「文学横浜の会」

 読書会

評論等の堅苦しい内容ではありません。
小説好きが集まって、感想等を言い合ったのを担当者がまとめたものです。

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2022年03月07日更新


「JR上野駅公園口」柳美里

担当者 中谷

■作品

「JR上野駅公園口」柳美里(ゆう・みり)(河出文庫、2017年)

■選んだ理由

著者の柳美里は横浜出身。この作品の英訳版(Tokyo Ueno Station, translated by Morgan Giles)によって2020年の全米図書賞(National Book Award 翻訳文学部門)を受賞し、国際的な評価を得ました。

■お聞きしたい点

取材した事実をどのように作品化しているのか、分析をお聞かせください。特に、詩的な部分と具体的な写実部分との配分がどのような効果を上げているか、ご自身の創作経験も踏まえて意見をうかがいたいと思っています。

■作品の内容

河出文庫の背表紙には以下の説明が書かれています。

<一九三三年、私は「天皇」と同じ日に生まれた……/東京オリンピックの前年、男は出稼ぎのために上野駅に降り立った。そして男は彷徨い続ける、生者と死者が共存するこの国を。/高度経済成長期の中、その象徴ともいえる「上野」を舞台に、福島県相馬郡(現・南相馬市)出身の一人の男の生涯を通じて描かれる死者への祈り、そして日本の光と闇……。/「帰る場所を失くしてしまったすべての人たち」へ柳美里が贈る傑作小説>

ちなみに英語版の表紙に書かれた説明は以下の通りです(拙訳)。

<フクシマで天皇と同じ1933年に生まれたカズの人生は、日本の皇室の様々なイベント、そして東京の上野駅近くの公園に結びつけられている。この場所で彼の不安定な魂は今、死の中を漂っている。彼にとって上野は、1964年の五輪に向けて出稼ぎ労働者としての東京生活が始まった場所であり、2011年の津波による破壊で傷つき、2020年の東京五輪開催決定に怒りを覚えながら巨大なホームレスの“村”の住人として死んでいく場所である>
<芥川賞作家の柳美里はザイニチ作家としてのアウトサイダーの視点を生かし、天皇制への非難と、日本でもっとも弱い人々の暮らしの繊細で深い描写からなる、現時点で最も重要な小説を創り上げた>

柳美里は原著「あとがき」で、皇族の上野訪問に先駆けて行われるホームレス駆逐作業「特別清掃=山狩り」を取材し、ホームレスには集団就職や出稼ぎで上京した東北出身者が多いと知ったことがこの作品のきっかけだったと記しています。また、東日本大震災をきっかけに被災地の福島県南相馬市とかかわるようになり、鎌倉から現地に転居。今は書店「フルハウス」を営みながら地元の人たちと交流を続けています。作品には福島での経験も生かされています。

■柳美里略歴(東京書籍「新総合図説国語」)

1968年生まれ。横浜共立学園中退後、東京キッドブラザースを経て劇団「青春五月党」結成。戯曲「魚の祭」(1993年)で岸田戯曲賞を最年少で受賞。小説は「フルハウス」(1996年)が泉鏡花賞、野間文芸新人賞を受賞。崩壊する家族とその再生を描く「家族シネマ」(同年)で芥川賞を受賞した。

3月読書会「JR上野駅公園口」を終えて

3月5日にかながわ労働プラザの会議室で開かれた3月読書会の幹事として、下記のレジュメに沿って柳美里「JR上野駅公園口」の感想を話し合った。

参加者からは「現代のプロレタリア文学の名作。小林多喜二がいま生きていたらこんな作品を書いたのではないか」と絶賛する意見が出た。一方で「主人公がホームレスになった理由が分からない」「孫の足手まといになるというだけでは説得力が弱い」「むりやりホームレスにした感じ」という声が相次いだ。「主人公は精神的に未熟」という指摘もあった。

確かに、社会と折り合える成熟した精神の持ち主ならホームレスにならなかっただろう。主人公は、家族を養うため国民学校を卒業してすぐに出稼ぎを始め、目の前の仕事に追われる人生を送った。趣味もなく女性との関係も淡かった。家族を養う以外に人生の意味を感じられなかったからこそ、自らが養われる立場になじめず家を出たのではないかと思う。

(文学横浜の会・3月読書会レジュメ)

【テーマ本】柳美里「JR上野駅公園口」(2014年)

・過剰で切実な作品。「柳美里」だから出版できた
・天皇は日本の象徴、「ホームレス」は、被災地として取り残される「フクシマ」の象徴
・主人公は家族を失うと同時に生きる目的をも失った。「人はパンのみに生きる者にあらず」という聖書の言葉のように、経済合理性プラスアルファがなければ人として生きていくことはできない

