「文学横浜の会」

 読書会

評論等の堅苦しい内容ではありません。
小説好きが集まって、感想等を言い合ったのを担当者がまとめたものです。

これまでの読書会

2022年11月07日更新


「飼育」大江健三郎

担当者 佐藤ル

「掲示板」に書き込まれた内容

曇天の夕方ではあったが人出の多い週末の横浜駅。13名の出席で17時より県民センター会議室で月例読書会は無事終了しました。

同人数は30名を超え、19作品が掲載予定の「文学横浜54号」の校正も終盤に入り、編集担当の遠藤さんからスケジュールの発表と金田さんからの連絡がありました。

課題本にした理由

 11月初旬の読書当番に決まったが、時期的にいって9月末の「文学横浜」の締め切りからひと月ほどの猶予なので、同人の方々も私も時間的余裕がそれほどないと思い、短編の中で大江健三郎(1935〜)の芥川賞授賞作品「飼育」をテーマ本とした。

大江の作品を選んだ理由は、日本文学を代表する存命作家であり川端康成に続いて2人目のノーベル文学賞受賞者(1994年)であるからだ。しかし私が入会して10年以上経つが、大江が取り上げられた記憶がない。今まで、自分が当番の時は芥川賞受賞作かまたは受賞者の他の中短編代表作を取り上げてきたので、今回は大江の「飼育」を取り上げてみたくなった。大江は東大の仏文科卒でありサルトルの「実存主義」を実践した小説家である一方、故郷四国での生育は、土地柄も文化性も、骨格に多大な影響を与えていると思う。

文庫本の解説を江藤淳(1932〜1999)が書いている。=1959年8月志賀高原にて=と文末に書かれ、 その評論は、短いながらもひとつの完璧な説得力がある。大江と江藤は、石原慎太郎(1932〜2022)もであるが、 年も近く同じ時代を生きている。5月の読書本「白い人」の遠藤周作は1923年生まれなので、 彼らとは過ごした青春時代が10年ほど違うが、何か共通するものはあるのだろうか。

※興味深い話をwiki拾い=江藤、石原、大江の3人に加え谷川俊太郎、永六輔、黛敏郎、開高健、寺山修司、浅利慶太、羽仁進、武満徹、福田善之、曽野綾子など、その後の左翼系右翼系関係なく、1958年に「若い日本の会」というグループができた。当時の自民党(岸信介総裁)が改正しようとした警察官職務執行法に対する反対運動から生まれ1960年の安保闘争で安保改正に反対を表明したことで知られる。

従来の労働組合運動とは違って、指導部もない綱領もない変わった組織であった。
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大江の前期の代表作「個人的な体験」は長編なので、今回は読書本としなかった。

もし、読書にあてる時間にゆとりのある方には、「個人的な体験」や「万延元年のフットボール」(ノーベル文学賞受賞の決定打といわれている)の感想もお願いしたいです。

☆飼育あらすじ(wikiより)
戦時中にアメリカの飛行機が撃墜され、森の奥の谷間の村に黒人兵が落下傘で降りてくる。 捕らえた黒人兵をどう処置するのか、県の指令がくるまでの間、語り手の少年・僕の家の地下倉で黒人兵を「飼育」することになる。 最初は「獲物」であった黒人兵と僕の関係は日毎に人間的な触れ合いになっていく。

ある日、県の指令で黒人兵の移送が決まると、黒人兵は僕を捕らえて盾にして抵抗するが、父や村人が詰め寄り、 父は鉈をふるって僕の手ごと黒人兵の頭を切りつけて殺害する。怪我で包帯をまいた僕の手を指して友達は言う。 「お前のぐしゃぐしゃになった掌 、ひどく臭うなあ 」。僕は答える。「あれは僕の臭いじゃない 」 「黒んぼの臭いだ 」。 そう答えた僕は、天啓のように自分はもう子供でないことを悟る。

