文: 遠藤利吉

 

FLIP 5000は成毛がグヤトーンの開発室室長 金谷栄一氏と構想3年、実働3年、計6年がかりで作った真空管アンプで、アメリカのDick Grove School of Musicを卒業し、その後アメリカでギターを教えていた森岡 慶氏、マーシャルのコレクターとしても知られる元Dr.Mastermindのカート・ジェイムス氏等の協力も得て音作りをしたものである。

 

 

FLIP 5000は「Normalチャンネル」と「Overdriveチャンネル」の二つの独立したプリアンプ部を持っていて、それぞれに音色を設定しておいて、パネル上のスイッチかフットスイッチで切り換える事ができる。
又、「Normalチャンネル」のトーン・コントロールはオールド・マーシャル的な効き方の「Hi-Treble」と、オールド・フェンダー的な効き方の「Normal」とを切り換える事ができ、幅広い音色が出せるようになっている。「Hi-Treble」の方はトレブルを絞ってもピックのアタックが無くならず、「Normal」の方はトレブルを絞るとピックのアタックが無くなる。(mp3 参照)


Normalチャンネルはゲインとヴォリュームとトーン・コントロールの使い方でクリーントーンから歪んだ音まで出す事ができる。(mp3 参照)
ただNormalチャンネルで歪ませる場合はヴォリュームを上げるので、大ホールとか遮音スタジオのような所でないと音が大き過ぎてしまう事があるが、スピーカーをアンプのヘッドフォン・アウトにつなぐと出力が約1Wになり、小さい音で弾く事もできる。

 


Marshall PB-100

また最近はマーシャルの"PB-100"というアッティネーターがあるので、これをアンプのスピーカーアウトとスピーカーの間につなげば音色を変えずに音量をゼロまで12段階で下げる事ができる。
従って、FLIP5000のNormalチャンネルのゲインとヴォリュームは「音量」ではなくて「音色」のコントロールとして使い、「音量」は"PB-100"でコントロールする‥というのが理想的な使い方である。
但し、いつもゲインとヴォリュームを目一杯上げて弾いていると真空管の寿命が短くなるので、常にスペアの真空管を用意しておく事が必要になる。

 

Overdriveチャンネルは「大きい音が出せない状況でも歪んだ音で弾けるように‥」という事と、「真空管の寿命を長持ちさせるように‥」という事で付けられたもので、ゲインとトーン・コントロールで歪みをコントロールし、ヴォリュームで音色を変えずに音量を変える事ができる。
スピーカーをアンプのヘッドフォン・アウトにつないでも音量は小さくなるが、「50Wか、1Wか」の選択しかできないので、その中間も出せるようにしたものである。
そして、練習はOverdriveチャンネルで小さい音でやり、本番はNormalチャンネルで大音量で弾く‥というような使い方をすれば、真空管を長持ちさせる事ができる。


又、Normalチャンネルをクリーントーンにした場合は、Overdriveチャンネルの歪んだ音とフットスイッチで瞬時に切り換える事ができる。


或は、NormalチャンネルとOverdriveチャンネルとでは歪み方が違うので、'60〜'70年代の音はNormalチャンネルで、'80年代以降の音はOverdriveチャンネルで‥というように使い分ける事もできる。

 

真空管などのスペックはこちらを御覧下さい。

アンプとスピーカーの組み合わせはコンボタイプ、2段積み、3段積み‥など色々あり、詳しくはここをご覧下さい。

 

FLIP 5000H, S-5110C
Gain 8, Vol. 8, Bass 10, Middle 10, Treble 2, Presence 6,
Tone Control "Hi-Treble"
イフェクト無し
STM DS-Custom リア・ハムバッキング

S.I.T. Dr.Siegel's Custom Gauge Strings

 

アンプのセッティングは1と同じ
Tone Control "Normal"
イフェクト無し
STM DS-Custom フロント・シングルコイル, トーン 0,

 

Gain 1.2, Vol. 4, Bass 0, Middle 0, Treble 10, Presence 8,
Tone Control "Hi-Treble"
レコーディング EQ 8k +3dB
STM DS-Custom センター・ポジション(フロント+リア)

 

