「文学横浜の会」

 読書会

評論等の堅苦しい内容ではありません。
小説好きが集まって、感想等を言い合ったのを担当者がまとめたものです。

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2023年11月06日更新


「ヘリオトロープ、沈丁花」、吉屋信子『花物語(下)』河出文庫に掲載

担当者 酒井(里井)

「掲示板」に書き込まれた内容

『ヘリオトロープ、沈丁花』(吉屋信子『花物語』)について

<はじめに>  『ヘリオトロープ』は、女学生が関東大震災からポンペイの悲劇を連想し詩を訳すというストーリーとなっている。今年で関東大震災から百年ということもあり、この短編を選び課題作とした。

<吉屋信子について>  『乙女の港の花物語をあきらめて(大森郁之助)』という参考文献をお借りした。サブタイトルは『少女と少女の物語論』。その中に「世評として『花物語』は低俗であるとも言われている」とある。これを読んだ時、私にはその意が理解できなかった。異論があったのではない、宇宙人の言葉か? と思えたのだ。

 今回『花物語』を課題に選び、私なりに調べる内、世評の正体が明らかになってきた。そうか! 『花物語』は『別冊マーガレット』だった。『花とゆめ』かな? だとしても……。

 かつて、少女向け文学は「所詮、女子供が読むもの」という考え方があった。これは女性への性差別だろう、さらには、エンターテインメント小説、映画、漫画、アニメなどを「低位のもの」と看做していることに他ならない。あえて誤解を恐れずに言う、これは、もはや黴の生えた思想、いや、固定観念ではないか?

 文芸作品や社会へのメッセージ性が高いものが上で、それ以外は下とする考え方には同意できない。ただ、前者に価値がないと言っているのではない、貴賤を付ける、ランキングしてしまうことに有意性を感じない、ということだ。

 とまで書いたが、吉屋信子は、ただ綺麗なだけの世界を描いていたのではない。『乙女の港の?』から引用すると「男が支配し女が服従する関係への嫌悪、女同士の対等の愛情」が『花物語』に込められたメッセージだ。

 すなわち、本作に「女の幸せ=結婚願望」は皆無であり、成長しない女性のみが描かれている。これをしてピーターパン・シンドロームと評することも可能だが、異性愛を前提とした家制度・規範における女性像へのアンチテーゼとも解釈できる。

 ちなみに、吉屋信子には門馬千代というパートナーがおり、リアリティーのあるものを書くこともできた、と思われる。むしろ、であるが故に、可憐なストーリーの含意は、偶然などではないと考えている。

 最後に、吉屋が提示した「女性同士の淡い愛情こそ至高」という方向性、実は現代における、ライトノベル、漫画、アニメにも引き継がれている。

*以降、当日のプレゼンにて

<百合について>
・レズ、レズビアンは差別的な意味合いを持つ
・『薔薇族』の編集長・伊藤文學が生み出したと言われている
・薔薇に対して百合
・現代において便利に使われ過ぎ、憧れ?性的関係、広範かつ曖昧な言葉
・宝塚は男装の麗人、男性の代替物がいる前提であり、ヘテロ色も強い
・吉屋の描こうとした思春期女性の淡い恋情は「エス文学」がふさわしい?

<ヘリオトロープ>
・ギリシャ神話、太陽神アポロンに恋をした水の妖精の物語が下敷き
・擬古文体の非常に美しい文章
・『薤露行(漱石)』『即興詩人(鴎外)』に比べ短く読みやすい
・前後の女子学生が書籍を見つけて……のストーリーは必要か?
・賛否あるだろうが映像にみるナレーションの役割だと思う
・金貨を投げ捨てる少女に姫への妄執を感じる
・女性同士、眼差し、憧れを至高とする考え方だろう

<沈丁花>
・姉妹に同性愛的な空気感がない?
・『花物語』全体を通し、その自然さが私は好きだが
・姉の妹への愛情はパラノイアのような拘りを感じる
・自己犠牲が高じて被虐性癖、妹への偏愛はインセストタブー
・解釈により、どこか背徳の香りがする作品
・妹の想い人は、なんの注釈もなく、当然のこととして女性

・両作品とも「献身を意味ししかして、執着を表す」に集約される
・献身ではあるが、その愛情に異常性、であるが故の美しさ

・献身と言えば、絵本『ひさの星(斎藤隆介/岩崎ちひろ)』
・自己犠牲は心を打つが偽善的との批判はあるだろう
・「特攻隊を礼賛」とまで言うと戦争トラウマが生む極論では?

 下記Qを参考に(こだわりません)、みなさんのご感想をお寄せください。いただいた感想には「ありがとうございました」のみになるかもしれませんが、必ずリプライするようにいたします。

<Q1>
 吉屋信子の描く世界は花の香り、三島由紀夫の『仮面の告白』はその対極にある。「序」でも触れたように、上下を付ける点は置くとして、自作を描く時、その文芸性・社会性について、あなたは強く意識しているか? また、その観点において今回の両作品に対する、あなたの評価はどうか?

<Q2>
 本二作含め『花物語』には女性同士の恋愛にタブー色が一切ない。だが、フィクションを構築するにあたり、これを禁忌とした方が、演出効果が高まるとも言える。あなたは創作者として、演出効果を優先した設定も入れるべきだと思うか?

<Q3>
 いわゆるソドミー法では、男性同士(肛門を使うセックス)を禁じているだけで、女性同士については特に触れていない。
 ダビンチ、チューリング、三島由紀夫……、男性の同性愛者(そうだと言われている人)は枚挙に遑がないが、女性の有名人は少ない。これらは、省みることすら値しないという意味での女性差別だったのではないか?

