〔8〕

私は部室の中で泣きつづけていた。
今、この場で明先輩に言われたことが、
どうしても信じられなかった。
「先輩達が、ここで…」
そう思っただけで、涙があふれてくる。

何が私を泣かせるのか。
何も聞くことができず別れたことか。
約束を破られたことか。
私以外の人を抱いたことか。
もう自分を愛してもらえないことか。
それら全てか…。

「明先輩、こんなの、こんなのひどいよ…」
まだ、自分が嫌いと振られた方が楽だった。
どうしても、先輩をあきらめきれない。
先輩が、イノ先輩と、関係を持ってしまったとしても、
自分にもまだ何らかの思いを抱いているのがわかるから、
どうしても、あきらめることなどできない。

…泣いたところで、先輩は戻ってこない。
意志の強い人だ。一度決めたことは、
たとえそれがどんなに辛くても、貫く人だ。
よほどのことがない限り、先輩はもう私のほうを向いてくれない。
「先輩…明、私、あなたのこと、愛しています!!!」
誰もいない部室の中で響き渡る、誰にも告白の出来ない想い。
この想いを隠しつづけて私は生活できるのだろうか…。

結局、お昼休みぎりぎりまで部室に一人こもっていた。
顔を洗い、濡らしたハンカチで目を冷やしていたので、
泣いていた痕はほとんど見られない。
戻ると前の席に座るクラスメイトに「どこ行ってたの?」
ときかれたが、「ちょっと、部室に行ってたのよ」と正直に言った。
「ふーん」と、別に聞ければ、それで満足したのか、それ以上は聞かれなかった。

その日も、部活はあった。
足を向けるのが嫌で、鉛のように重くなっていた。
でも、先輩が「部活にはでて欲しい」といっていたから、
何とか、足を運ぶ。部室に入ると、何人かの人が着替えていた。
そこには、先輩の姿が見えなかった。多少、気分が楽になり、
すばやく着替えを終えて、外に出た。

先輩は、あとからやってきた。胸に鋭い痛みが走る。
見るのが辛い…でも、やっぱり見ていたい。
さりげなく、先輩の方に視線を向ける。
向こうは、私に気づかないのか、それとも、意識的に
気づかない振りをしているのか、
いつもと同じような感じで、顔に、
誰をも安心させるようなあの笑みを浮かべている。

ただ、良く見ると、どこかいつもと違う。
熱を出した後だからか、少しやせた頬。
それが陰りを生んでいるし、何より、目が、
目にいつもほどの生気がない。
(やっぱり先輩、無理しているんじゃ…)
先輩は苦しんでいる。自分がしたことに対して、
とても責任感が強い。私を裏切ってしまったと思い、
自責の念にかられているに違いない。

先輩が、同級生と一緒に私の脇を通っていった。
付き合っているときも、そのまま通り過ぎることは何度もあった。
それは、変に仲良くして、二人の関係を気づかれたくなかったから。
別に、その時は何も思わなかったが、今は違った。
まるで自分が目に入っていないかの態度に、
無性に心が叫びたくなる。

その日の私は、心ここにあらずだった。
当然、部活にも力が入らず、
「こら、そんな調子だと、また捻挫するぞ!」
と、先生に怒られた。このままだといけない。
周りに何か変だと気づかれる。
何とか、いつもの調子に戻す。空元気だったが…。

それから、一週間がたった。
先輩も、私も、何もなかったかのように振舞っている。
私達の関係そのものもなかったかのように…。
たまに、話し掛けられるが、話し方が無機質だった。
感情がこもっていない。どこか事務的な口調だった。
「ともちゃん、これ、片付けておいて」
「はい、わかりました…」
視線をあわそうとしないし、私もあわせるが出来ないでいる。
先輩が何を考えているか、正直わからない。
ただ、私同様、辛い思いをしているのだけはわかる。

(もっと、話さなくてはいけないのに…)
話したいのに、話せない自分。
憧れを抱いていた時よりも、話し掛けることが怖い。
それより、もう何を話していいのかわからない。
先輩が、触れてはいけない人のように感じる。


お昼休みに飯野先輩が私のクラスを訪ねてきた。
「友ちゃん、部活の後に時間とれない?」
「大丈夫ですが…」
「そう。じゃぁ、ちょっと話したいことがあるんだけど」
耳に口を近づけ、小声で囁いてきた。
「明のことで…」
「わかりました」

飯野先輩が私の前に現れただけで、
それが明先輩に関係することだとわかった。
私は飯野先輩とは、それほど親しくないし、
何より、飯野先輩は、きっと、二人のことを全て知っている…。
でも、いったい何を話したいというのだろうか。

「もしよかったら、家にきませんか?
両親、仕事で遅いので、誰もいませんし…」
部活が終わった後、みんなにわからないように、
飯野先輩と二人っきりになると、そう提案する。
「その方が、好都合だけど、いいの?」
「私もそうして欲しいので」
「そうね、じゃぁ、お邪魔させてもらうわね」

家までの20分の道のり、私達は、一言も言葉を交わさなかった。
私は下を向きながら何を話されるのか、不安を感じていた。


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