梅雨入り前だというのに雨が降り続くある日、
私は近所にある美容院へと、歩いて出かけていった。
いつもなら移動手段に車を使っているから、
その日が仕事が休みで、しかも、歩きだった事は、
運命と、恋愛の神様の気まぐれだったのかもしれない。
私はその日、懐かしい人物と再開をはたしたのだった。



「今日はどうするの?」

幼稚園の時から行きつけの美容院。
以前はこの店を開いた「先生」と呼ばれる人にやってもらっていたけど、
今では、その息子にお願いをしているのは、自分も年をとった証拠。

「とりあえず、『プリン頭』を直したいからカラーと、少し短めに切ってもらえますか?
そうそう。来月なんですけど、従兄弟の結婚式があるから、その日、予約入れたいんですけど?」
「何日ですか・・・あぁ、その日なら全然問題ないですよ。でも、最近多いですね」
そう、つい1ヶ月前に会社の同僚の結婚式に参加したばかり。
ここ1年半で私の周りで合わせて6組の新しい夫婦が誕生した。
年齢的には多少の幅があるにもかかわらず、同じような時期に結婚。
同じ月に結婚式に呼ばれなかったから、懐が悲鳴をあげる事が無かったのが、救いであった。

「そうなんですよ。でも、私もいれて、近い友人はしばらく結婚する予定が無いんですけどね」
そう、私には付き合っている人はいない。
・・・というか、「付き合う」ということをしたことが無い。
「恋人いない歴」の数字ががそのまま自分の年齢なのである。
それは、多分自分の中に「付き合う」ということ、
つまり「恋人を持つ」ということに執着がないからだとおもっている。
一生独身で構わない。恋心を抱ける人物があらわれず、
心が通える人物と出会えないのなら、それもまた良しと考えていた。

給料日後のせいか、少し混んでいたので、店に行ったの15時前だったのに、
店を出たときはすでに18時になろうとしていた。もう少し早ければ、
一度家に戻って車で買い物に出ようと考えていたが、この時間では面倒と思い、
美容院のすぐそばにあるスーパーで夕飯の材料を買うと、
朝から止むことなく降りつづける雨の中、少し息を切らしながら家路へと着いた。

普段、歩かないのを悔やみながら、飲み物とみそを買ったので重い買い物袋を腕に食い込ませながら、
(雨の日に買い物なんかするもんじゃないわね)と独り言を頭の中で言っていた。
私が住むのは山を切り開いて作った住宅地。坂が当然のようにある。
お陰で、行きは楽なのだけれど、帰りは苦しませてくれる。特に、今日のように雨が降り、
重たいものを持っていると、足が前に進む事を拒否しそうになる。

(ん〜、晴れてたら、ここの公園で一休みしてたかな・・・)
自分が小さい頃は友人と遊んでいた小さな小さな公園。
今は、遊ぶような子供がこの辺には住んでいないこと。
もともと、公園自体が斜面で、ボールを使った子遊びは出来ないから、利用価値が低い事などで、
ほとんど利用する人もいない、雑草が生え放題の、住民の悩みの種の公園だと私は思っている。
(何ヶ月かに一度、「町内清掃」で、ここの草を刈るのである・・・利用する人がいないのにだ)
顎が上がりそうになりながら、ふとそう考え、一応公園である証のような、「ブランコ」の方を見た。

若い女性が、頭をうな垂れた形で座っている。
どしゃ降りとはいえないとはいえ、それでもザアザアと降っている雨の中、
傘もささずに、ブランコの鎖を両の手で掴んでいた。
(あらまぁ、こんな雨の中にいたら風邪を引いちゃうだろうに・・・)
私はそう思っただけで、別に傘を貸してあげようと考えたり、
声を掛けてあげようなんて気持ちはこれっぽっちも起きなかった。
優しくない?いや、見も知らずの人に、しかも雨が降っているのに、
じっとブランコに座っているような事情ありありの人物に関わるほど私は人が良くない。

だから、そのまま見なかった振りを決め込み歩き去ろうとした瞬間だった。
(みどりちゃん?)それは、まさに一瞬の事だった。顔の見えないその人物と、
小学校の頃、一緒に良く遊んだ近所の同級生と頭の中で姿がダブった。
(そ、そんなはずはない。彼女は結婚したはず・・・まさか!?)
傘を片手にさし、重い荷物を腕の関節に食い込ませながら、私は歩みを止めてしまった。
その行動に気付いたからか、それとも偶然だったのか。座っていた女性の顔が動いた。