 女性同性愛、さらには、LGBT全般についてコメントがあればお願いします。


以上 里井 記

まとめ

読書会、ありがとございました。
今回、いままでの読書会の傾向から、やや外れる作品(敢えて選びましたが)でしたし、私なりの突飛な解釈に戸惑われたかとも思います。にも関わらず、興味深い感想やご指摘をいただき、大変、感謝しております。

<議事録>

私自身、現代アニメや漫画に詳しいため、吉屋信子を今の作品を通して眺めてたのかな? と感じました。

・もっと純粋にそのままを受け入れた方がいいのでは?
・百合とは切り離して考えるべきでは?
・低俗の批判は「女子供」という差別ではなく、お涙頂戴的なストーリーでは?
・であるが故にこの小説は人気になった
・女性同士としたのは逆に考えて男女(例えば教師と女生徒)は当時の社会規範から難しいのでは?
・論評で「吉屋信子は結婚という価値観を否定した」というものもあるが、逆からの見方は面白い!

以下、順不同にて ・同性愛の話は主たるテーマではない
・女性の大正?昭和初期、教養小説的な意味合いがあるのでは?

・井上やすし『あすなろ物語』で描かれるところに似ている
・田辺聖子への影響
・教養小説・成長を促すストーリー
・低俗性はお涙頂戴的な部分ではないか?
・であるが故に売れたのだろう
・しかし20歳で出したのは構成力はすごい

・社会性はどう考えるか? 
・小説は、時代を分析する論文ではない
・文芸性と社会性を同列で論じるのはおかしい
・禁忌は行間で述べるべきだ
・小説は簡潔にした方がいい

・『ヘリオトロープ』古臭い文書が癖になる文章
・夫人雑誌掲載であったので、そこに合わせた、ということもあるだろう
・文芸性を表現の美しさとするのなら必要
・社会性という意味で、世の中で起きていることと関わらない作品はないだろう
・ただ何かを糾弾する必然性は感じない
・性愛はこの作品としては馴染まないだろう
・女性の同性愛が制されていなかったのは、社会へのインパクトの大小ではないか?

・谷崎潤一郎は性愛にこだわっていたが、ダイレクトには描いていない
・昔は葛藤が文学的なテーマであった
・例えば身分制度や家同士の構想
・三島由紀夫『永すぎた春』は反対されない結婚はうまくいかない。逆を描いている

・百合的な見方をさてれいるが違うのでは?
・良家の子女の結婚は家制度にとって大切なものだった
・自由恋愛をさせたくがないための女学校
・そのような世相の中、男性との恋愛は描けないだろう
・自作のウケ狙いは常に考えている

・この種の作品は読んだことがなかった
・『沈丁花』は作者が思い描いたものを多数投げ込んだ作品
・姉妹の会話、嫉妬、讃美歌、宗教……
・妹のいない間に日記を
・罪悪感がないのは?

・『ヘリオトロープ』は関東大震災、未曾有の大騒ぎの中
・大混乱の中で自分の世界を作ったという点も注目に値する
・手紙は、今では使えない手法
・女から見て美しいと思えるのでは?
・『沈丁花』作者がずいぶん計算しているように思う

・中原淳一の挿絵
・11月18日? 中原淳一展、横浜そごう
・2014年に『卍」を読書会のテーマとしたが難しいという反応があった
・必ずしも同性愛者がその関連を書いているとは限らない
・サマセットモームなど好例
・渡辺温「可哀相な姉』が『沈丁花』に似ている
・ジョルジュサンド『愛の妖精』も近い(『浮雲』より先)
・影響を受けたと言う文豪は多い

・吉屋信子作品全般として、全て似ているようで、よくよく読んでみれば違う
・十分に計算されており偉大なストーリーテラーと言える
・裏切り、妬みなどの織り込み方がいい

・『心の花』キリスト教の理想主義
・映画では『家庭日記』『花』『安宅家の人々』
・必ずしも同性愛関係でもない
・吉屋信子、晩年は歴史小説も書いている

・文芸性の高いものを描きたい、それが目的でもある
・社会性を全面に出すか否かは別として、社会性がない作品はない
・『ヘリオトロープ』句点までが長い、源氏物語的
・古本屋でみつけたという冒頭シーンはあった方がいい
・少女文学であるが故の必然
・吉屋信子はマーケティングに長けているとも思う

・少女っぽいものは好きではないが……
・男女の在り方、今は考え方が変わっている

・今までにないテーマ
・新しい世界が見えた気もする
・女性同士、心温まる世界だけでは物足りない
・面白みにかけるように思う
・毒がのようなものが必要だろう
・時代に即した「禁忌」を描くのも小説だろう

最後に、当日使った資料と、吉屋信子記念館の写真を添付しておきます。
PDF-1   PDF-2
以上、里井

◆11月読書会
 ・日 時;11月 4日(土)17時〜19時
 ・場 所;神奈川県民センター内、1502会議室 (リアル)
 ・テーマ;「ヘリオトロープ、沈丁花」、吉屋信子『花物語(下)』河出文庫に掲載。
   担当者:酒井さん
 ・出席者(リアル)順不同、敬称略
  遠藤、金田、篠田、寺村(港)、山下(上条)、藤原(上終)、  野田(十河)、中谷(池内)、中川(野守)、酒井(里井)、岡井*
  注)岡井さんは見学に来られた方です。

 ・「掲示板」からの参加(敬称略)11/5現在
  池内、上終、遠藤、野守、港、和田、成合、十河、金田、森山、克己 

◆12月の読書会
   日 時:12月 2日(土)17時〜19時
   場 所:神奈川県民センター内、会議室
   テーマ:「夜と霧の隅で」 (「夜と霧の隅で」北杜夫著 所収 新潮文庫)
   担当者:中川さん

(文学横浜の会)


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