Gain 8, Vol. 3, Bass 10, Middle 10, Treble 9, Presence 6,
レコーディング EQ 4k +2dB
STM DS-Custom リア & フロント

 

 

成毛は常日頃から「ギターの練習には真空管アンプを使わないといけない」と主張しているが、これは永年ギター教室で大勢の生徒に教えてきた経験から来たものである。
成毛は'70年代から幾つもの楽器店でギター教室をやって来たが、どのクラスでも最初からピッキングがちゃんとできる生徒は一人もいなかった。そして色々教えていくと一部の生徒は段々ピッキングが上達していくが、中に必ず何人か全く上達しない生徒もいた。
ある時成毛が彼らと話していると、ピッキングが上達した生徒はみんな真空管アンプを使っているが、上達しない生徒はトランジスタ・アンプを使っているというのが分かり、成毛は試しに真空管アンプを彼等に貸して、「しばらくこれで練習してごらん」‥と言ってみた。すると程度の差はあったが、2〜3ヶ月でみんなピッキングが上達したのである。
そこで成毛は他のクラスでもピッキングが上達しない生徒がいると「アンプは何を使っているか」と訊き、トランジスタ・アンプを使っている者には「トランジスタ・アンプをやめて、真空管アンプで練習するように」と言い、その結果 、ほぼ8割の生徒はピッキングが上達するようになった。

 

理由は分からないが、何故か初心者がトランジスタ・アンプで練習しているとピッキングの悪い癖がついて、いくら練習しても上達しなくなるようであった。
しかし中には真空管アンプを使っているのにピッキングが上達しない者もいたので又色々調べてみた所、一口に「真空管アンプ」と言ってもオールチューブ(全段真空管型)とハイブリッド(混成型)とが有り、ハイブリッド(混成型)には更にプリアンプにトランジスタ、メインアンプに真空管を使った物と、逆にプリアンプに真空管、メインアンプにトランジスタを使った物とがある。そしてプリアンプにトランジスタを使った物で練習すると、メインアンプが真空管でもピッキングは上達しない事が分かった。

これらの経験から成毛は「初心者がギターを練習する時はプリアンプに真空管を使ったギターアンプで練習しないとピッキングが上達しない」という信念を持つようになったのである。

 

しかし'80年代になると国産のギターアンプはソリッドステート(トランジスタ)アンプばかりになり、真空管アンプはマーシャルとかフェンダーとか、高価で高校生には手が届かないような物しか無くなってしまった。
「これではアマチュアにピッキングを教えられない」と困っていた成毛が元神田商会の鈴木 潤氏(現音響商会社長)にこの話をすると、鈴木氏は「東京サウンドだったら安くていい真空管アンプを作るのがうまいから、東京サウンドに頼んでみたらどうですか?」と言った。

そこで'84年5月10日、成毛は鈴木氏と東京サウンドの故松木三男社長(当時)を訪ね、「ギターの練習には初心者ほど真空管アンプを使う事が大切なのに、今はアマチュアには買えないような高価な真空管アンプしか無い。高校生でも買えるように、定価5万円以下のプリアンプ真空管式ギターアンプを作って戴けませんか?」と言ってみた。
すると松木社長は「お安い御用です。うちの技術の金谷君に作らせましょう。」と言って金谷氏を紹介された。

 

成毛は金谷氏に「低価格のプリアンプ真空管式ギターアンプが必要な事」「夜中でも小さい音で練習できるようにアンプの出力を1W以下に落とすミッドナイト・ジャックのアイデア」‥等を伝え、金谷氏はそれを具体化する回路を工夫した。
こうして「初心者のピッキング矯正用プリアンプ真空管式ギターアンプ」が出来上がり、名称は「H&M-30」、定価は45000円で、'85年2月9日に発売された。
当時5万円以下の真空管式ギターアンプなど他に無かったので、このアンプは発売初日に完売し、その後も全国から予約注文が殺到して製造が追いつかない状態が続いた。

しかしこのアンプは自宅での練習用にはいいものの、ライブでの使い勝手があまり良くなかったので、その後成毛と金谷氏はアンプを買った人からのクレームを集めて分析し、問題点を一つ一つ改良して「FCシリーズ」「FCNシリーズ」「FCXシリーズ」‥等を作っていった。

