〔11〕

「なぜあなたがここに?」

部活が終わり、家に帰り、シャワーを浴びてイノが来るのを待つ。
イノも家に帰って着替えてからといっていたから、少し時間がかかると思っていた。
以外にも早く、ドアの呼び鈴が鳴り、はやる欲望を抑えきれなくなる。
…と、ドアを開けると、そこにはイノの姿はなかった。
そのかわりに、今もっとも会いたくない人物が立っていた。

「明、飯野先輩は来ませんよ」
「どういうこと?」
なぜ、友華がイノがうちに来ることを知っているのか。
「私、全てを飯野先輩から聞きました。そして、頼まれました。
『明をお願い』って」
「イノのかわりに私に抱かれにきたわけ?」
「それを明が本当に望むのでしたら」
「入って」
「お邪魔します…」

玄関に上がると、友華が提案してきた。
「明の部屋で話をしたいです」
「いいわよ」
特に断る理由も思いつかなかったから了承する。
私の部屋に二人は入り、友華はベッドの上に座り、
私は、勉強机の椅子に座り、向かい合わせになる。

「友華、『明』って呼ぶのやめてもらえない?」
「なぜですか?」
「もう私はあなたの恋人じゃない。ただの部活の先輩後輩だから」
「私、『別れる』と言ったおぼえないです」
確かに、友華は言っていなかった。
でも、もうそういう関係ではないはずではないか。
「なら、今日だけ…ね」
「ありがとう、明」

(友華、ごめん…)心の中で友華に謝り、椅子から立つ。
そのまま友華の前に歩いていき、立ち止まる。
「覚悟はあるんでしょ?」
そういうと、私は両手を友華の肩に当て、ベッドに押し倒した。
(友華、私を嫌いと言って。もう会いたくないってはっきり言って!)
私の目を真っ直ぐに見詰める友華。その目は、この前とは違い、
強い意志が宿っているようだ。

「明、本当のことを言って。私と別れたいって、嘘ですよね」
「嘘じゃない。私は友華とはもう付き合えない」
「私と付き合えるだけの人間じゃないからですか?」
「…」
「どうせ明のことだから、飯野先輩と寝たことで、私と付き合う資格が
なくなったって考えているんじゃないですか?」
「友華は許せるの?私がイノと関係を持ったこと、そしてこうして…」
私は自分の体を友華に押し付けようとする。

「許せません!」
はっきりと、意思表示をする友華。
私は、そのまま友華を抱きつくことができず、一度、体勢を立て直す。
「…でも、一番許せないのは、私の気持ちを聞かずに明が行ってしまったことなんです。
私も聞かずに逃げようとしたけど…」
友華は、私の気持ちを聞きたいのか…。なら、話すべきか…。
「話してください。それからじゃないと、私、決められません」
真っ直ぐに私を見る目。迷いが感じられない。
迷っているのは、自分か…。

「本心を話すと、自分の決心が揺らぎそう…」
自分にだけに聞こえる声で話す。どこか、不安定になっている
「明のこと、飯野先輩がこう言っていました」
「えっ?」
「『明は、私を抱いている間、ずっと友ちゃんのこと思ってた。
もちろん、抱いている間は本人の理性はどこかに吹っ飛んでいたと思う。
だから、心の奥底で…ね。でも、終わった後、我に返った時、相手が自分だったから、
私に対しても、友ちゃんに対しても裏切りを犯してしまったって思ってるわ』
図星でしょ?」
それは大筋で、あたっていた。
「『それでも、また自分を求めてきたのは、きっと自分を見失いたいから』ですって。
飯野先輩、明のことをよくわかってますよね」
ちょっと意地の悪そうな笑みを浮かべ、私のほうを見る。

「イノを誘ったのは、欲望に負けただけよ」
友華から、顔をそむけ、自分に言い聞かせるように話す。
「明、欲望に勝ってどうするんです?それって、欲望に勝つという欲望?」
「…」
「明は、自分が勝手に負けたと思い込んでいるんです。自分に厳しいから、
自分が負けたことで、自分を縛っているんです。自分には、何をする資格もないって。
悩むことは大事ですけれど、勝手に思い込むのはどうですか?」
(思い込み…確かにそうかもしれない。でも…)

「明って、今まで負けたことないんですよね。きっと、勉強も、運動も、人間関係も何もかも、
自分の思い通りにいっていたんですよ。自分が決めたレールの上で、まさに、
通勤電車よろしく、規則正しく動くことが全てだった。そうでしょ?
でも、明、レールを引く引き方にもたくさん方法はあるし、上を走る電車だって、
通勤電車じゃなくたっていいんです。明一人で走らないで、ねっ?」

友華と付き合って、まだ、半年と経っていない。
にもかかわらず、彼女は私の性格を正しく把握していた。
私にとって、自分が思ったことが全てだった。
何をするにも、自分の考えを中心にした。
いままで、皆がそれに反対することもなかったし、
間違っていると思うことはなかった。
私は、常に自分が正しいと思い込みたかった。
そうしないと、自分が止まってしまう気がしたから…。

私はいつしか涙していた。情けないからか、惨めだったからか。
友華がいてくれることに感謝しているのか…。

「私は友華を大事にしたかった。ただそれだけ…」
「大事にしてくれているから別れたかったわけですよね。
だって、本当に欲望に負けているのなら、そのまま
…今ごろ明と寝ていますよ、私」
「そうじゃないの…」
「ちがいません。結局、明は、『別れる』って先に決め付けてしまっているんです。
自分の本心を抑えてまでも、『裏切った』ことにけじめをつけるためには
それしかないって。明、本当にそれしかないと思っているの?
本当に、私と別れたいんですか?」

友華は、私に救いの手を差し伸べてくれている。
自らの手で落ちてしまった穴から、救い出そうとしてくれている。
その手に、私は自分の手を伸ばしていいのだろうか…。

「私は友華に嫌われたんじゃないの?もう、友華と付き合えないんじゃないの?」
「明、私、今でも明のことが好きです。それに、言ったじゃないですか。
『別れる』って言っていないって」
そういって、床に座り、下を向いている私の脇に座る友華。
背中に手を当て、泣くのを止めてとばかりに、軽くさすってくる。

そのまま、何も話すことなく、しばらく泣きつづけた。
自らが犯した過ちを涙で洗い流せるならば、
ずっと、泣いていたかった。

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