テーマ
@「飼育」を読んでのオリジナリティのある感想を教えてください。
A大江文学について、思うところを率直にお書きください。

読書会のまとめ

<掲示板>

今回の掲示板での感想を読ませていただき、担当としては質、量ともに大感謝大満足で、浮かんだ言葉は感激、刺激、尊敬でした。 当方も、ぎりぎりまで大江の勉強をしなければならず、久しぶりに気合が入りました。投稿された皆様、ありがとうございました。

<会議室での感想> @大江作品を初めて読むことができ貴重な体験となった(若い方ほど未読)
@A戦争の時代を体験し生き抜いてきたこそのバイタリティーとどん欲さ。
A表現力が群を抜いている。作品を書いて書いて書きまくるしか自分の将来を展望できなかったのかもしれない。

@A小説は先入観を入れて読んではならないと学んだ。
A苦手意識がある作家である。
@衝撃的な読後感。子どもたちの姿のリアルさ。大人への信頼の喪失と子供時代との決別。弟の存在の大きさ。書記の存在と唐突な死の象徴は何?

@大江の描く農村は無国籍的(乾燥)で全く四国にある農村とは思えない。鉈で少年の手を砕いてしまうのは象徴的。
@A文体が翻訳調であるのは意図的。
A一番面白かったのは「芽むしり仔撃ち」

@コテコテの文体。「死者の奢り」と共に閉鎖的な設定、ベクトルの共通。これが実存主義。
A持って回った表現はヘンリー・ミラーの影響。
@A「飼育」を何度も読みかけては面白くないと感じた。「万延元年のフットボール」(「個人的な体験」も)を読んで、この作家が現代文学の大きな存在であると再認識した。

@おそらく子供の頃の経験をもとにしたものだろう。この内容をすべて想像で書いたのなら、ものすごい想像力。
A千数百年間蓄積された日本文学の特長は、大江文学と対極にある。芥川賞受賞は戦後の日本文学としての眼を引く新しさ。ノーベル賞受賞は、日本文学の伝統から外れていたから。
@「死者の奢り」は感動したが「飼育」は、若い時も今回も感性には合わなかった。形容詞も多すぎる。集中しないと読み辛い。

A戦後のベビーブーム世代の文学好きなら一度は読む作家。
@残酷な表現であっても抒情的で詩的。リズムで読ませてしまう術を持つ。「死者の奢り」の方が馴染みやすかった。「死」は「物」なのだという死生観は少し仏教的で面白い。
@A22〜23歳で書いたこれらの作品の完成度の高さに驚く。死生観を「知性」「抒情」「凄み」のある作風で捉え、それはあまり類を見ない。異形のものを登場させる語り口やサスペンスのような心理描写は素晴らしい。

@黒人の「死」も書記の唐突な「死」も「死」という概念は全部同じではないか。
@言い回し、例えが良い。大人に振り回される子供たち、逃れることのない気持ち。犠牲になってしまった少年。戦時下で何が正しいか、変化していく正義。
@大江の小説は初めて読んだ。戦争が起きると実戦場から遠く離れていても時間が経過しても、あらゆる人を当事者にしてしまう。
A大江の輝かしい創作活動は「芽むしり仔撃ち」で終わっている。

<担当の感想>

@「飼育」の感想=読めば読むほど重層的な物語であると驚嘆しました。 
見事な書き出し(※「死者の奢り」も同様に)であるが、他の箇所も含め、何度でも読み返すのに耐えうる硬質でありながらも詩的な描写は、読者の眼前に光景を大きくイメージさせる。

「詩的」であることが美しいとは限らないこともあると思うが、「飼育」での大江独自の美しい描写は、何回も登場する倉庫の羽目板の隙間からなだれこむ朝の光や、夕焼け後の村の様子、谷間の村特有の霧の様子などと思う。
故郷の大自然の中で、陽光や風を感じながら大江自身が少年時代までに育んだ感性と、青年期(高校生〜大学生)に詩集や翻訳物等により蓄積された豊かな語彙が、独自の詩的表現で美しさを最大限に放出していると思った。
戦後の新しい個性的な小説=大江文学の出現である。