「・・・フーちゃん?」
長い髪の毛を顔に張り付かせながら、信じられないと言った目で私のほうを見ている彼女は、
紛れもなく、私の幼馴染の一人、神田みどり、その人であった。
私は急いで駆け寄りたい気持ちを押さえ込むと、それなりの歩みで公園の入り口に向かい、
彼女のもとへと近づいた。彼女の頬には、雨とは別のものがつたっていた・・・。



「変な姿を見せちゃった。久しぶりの再会だっていうのにね」
あのままでは話し合いをもてる環境にはならないと思い、私はみどりを自宅へと招いた。
「フーちゃん、帰って来たとは聞いていたけれど、まだこっちにいたんだね」
みどりは私の上下のトレーナーを着ている。さすがにあのままでは風邪をひいてしまう。
シャワーに入ってもらい、みどりが来ていた服は乾燥機へと入れて乾燥させてている。
今は、温かい紅茶を飲んでもらい、とりあえずリラックスしてもらおうと考えたのだけど、
何から話していいか、何を話すべきなのか、大体の予想がつくからこそ、思いつかなかった。

さっきまで、一人でブランコに座って泣いていた人物とは到底同一人物とは思えないほど、
彼女の声と、表情は明るくなっていた。ただ、赤くはれた目が、彼女の心を映し出していた。
「大学の時にこっちに戻ったんだけど、すぐに一人暮らしをしてたのよ。・・・就職を期に戻ってきてたの」
「そっか・・・私は県外の短大に進んで、バイト先で知り合った男の人と出来ちゃった結婚したの。
それから4年。おっとの浮気と、向こうのお母さんに我慢ができなくなって、ついに、家を出てきちゃった」

彼女の話によれば、短大を卒業してからすぐに男の子を産んだ。
始めは相手の実家の近くに二人で住んでいたのだけれど、
すでにご主人を亡くしていて寂しいお義母さんが、一人息子と住むために、二人を実家へ呼んだ。
それからと言うもの、テレビのワイドショーよろしく、旦那さんを間に挟んだ、
嫁姑の小競り合いが続いた。それだけなら、まだ我慢しようと考えていたけど、
旦那の浮気が発覚し、ついに家を出てきてしまった。本当なら、みどりは実家に戻りたいのだけど、
実は、二人の結婚の原因が原因だけに、家族と縁切り状態になっているのだという。
つまり、あの公園にいたのは、みどりは近くに来たものの、
実家に帰ることができず、しかも、4歳になったばかりの息子を連れてくる事が出来なかったので、
後悔の念も沸き、どうしていいかわからず、途方に暮れていたためだった。

彼女が公園にいた理由はわかった。・・・けど、どうして良いかわからなかった。
小学生の頃、私たちは家が近くて、良く遊んではいた。けれど、中学に上がる前、
父親の転勤に伴い、県外に引越したため、こうして再開したのは、実に10年以上ぶりなのだ。
その間、多くのことがお互いの身にあったとしても不思議ではない。
けれど、あまりにも辛い現実を目の前のみどりから聞かされて、どう対処して良いかわからなかった。

「みどり・・・なんて言って良いかわからないけど、ご主人とは・・・話したの?」
「話?したわよ、何度も。息子の啓太のためにも浮気は止めてって、でも、止めなかった」
「お姑さんは?さすがに仲が良くないと言っても、さすがにみどりの肩を持ってくれたんじゃないの?」
「・・・・・・御義母さん?あの方は私が好きではないの。あの人の好きなようにさせていたわよ」
「え?そんな・・・」
「あの家には私のいる場所はないの。そう思ったら、つい飛び出してしまったの。あまりにも自分が惨め過ぎて・・・」

目の前に座るみどりはまさに昼ドラのヒロインよろしく、あまりにも可哀想過ぎた。
話を聞けば聞くほど、みどりの旦那とお姑さんに腹が立った。
旦那はみどりともともと結婚するつもりはなく、子供が出来たから、仕方なくと言う態度がありありと見えていた。
お姑さんも、啓太君は息子の血を引いているから可愛いと思えても、その母親には冷たい仕打ちしかしてこなかった。
「私って、なんのために今こうして生きているんだろうね?」
大粒の涙がまたみどりの頬を伝っている。無理して私に見せている笑顔が痛々しい。

