蘭は裏で返品作業をしていた。
フト気付くと、いそいそと、同期の綾子が、
早歩きで近づいてきている。
「ラン、今夜ヒマ?呑まない?」
「ど〜しょたの?お酒を呑まないあなたが呑もうだなんて?」
「ん?ちょっと日本酒をもらったんだけど、私、呑めないでしょ?
あげちゃおうかとも思ったんだけど、今夜はせっかくの満月。
月見酒ってのも雰囲気があっていいかな〜なんてね。どう?」
「料理付?」
「もっち!」
「じゃあ、いく!!」
「オッケー!じゃぁ、私早上がりだから、終わったら、
私の部屋に来てよ。何にもいらないからね」
蘭と、綾は本屋に務めている。
大きな、本のデパートのような店舗に入社後に
一緒に配属され、今日までにいたる。
二人とも、部屋は近くはないが一人暮らし。
たまに、夕飯を一緒にしたり、泊まりに行ったりする仲。
あえて言うなら、親友の仲というわけだ。
今日のローテーは、蘭が遅番で、綾が早番。
それを綾が知った時、「ラッキー」と思っていた。
それには当然理由がある。
蘭はあまり料理が得意ではないので、
「料理」をエサに、部屋に呼べるからだ。
綾は仕事を終えると、さっさと家路につき、
さっそく、蘭を迎える準備をする。
「お〜っし!食べる方の準備はオッケー。後は…」
そう、今夜、蘭を呼ぶのには訳がある。
お酒をもらったというのはウソではないが、
もらっていなくても、自分で買ってきて、
もらったことにするつもりだった。
あくまでも、蘭を誘う為のきっかけと、
お酒を飲ませる為の口実。
綾はアルコールが弱いということになっている。
が、実際は顔にすぐ出てしまうだけで、
酔っている訳ではなかった。でも、呑まされるのを嫌い、
これ幸いと、酔ったふりをしてきたのだ。
そのため、蘭は綾が「呑めない」と信じている。
逆に蘭は、弱い訳ではないが、
ある程度の量を超えると、いきなり酔ってしまい、
誰彼かまわず抱きつき始め、口説き始める。
(それを狙って…ふふ!楽しみだ!)
綾は小さい頃から、なぜか満月が近づくと、
「狩の日」と思い血が騒いでしまう。
幸い、狼女に変身したことはないが、
気分的にはそれに近いものに悩まされる。
「何か」を狩りたい。「何か」を満たしたい。
その渇望じみた欲求に身がよじれる思い。
ここ数日、眠りが浅い日が続いていた。
そんな時、思いついたのが、蘭を月見に誘うことだった。
特に、今回は中秋の名月。月見に誘っても変に思われない。
それで彼女を部屋に呼び、酔わせて、夜…。
「疲れた〜!おじゃまします!」
仕事が終わった蘭が、部屋にやってきた。
疲れてはいるようだが、ドアを開け、
目に入ったご馳走の山に、目を輝かせている。
「わっ、すごいご馳走!これ今日全部作ったの?」
「まさか。ランがダメでも、他の人を誘うつもりだったから、
昨日のうちから準備していたんだよ」
お皿にかぶせておいたラップを外している綾。
そう、蘭においしいものを食べさせたいと、
昨日のうちから時間を掛けて用意していたのだ。
「危ない危ない!せっかくの綾の手料理を
他の人になんかに食べさせてなるものですか!
もつべきものは、料理の上手な友人だね!」
「お世辞言ってもこれ以上は何もないよ」
「これだけで十分!」
そんなこんなで始まった月見の宴会。
いつもは部屋の真中にあるテーブルを、
窓際まで動かし、雲ひとつない空に、
白く、明るく光る満月を二人で望む。
「はい、これよ。新潟の知り合いがくれた
幻といわれているお酒なんですって」
「あっ、これ、前にTVで見たことある。
若い杜氏さんが、今までとは違う日本酒を作り出したとかってやつだ。
・・・よくもらえたね、こんなの」
「あ、そうなんだ。知らなかった」
そんなことを言いながら、升に日本酒を注いで、
蘭に渡す綾。蘭が升で呑むのを好むのを知っていたので、
前もって買ってきてあったのだ。
「く〜、これはおいしい!それに、やっぱり綾の手料理は最高だ!
綾を私のお嫁さんに欲しいくらいよ」
「もらってくれるんだったら、いつでも作ってあげるわよ!」
「本当にそうできるんだったらしたいくらい!」
二人で笑いあうと、残りの料理と、お酒とを片付けていった。
呑みやすいからと、ついつい蘭は呑んでしまったが、
もともとがアルコールに強いわけではないから、
だんだん、目が据わってきている。
綾が食べおわったお皿を片付け、テーブルを拭いていると、
突然蘭が、綾の腕を掴んだ。
「綾・・・私あなたが必要なの」
「どうしたの?いきなり?」
ようやく蘭が綾を口説き始めた。
これをきっかけに、綾は蘭を襲うつもりでいた。
そう、口説いた弱みを相手にもたせつつ、
自分の本当の目的・・・蘭を獲物にすることが、
今夜の計画の全てだった。
窓の外には白く明るい満月が、まだ空高くで輝いている。
(ふふふ、血が騒ぐ〜!)
あとがき
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