テーマは「少年の『僕』がおとなになるということ」といわれているが、子どもの遊びはもうできない、一生破壊された手と共に生きてゆく人生の始まりということなのだろうか。
この物語は「少年と父の物語」でもあると思う。

また「捕虜である黒人兵の決められていたかのような死」と「役所で働く書記と呼ばれる義足の男の偶然の死」のふたつの「死」を並べることで、その先にあるものを思考させているのではないだろうか。
戦争さえなければ、こんなことは起きなかったし、ふたりの死もなかった。

A大江文学について思うところ
 私は1949年(昭和24)生まれなので、実際に大江が芥川賞を受賞した当時〈1958年)は9歳(小3)でしたが、高校時代(高3)に男子同級生が自分の兄の受け売りで「万延元年のフットボール」を読まないことには時代に遅れているし文学好きとは言えないと生意気なことを言ってました。しかし当時の私は、何も読んでいませんでした。ただ大江の名前と作品は頻繁に新聞などの文芸欄で話題になっていて題名だけは知っていました。
最初に大江のモノを読んだのは大学に入学してからで、先ずは小説ではなく岩波新書「ヒロシマ・ノート」次が新潮文庫「性的人間」の中の「セヴンティーン」です。2冊とも政治状況に刺激され読みました。

その後「死者の奢り・飼育」から順番に文庫を買って読んでいったのですが、いまだ手元に文庫はありますが内容はほとんど記憶に残っていませんでした。「飼育」ひとつだけでもこれほどに強烈な小説ですが、自分が覚えていなかったことに驚きました。おそらく字面だけさーっと読んだだけでは、ストーリーさえも記憶に残らない作りなのでしょう。今回、取り上げることになって読みなおし、再々読もしました。読むたびに気付くことが出てきて、その重層さに圧倒されました。凄いと思いながら様相の表現に傍線を引いていたら、ほとんど引くことになってしまいました。
「壊れものとしての人間−活字のむこうの暗闇−」(長編評論)が本棚にありましたので、なつかしく最初のページを開きますと鉛筆書きなど読んだ形跡がありました。今回他の手持ちも読み直してぐいぐい引き付けられるものが多く見つかり、資料として掲載しました。
「個人的な体験」は、子どもが生まれてからハードカバーで読みました。グロさとエロさが苦手でしたが、これは最後まで読み切っていました。

重い障害を持ったわが子新生児の死を願いながら、最後は受け入れ共生していく意志の決定は、これ以上逃げ回る現実逃避からは何も生まれないという決意表明だと思いました。
「万延元年のフットボール」に関しては手元にある全集にも入ってますが、今回もなかなか読み進むことができず完読していません。杉田さんの感想を読ませていただいて、今年年末までに読み終わりたいと強く思いました。

大江の小説は、読み進むのに乗り越える壁が早い段階で用意されていて、それを越えれば、集中力を欠かさなければ、それ以降は割と読んでいけるのではないかと思いました。ただ、氏の作風はかなり好き嫌いの個人差があると思います。敢えてこんなに難しく書かなくても、もっとストレートに心に響く小説の方が、日本人には好まれると思いました。
用いられている語彙や表現方法は私は嫌いではないのですが、突如現れる壁のグロさにはやや病的なものを感じます。しかし、これが大江文学の本髄なのでしょう。目をつぶるな、と作者はどこかに書いていたと思うのです。※グロテスク・リアリズム