 


H&M-30

 

又、ラジオの成毛のギター講座にゲストで出演したVinnie Moore、Jason Becker、Kurt James‥等もグヤトーンのアンプを使ってギターソロを弾いたが、Kurt Jamesは収録後に「このアンプの中を見せてくれ」と言ってグヤトーンのアンプのシャーシーを引っ張り出し、回路をしげしげと眺めながら「うん、このアンプはなかなか良くできてる。もうちょっと改良するとマーシャルに負けないアンプになるよ」と言った。
彼は各年代ごとのマーシャルを持っているギターアンプのコレクターで、アンプの改造にも詳しく、その後成毛のスタジオで成毛のマーシャルのシャーシーも引っ張り出して「ここの回路をこうすると、こういう音になるよ」‥等と色々裏技を教えてくれた。
そこで成毛は金谷氏にその話を伝え、「一応初心者の練習用アンプはできたから、次にプロ用のギターアンプを作ろう」と言った。

又、成毛が「日本人で最高のレベルに達したギタリスト」と賞賛する森岡 慶氏に協力を頼むと、森岡氏は「じゃ、先ず世界の名器と言われるアンプを弾き比べてみよう」と言い、色々なアンプを持っている彼の友人達にアンプを貸してくれるように頼んだ。 そして'91年11月10日、成毛のスタジオにSoldano, ADA, Demeter, Marshall, Hiwatt, Fender, ソルダーノ改造Fender, Mesa/Boogieコピー‥等を集めて弾き比べ大会をやり、金谷氏はそれらのアンプのシャーシーを出して回路を読み取った。

 

又、スピーカーによっても音が違うので、成毛は「キャビネットとユニットも比べてみよう」と言い、東京サウンドにオープン・バック(後面開放型)、クローズド・バック(密閉型)の1発入り、2発入り、4発入りキャビネットを作ってもらい、セレッションの12M-25, V-30, 12L-35, 12T-75, 12H-100, オックスフォード、ジェンセン‥等のスピーカーと順列組み合わせで森岡氏と弾き比べをやった。

 

こうして色々なデータを集め、ある程度メドがついた所で'91年12月19日、成毛は再び松木社長を訪ね、「今度はプロ用のギターアンプを作らせて下さい」と頼んだ。 そして金谷氏は膨大なデータを基にアンプの設計を始め、幾つか試作を作って成毛が弾いてみたが成毛はどれも納得せず、新しいアンプは予想外に手こずった。 成毛は単に「音のいいアンプ」を作ろうとしたのではなく、大きい音が出せない等「色々制約のある条件下でも弾けるアンプ」を作ろうとしたので、話はややこしくなったのである。 これではラチがあかないと金谷氏はアンプの部品と工具を成毛のスタジオに運び込み、そこで部品を組み上げ、成毛が弾いてみて注文をつけると金谷氏はその場で部品を替えてみて、又それを成毛が弾いてみる‥という作業を繰り返した。 (この時の話はシンコーのJAPAN VINTAGE vol.4に載っている)

又、時々森岡氏にもテストしてもらうとさすがに森岡氏は耳が良く、成毛が気がつかなかったような点も次々と指摘し、それを基に金谷氏は又回路やキャビネットを工夫していった。

こうしてやっと森岡氏にも納得してもらえるようになった'97年1月、Kurt Jamesが日本へ来たのでシャーシーがむき出しのままのアンプを弾いてもらうと、彼は「スゴイ! このアンプはパーフェクトだ。出来上がったら僕にも1台送ってくれ」と言った。
更に成毛は「ここまで来たらパネルやサラン、ロゴも新しくしよう」と言い出し、知り合いのデザイナーに頼んで色々アイデアを出してもらい、グヤトーンのスタッフと相談してデザインを一新した。 そして'97年8月、ようやく第1号機が完成し、名称は「FLIP 5000」と決まり、10月の楽器フェアで発表された。

(1.5MB Quick Time Movie 0:45)

'97年の楽器フェアで古川師範代(左)にFLIP5000の説明をする成毛(右)