私の心の中に、何ともいえない感情が湧いていた。
小学校の時に抱いた淡き想い・・・みどりは私の初恋の相手だったから。

「みどり、今日はうちに泊まっていかない?両親は丁度、昨日から一週間旅行に出ているし、
私も、今日、明日と珍しく連休だし、みどりさえ良ければ。どう?」
なんとも良い時に会ったものである。本当は、明日、友人と会うはずだったのだけど、
友人が風邪を引いてしまいキャンセルに。両親も、のんびりと温泉旅行に行っているものだから、
みどりが泊まることに問題になることなどどこにもなかった。

「いいの?」
「もちろん。友達が困っている時にこそ、力になりたいもの」
「・・・じゃあ、言葉に甘えさせてもらうわ」
弱々しくうなずくみどりの姿に胸が痛むけど、自分までが哀しい顔をしたらいけないと、
いつも以上に明るい笑顔を見せながら、胸を軽く叩く振りを見せた。
「いいわよ」
「それじゃあ、今夜だけ・・・明日は実家に帰って、両親になんとか話をしてみるから」
「わかったわ。みどりがそうするというのなら。とりあえず、今日は久しぶりなんだし、色々と聞きたいな」

その後は、夕飯を手伝ってもらいながら作り終え、お互いの昔話や、
共通の友人のその後を話していた。ほとんどの友人は結婚して、子供さんが生まれていた。
「フーちゃん、懐かしいね。覚えてる?5年生の時に同じクラスだった武田君。
フーちゃんのことが好きで、いたずらばっかりてて。ふふ。フーちゃんてば、
それが好きだって意思表示だとわからなくって、担任の水野先生に真剣に相談したのよね」
「覚えてる。上着のポケットに切った紙切れを入れられて、それに怒って、先生に『いたずらに困ってます!』って
言ったら笑いながら、『気にしなくて良いわよ』って言われたのよね。私、その意味側からなくてみどりに相談して、
初めてわかったのよね」
「フーちゃんて、そう言う事に疎かったものね。ちょっとした恋愛話にも冷めてたし。・・・そう言えば、彼氏はいないの?」
小学校の時のアルバムを引っ張り出してきて二人で眺めていたら、みどりはそんなことを尋ねてきた。

「彼氏?いないわよ、今も、昔も、そして・・・これからもね」
「なんで?なんでそんなこといえるの?」
「言えるわよ、自分のことだもの」
「わからないじゃないの、未来のことなんて。いきなり・・・結婚だってありえるかもよ」
「それはないわ。嬉しい事にうちの両親は婿取りに熱心ではないし、兄が結婚しているから、
私は別に好きなようにすれば良いって言ってくれているしね」
「お兄さんは結婚したんだ」
「かなり前にね・・・あ、うちの兄は覚えてる?」
「年の離れたお兄さんでしょ?覚えてるわよ。一緒にサッカーとかしたもの」
そう、私には10歳年の離れた兄がいる。兄はすでに結婚して、所帯を持っている。
その兄のお陰で、私は「いい年」になっていても、両親に結婚しろとは強要されない。

「フーちゃん・・・男性不信とか?」
「男性不信?別に好んで不信にはなっていないと思うけど?」
「それじゃあなんで?彼氏がいなくて寂しいと思ったことは?」
「ないわよ。友人や、会社の仲間がいるし。ま、確かに回りにも『結婚は?』とか聞かれるけど、
私にはしたい人もいないし、する気もないし。一人が気ままで一番よ、やっぱり」
「そうかな・・・。今の私が言うのも変だけど・・・やっぱりパートナーが欲しいと思うもの」
複雑そうな表情をするみどりを見て、私は心にしまっておこうと決めておいた想いを告げる決心をした。
「みどり・・・私ね・・・男の人が嫌いなんじゃないの。女の人にしか心を・・・心を開けないの」
「え?それってつまり・・・」
私は彼女の問いに答えることはしなかった。

リビングに重い空気が漂い始めた。みどりの表情に険しいものがみえる。
「フーちゃん、もしかして、それを告白したの私が初めて?」
「そうよ、みどりが初めて」
「そう・・・同性で付き合ったことのある人は?」
「いないわよ。たとえ同性が好きだと言っても、誰でも良い訳ではないし。
それに、自分が変わっていることは自覚しているもの。
自分と同じ様に同姓を愛せる人を好きになれるとは限らないから、
ずっと一人でいるつもりではいるのよ」
自分の中ではすでに割り切っていることだから、特に暗く言う必要もない。
笑顔と共にただ何年も思っていたことを初めて言葉で自分以外の人に伝えただけ。

