〔9〕
私は飯野先輩を家のリビングに通した。
飲み物を用意し、テーブルの上に置くと、
ソファーに座る先輩の向かいに座る。
「飯野先輩…」
「ほら、そんなに緊張しない。別にあなたを襲う気はないわよ。
ただ、私のせいで、明とあなた、つらいおもいをすることになったから…」
私は、単刀直入に飯野先輩に言いたかったことを言った。
「なぜですか?なぜ明先輩を苦しめるようなことをしたんですか?
飯野先輩ならわかったはず。明先輩が苦しむことを…」
「私が、どうしても明を欲しかったから。…友ちゃん、私も…私も明のこと好きだったの。
その全てを私のものにしたいぐらい。たとえあなたの存在が心を占めているとわかっていても。
いいえ、だからこそ、明を私は欲しかった。あなたのことなんてどうでも良かったわ。
…自分が満たされたかった。明を欲しいという欲望を満たしたかった。
だから、あの日、私は明に抱いてもらいたかった…」
まるで昔のことを思い出すかのように、遠くを見つめて話す飯野先輩。
その顔には、後悔や、不安など微塵も感じられず、むしろ幸せそうな顔をしている。
私は困惑していた。飯野先輩は私に何を伝えたいのだろうか?
「辛いかもしれないけど、事実は事実として受け止めてもらいたいから、はっきり言うわ。
あの日、私は明に抱いてもらうつもりで、部室に行った。私は、嫌がる明の前に
無理矢理生まれた時の自分を明の前に差し出したの。明は最後まで抵抗しようとした。
でも…私の体、全てを明は受け入れたの。そして、私も、彼女の全てを愛したのよ」
「いや、やめて!!」
そんな辛い話、聞きたくない。聞きたくなんかない!!
そんな私の苦悩の表情を無視して、飯野先輩は話を続ける。
「明は体の隅々まで触れてくれた。今でも、感じることができる。
明の唇の感触。初めてとは思えない、優しい愛撫だった」
そういって、うっとりとした表情を見せる。
それは、同性をも誘惑するような表情だった。
「私は明と一緒に果てを見たの。喜びと、幸福と、快楽のみの世界を…」
「バチン!」私は思いっきり飯野先輩の頬を打った。
「飯野先輩。私を苦しめてそんなに楽しいんですか?
こんなことを話して、私を苦しめたって、
明先輩はあなたのものなんかにはならない!!」
私は、飯野先輩を見て、ハッとする。先輩が泣いている。
「ちがうのよ、友ちゃん。最後まで話を聞いて。
明は、どんなに私の体を求めても、心はあなたを求めていたの。
彼女は、心底あなたのことを愛しているのよ…。今の彼女を救えるのは、
私じゃない。あなたなの。あなたしかいないのよ」
「そんな、無理です。先輩は…明はもう私のことを忘れようとしている。
いいえ、私から明の存在を無くそうとしているんです。私には、何も出来ません…」
「友ちゃん、私と明はあなた程じゃないけれど、付き合いがあるのよ。あなたより長いね」
そういいながら、頬を伝う涙を、指で拭っている。
明先輩と、飯野先輩は、高1からの付き合いといっていた。
クラスも、部活も一緒で、「腐れ縁だね」と、いつか言っていた。
私の知らない明を知っていても不思議じゃない。
こうして話されることが、嫌じゃなくなってきている。
多分、飯野先輩が本心から心配してくれているからだと思う。
「明があなたに対する裏切り行為をしたことで、
自分を許せなくて友ちゃんと別れたのはわかるわね」
「はい…」
「あなたが明を許して、受け入れてあげれば、
きっと二人は前以上の強い繋がりを築けるわ」
「明は、私が許したとしても、それを素直に受け入れません」
「いいえ、受け入れるわ。私にはわかる」
「彼女は、全ての人に対して優しいけれど、それと同時に、
誰をも受け入れようとしないところがあった。…でも、
あなたにはちがった。お願い。明のために、彼女を救ってあげて。
自分の考え方だけを見つめつづける彼女に、気づかせてあげて。
自分の考え方だけにとらわれて、自分を縛らないでって」
飯野先輩はこれを伝えたくてここにきた。
私に、明を救って欲しいと。先輩は、変な責任感が強い。
今回も、確かに、簡単に許せるものではないかもしれないけど、
私を大切に思っているからこそ、明は、私に真実を伝え、別れようとした。
私と付き合えるだけの人間ではないと、きっと思っているから。
…だから、きっと私の気持ちを伝えればわかってくれる。
(私、先輩と話してみよう)
「飯野先輩、私、明と話してみます」
「そうして。ありがとう」
「いえ、自分のためですから」
そういって笑うと、飯野先輩も一緒に笑った。
「友ちゃん、いい、もしあなたが明を救えなかったら、
私が、どんなことをしても、明を救うわ。そして、
今度こそ、体も心も私のものにするわよ」
「それは無理ですね。だって、明を救うのは、私ですから」
「ふふ。それでいいのよ。その気持ちで明に伝えて」
私は、飯野先輩をじっと見つめていた。
改めて見ると、やっぱりかっこいい人。
なんとなく、明がガマンできなかった気持ちもわかる。
「…飯野先輩」
「なに?友ちゃん?」
「キスしてもいいですか?」
「えっ、どうしたの?」
「明が感じた先輩の唇、私も感じたいんです…」
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