年譜、等

1935(昭10)
 1月31日愛媛県喜多郡大瀬村にて生まれる
  松山東高時代に文芸部誌「掌上」を編集し詩や評論を書く
1954(昭29)
  4月 一浪後に東大文Uに入学。東大学生演劇脚本「天の嘆き」を書く
1955(昭30)
  「火山」を「学園」9号に発表、銀杏並木賞を受賞。東大学生演劇脚本として「夏の休暇」。
1956(昭31)
  仏文科に。主任教授は高校時代より私淑していた渡辺一夫。東大学生演劇脚本として「死人に口なし」「獣たちの声」(創作戯曲コンクールに当選)
1957(昭32)
  5月「奇妙な仕事」が五月祭受賞作(荒正人選)として「東京大学新聞」に掲載され平野謙によって「毎日新聞」文芸時評で高い評価を得た。これは戯曲「獣たちの声」を小説化したもの。
   以後、文芸雑誌からの相次ぐ執筆依頼により学生作家として文壇にデビューした                 
  8月「死者の奢り」を「文学界」、「他人の足」を「新潮」に  
  9月「石膏のマスク」を「近代文学」に
  10月「偽証の時」を「文学界」に   
  12月戯曲「動物倉庫」を「文学界」に発表
1958(昭33)
  1月に「飼育」を「文学界」に
  2月「人間の羊」を「新潮」に。「運搬」を「別冊文芸春秋」に  
  3月短編集「死者の奢り」を文芸春秋新社より刊行
  6月「芽むしり仔撃ち」を「群像」に「見るまえに跳べ」を「文学界」に発表「芽むしり仔撃ち」を講談社より刊行
  7月「暗い川おもい櫂」を「新潮」に発表。「飼育」により第39回芥川賞を受賞。
  9月「不意の唖」を「新潮」に。「戦いの今日」を「中央公論」に発表
  10月短編集「見るまえに跳べ」を新潮社より刊行。
1959(昭34)
  東大卒業。卒論は「サルトルの小説におけるイメージについて」
  3月書き下ろし長編「われらの時代」を「中央公論社」より刊行
1960(昭35)
  伊丹万作の長女で伊丹十三の妹ゆかりと結婚
1961(昭36)
  1月「セヴンティーン」3月「政治少年死す」を「文学界」に発表
1963(昭38)
  6月長男の光の誕生
1964(昭39)
  1月「空の怪物アグイ―」を「新潮」に
  8月書き下ろし長編「個人的な体験」を新潮社より刊行。
  10月「ヒロシマ・ノート」を「世界」に連載
1967(昭42)
  1月「万延元年のフットボール」を「群像」に連載。9月講談社より刊行

※以降は省略。下記の<受賞歴>作品は、大江文学の代表作でもある。

<受賞歴>                
58年「飼育」芥川賞受賞
64年「個人的な体験」新潮社文学賞
67年「万延元年のフットボール」谷崎純一郎賞
73年「洪水はわが魂に及び」野間文芸賞
83年「雨の木(レイン・ツリー)を聴く女たち」読売文学賞
83年「新しい人よ眼ざめよ」大佛次郎賞
84年「河馬に噛まれる」川端康成文学賞
90年「人生の親戚」伊藤整文学賞
94年 ノーベル文学賞

以上 佐藤ル 記

 ・出席者(リアル)順不同、敬称略
  阿王、遠藤、金田、河野、山下憲(上条)、藤原、寺村(港)、野田(十河)、佐藤ル(石野)、森山(大倉)鶴見(山口)清水(いまほり)、、林  

 ・「掲示板」からの参加(敬称略)11/06現在
  遠藤、阿王、佐藤ル(石野)、清水(いまほり)、中谷(池内)、藤原、藤本、野田(十河)、寺村(港)、佐藤直(杉田)、金田、成合、鶴見(山口)

◆12月の読書会
   日 時:12月 3日(土)17時〜
   場 所:神奈川県民センター内、会議室
   テーマ:「園遊会」(『マンスフィールド短編集』収録)キャサリン・マンスフィールド 新潮文庫、岩波文庫
   担当者;山下さん

(文学横浜の会)


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