@文体と構成
「演劇的」「コントラスト」
▽始まりの「詩」は序曲であり、これから語られる全体像を提示
▽駅アナウンス、方言、チラシの内容などを正確に再現←物語を支えるリアリティー
▽詩的な独白「波音が高くなった。/暗闇の中に一人で立っていた。/光は照らすのではない。/照らすものを見つけるだけだ。/そして、自分が光に見つけられることはない。/ずっと、暗闇のままだ――。」(p.55)「彼女の目が潤んでいた。/彼女の両手が腰にあった。/彼女の髪がくすぐったかった。/(略)/全身が揺れた。/ボートに揺られているみたいだった。/揺られながら、解き放たれる感じと、包み込まれる感じを同時に覚えた」(p.112)←スポットライトが当たるイメージ
▽チャント「南無阿弥陀仏/南無阿弥陀仏」(p.76~)←オペラ的、ミュージカル的

A体験の反映
▽「加賀泣き」(p.63)故郷を捨てざるを得なかった者の悲しみ
▽「薔薇」(p.105~)入ってもなじめそうにない一般社会の象徴。孤独感を際立たせる。浪江出身の純子とも一線を越えず←在日として日本社会(学校)に受け入れられなかった自らの人生を、社会になじめないホームレスに投影
▽「二十一歳になったばかりの麻里を、祖父である自分とこの家に縛るわけにはいかない、と思った」(p.122)←壊れた家庭に育ち、夫とも死別した体験に基づくネガティブな家庭観を反映
▽「成りたくてホームレスに成った者なんていない」(p.81)「死が、自分が死ぬことが怖いのではない。いつ終わるかわからない人生を生きていることが怖かった」(p.122)「どんな仕事にだって慣れることができたが、人生にだけは慣れることができなかった。人生の苦しみにも、悲しみにも……喜びにも……」(p.151)「自分と天皇皇后両陛下の間を隔てるものは、一本のロープしかない。(略)何か言えば聞いてもらえる。/何か──。/何を──。/声は、空っぽだった」(p.156)←社会と折り合えないもどかしさ、絶望

B取材と作品化
▽2002年に構想、2006年に「山狩り」を取材。実際に出版するのは2014年
→その間に生じた東日本大震災(2011年)、五輪誘致決定(2013年)が「結晶の核」に
cf.祖父は幻の1940年東京五輪マラソン代表候補
▽2012〜18年に臨時災害放送局「南相馬ひばりエフエム」で600人以上と対談。天皇と同じ年に生まれた男性から「出稼ぎ人生を終えて家でのんびりすごそうと思ったら津波で家を流された。運がなかった」と聞く(2020年12月、日本記者クラブ講演)
▽徹底した取材。「誰が読むのか意識し、事実を確認する。ホームレスの人が読んでも違和感がないように」「除染作業で西成から多くの労働者が入っていると聞き、刑務所に20年いた友人を通じて西成で取材した」(同上)
▽スタイルの変化。「若い頃は私小説的だったが、臨時災害放送では聞き手に徹した。『私』が崩れて他者が流入してきた」「『聞く』は受動的ではなく肉体的。声帯が震え、鼓膜が震える肉体と肉体の接触」「内視鏡となって心の中に入る」(同上)

C背景
 在日、高校中退、「石に泳ぐ魚」のプライバシー裁判、右翼によるサイン会妨害、不倫出産、「8月の果て」連載打ち切り……。文化欄からはみ出すスキャンダラスな存在

【参考】山手線シリーズ
 (2003年から書き継ぐ)「山手線シリーズ」の核となるテーマは、二つある。一つは、日本国憲法第一条で「日本国と日本国民統合の『象徴』と規定」されている天皇と天皇制である。もう一つは、二〇一一年三月に東京電力福島第一原子力発電所が起こしたレベル七の事故である。中心があれば、中心は波紋のような幾重もの圏域を広げ、そこから貧富、運不運、幸不幸という格差が生み出される。(略)
第五作の『JR上野駅公園口』は、死の向こう側を書いてみようと思った。過去に存在したものが現在に無い、と感じるのは、わたしたちの感じ方の習慣に過ぎない。過去は、現在と共にこの世界の内部に潜在し続ける。だとしたら、どのような形で存在するのか──、と考えながら書いたのが、『JR上野駅公園口』なのである。(略)
山手線という閉ざされた円環への眼差しが、この歪な日本社会への一つの見晴らしとなりますように、とわたしは両手を祈りの形に握り合わせている。
(「JR品川駅高輪口」あとがきから抜粋)

以上

「掲示板」に書き込まれた内容

以上 中谷 記

 ・出席者(リアル)
  荒井、遠藤、金田、後藤、森山、中谷、山下憲、*吉村、*佐藤、*藤原

  注)*印は見学に見えられた方です。

 ・「掲示板」からの参加(敬称略)
  浅丘、遠藤、阿王、佐藤直、金田、荒井、藤原、藤本、森山、石野、清水、山口、林、成合

◆4月は「文学横浜」53号の合評会です。
   日時:4月3日(日)12時〜18時
   場所:日本丸訓練センター内、会議室
         JR桜木町駅、下車
   ゲスト:秋林哲也氏

◆5月の読書会。
   日 時:5月7日(土)17時半〜
   場 所:かながわ労働プラザ内、会議室
   テーマ:「白い人」(『白い人・黄色い人』収録)遠藤周作、新潮文庫
   担当者;遠藤さん

(文学横浜の会)


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