〔16〕

友華の心臓の音が聞こえるようだ。
脈が打たれているのも感じられる。
呼吸も、胸の上がり下がりも全て…。
友華の頬に、自分の頬を合わせる。

二人とも、どちらかが意識し始めたわけでもないのに、
互いの呼吸を合わせようとする。
ゆっくりと息を吸い、静かに息を吐く。
自分達の体が別々に存在していても、
一つになりたい。そんな気持ちの表れ。
ゆっくりと、無理をせず、呼吸を合わせていく。
相手のリズムを、自分のリズムとしていく。

それはつかの間の同化かもしれない。
それでも、互いを一つとしたかった。
心より望む愛しきものとの一体化…。

呼吸を互いのものと化す。
次は心拍の番。
呼吸をゆっくりと合わせていったから、
心拍数はお互いに早くはなっていない。
「トクッ、トクッ…」
聞こえる。友華の心臓の音。
そして感じる。それが自分のと重なってきていることを。

『トクッ…』

目の前に存在する一番大切な人物の唇に、
自らの唇が合わさっていた。
それは呼吸も、心拍も、お互いを思う気持ちも全てが一つと化した瞬間だった。

互いの唇が触れただけで、体が溶けていくような錯覚に陥った。
一と帰す。まさにそんな感じだ。
私が友華に、友華が私となったような感覚。
イノから得た、体の快楽とはまた別の快感。
精神的な高揚。言葉にたとえ様のない喜び。

これが私の望んでいた「時」なのだろうか。
本当は、「時」がどんなものか、自分でもわからなかった。
ただ、性的欲望だけが先走ったり、
想いのみが空回りする関係がなんとなく嫌だった。
本当は、単に私は友華の全てを欲し、友華に私の全てを受け入れてもらいたかっただけ。
心も、体も、その存在全てを。それを「時」という言葉でごまかしていただけかもしれない。

これだけはいえる。今、想像していた以上の喜びが私の体を駆け巡っている。

触れていた唇を、そっと離していく。
互いの腕は体に回したまま、
ちょっと口元を上げたような笑顔をみせあう。

しばらくお互いの顔を、目を、瞳を見詰め合う。
嬉しさで涙腺が緩んでいるのか、潤んだような光がある友華の瞳。
おそらく、私も同じであろう。
だんだん、二人の鼓動が早くなってくる。
それは、次への期待ではないことだけはわかる。
しいて言えば、この今という「時」があまりにも二人を結びつけた喜びのため。

「友華、仕切りなおしていいかな?」
「いいですよ。私も同じことを考えてた」
そう、今日はもうこれで十二分だった。
今の二人はこれ以上のことを望めない状態にあった。
もう一度互いを強く抱きしめあうと、私達はそのまま、ベッドへと向かった。

「明、幸せだよ」
「私もだよ、友華」
「ずっと、このままでいたいね」
「そうだね…」

柔らかく、心地好い友華の肌。
その肌を感じながら、
友華の引越し初日の夜がふけていった。


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