すると、みどりも下を俯き「そっか・・・」とつぶやいた後、私に同じように笑顔を見せた。
「フーちゃん、私のこと好きだったでしょ?」
なにがどうしてそのことをわかったのか。私は困惑の色を浮かべた。
すると、みどりは私の肩に腕を回し、もう片方の手で軽く頭を叩いてきた。
「図星でしょ?」
「・・・なんでわかったの?」
「もともとフーちゃんが私のことを好きなのはわかっていたわ。
でも、それは友情でだと思ってた。というより、フーちゃん自身もきっと友情だと思ってたんじゃない?」
じっと私の瞳に問い掛けているその姿に、冗談の気配は微塵もなかった。

そっか・・・みどりは知っていたんだ。小学生の頃、私は彼女に打ち明けた事も、
自分自身、その当時はそれが友情とは違うものだとは気がついていなかったから、
他の友だちよりも親しくしているだけのつもりだった。・・・けど、その違いを彼女は覚えていた。

「フーちゃんが私に優しくしてくれたり、なにか困っていると助けてくれたりして、
私のお姉さんみたいだって言ったことあるの覚えてる?」
「覚えているわよ。誕生日も私のほうが3ヶ月だけど早いから、
一時期ちょっと、『お姉さま』と『みどり』って呼び合った・・・」
「そうそう。みんなからちょっと変な目で見られたけど、
私たちは自分達だけの関係を築けたから全然気にならならなかったのよね」
「あの時、ちょっとだけど、みどりのこと、妹というより・・・愛しい人だったの」
「わかってる。フーちゃんの私を見る目が変わっていたから。
でも、私自身、それにどう答えていいかわからなかったのよ。
そして・・・フーちゃんはそのまま私の前から姿を消してしまった」

引越をしたのは小6年秋。その後、しばらくは手紙のやり取りをしていたけれど、
中学3年の頃、お互い受験勉強に忙しくなったことや、
みどりが「好きな人がいる」と手紙で打ち明けられた事などをきっかけに、
いつの間にかに連絡をとることがない関係になってしまっていたのだ。

「今だから言えるのかもしれないけど・・・私、あのままフーちゃんと過ごしていたら・・・、
きっと、フーちゃんのことを好きになっていたと思う。そう、友人としてではなくて・・・」
「みどり・・・」
こんな時にと思った。彼女は旦那さんと上手くいっていなくて、きっと精神的に不安定になっている。
そんな時に、彼女から昔の事とはいえ、自分に思いを抱いてくれていたと言ってもらったとしても、
どう受け止めていいかわからない。その言葉をそのまま取っていいのかさえも・・・。
「フーちゃん、私・・・初恋はフーちゃんだったの」
「え?私がみどりの初恋の相手?」
「そう。でも、それに気づいたのはかなり後だったの。だから一回だけ・・・それらしき事を手紙に書いたのよ」


そう、最後にみどりから来た手紙の中にそれは書かれていたらしい。
今、言われたら「そうだったの・・・」と思えるけれど、
その当時は、てっきり誰か近くにいる異性の事だと思っていた。

フーちゃん、私ね自分の気持ちがわからなくなる時があるの。
その人の事を心に浮かべるだけで、こう、全身血が踊るような・・・よく言う「トキメキ」かしら?
相手の人には私の気持ちを伝えたことはないの。だって、恥かしいし、振られたときのことを考えたら、
とてもじゃないけれど、怖くて言えない。だから、この想いは自分の心の中の思い出箱に大事にしまっておくつもり。
でも、もし、いつかこの箱をあける勇気がでたら・・・フーちゃんに教えるね。フーちゃんは私の大切な人だから。


どこの高校を受けるとか、受験勉強で息苦しいとか書いてあった手紙の最後にそれは書かれていた。
そして私は彼女に好きな人が出来たんだと思って、胸が苦しくなって、手紙を書こうとしても全然筆が進まず、
その後、みどりからも手紙が来なかったこともあり、音信不通状態になってしまったのだった。

「今なら・・・言えるよ。だって、フーちゃんが私のことを好きだったって打ち明けてくれて、
胸の奥に仕舞ってあった思い出箱を開ける勇気がでたから・・・好きだよ、フーちゃん」
「私も・・・今でも言えるよ。こうして、久しぶりに会ったのに、みどりが大変なのに・・・好きだって」


雨戸越しにも聞こえる雨の音。
その寂しく、冷たいと思える音に混ざり、
熱く、なまめかしい音が部屋の中を支配している。

そう、今このときだけ、二人が抱きつづけてきた、
秘めた想いをぶつけあっているから・・・。



あとがき

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