謝罪の部分は、死後に編集した第4夫人メアリーにより、削除されている。今後の執筆の参考になった。

B「ミッドナイト・イン・パリ」の雰囲気でした。ハドリーとの離婚については、皆さん、離婚しなければ良かったと言っている。はたして、ハドリーと平穏な生活を続けたときどうなったのだろうか。ヘミングウェイは作家の本能として離婚したのではないか。「毒も飲まねば成長しない」と。

Cパリで過ごした修行時代を正直に振り返り、創作のこつを惜しみなく披露している。文章を書く人間にはとても勉強になると思う。いったん書くのをやめたら翌日また書き始めるときまでその作品のことは考えないほうがいいとの指摘は鋭い。パリで一流の絵を見て創作の参考にしたというので「美術の物語」でセザンヌの項についてみてみた。「印象派」の作品は輝きを特徴としているが、セザンヌは輪郭の正確さを犠牲にして、輝きに、古典にある秩序・揺るぎのない構図を加えることに成功した。

D短編集の「インデイアンの村」が良かった。闇の中を進むボートの描写は的確、なぜ男が自殺するかの一切の説明がない。行間に深く隠されていた。

E他人への批判が、「上から目線」になっている。ハドリーと一緒であれば自殺することはなかったと思う。ポーリーンもヘミングウェイ夫妻と一緒に住み、旅行に行ったりしている。これは許せない。二人ともひどい。

Fパリは芸術家を大事にする。面白かった。歯切れが良くて、急所をついている。

Gヘミングウェイの人間らしさが出ていておもしろかった。やっかいな性格の持ち主だったような気がする。このような破滅型の人間こそ、面白いものが書けるのかもしれない。

浅丘様はじめネットでご参加いただいた方から、多くの教えがありました。ありがとうございました。浅丘様から「殺し屋」を紹介され、初めてヘミングウェイを読みました。それが、今回の読書会につながっています。読書会を通して多くのことを学ぶことができました。醍醐味を味わった気持ちです。このコロナ過でよく開催できたと思います。皆様ありがとうございました。

「掲示板」に書き込まれた内容

以上 杉田 記

 ・出席者(リアル)
  遠藤、金田、河野、佐藤直、林、原、森山、中谷、山下憲、

 ・「掲示板」からの参加(敬称略) 6日現在
  浅丘、遠藤、中谷、阿王、金田、森山、山口、藤本、石野、中根、荒井、和田、成合、

◆3月の読書会(リアル)
  日 時;3月 5日(土)17時半〜
  場 所;かながわ労働プラザ 
  テーマ;「JR上野駅公園口」柳美里(河出文庫)

     リアルへの参加は有志です。
     参加できない方も含めて「掲示板」にも書き込んで下さい。

  担当者;中谷さん

(文学横浜の会)


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