「真央さん、私と付き合いなさい」
そう市ノ瀬会長に言われたのは、学年度最初の会議のあとだった。
私だけに話があると会議室に残るように言われ、私は素直にその指示に従った。
私達は初対面ではなかった。お互い去年も委員をしていたから、面識もあったし、
世間話程度だが、会話を持ったこともある。
その時は、さわやかなイメージを与える人だと思っていた。
…が、実際はまったく異なる人だった。
彼女は、心のうちに炎を秘める人間だ。
そして、その炎に耐えられる人間を彼女は探していた。
抱く情熱の全てをぶつけられる相手。
その対象として選ばれたのが私だった。
「断ることはできるのでしょうか?」
私はいつもと同じ表情で、間接的に拒否を伝える。
以前から、私の胸のうちにはある一人の人間がその場所全てを占めている。
それ以外の人間の入る隙間など微塵もないから。
「ふふ、そう言うと思っていたわ。でもご存知かしら?
私、欲しいものはなんとしても手に入れる主義なの」
「それが私と何の関係があるのでしょうか?」
「あなたを手に入れるために私は手段を選ばない、そう、たとえば…」
私と、会長の間には、人二人分のスペースがあった。
が、瞬く間にその距離はなくなり、
会長の柔らかな胸が私に押し付けられる形になった。
両手が私の背中に回される。
「私から離れられないようにする…というのはどうかしら?」
「お断りします。私には想い人がいますから」
「いいわ、いても」
それであきらめてくれるとは考えていなかったが、
意外な返事が返ってきた。
「どういうことです?」
「あなたに好きな人がいてもかまわない」
「…会長、あなたは私に何を求めるのです?」
「ふふふ。私はあなたのその鉄面皮のような無表情を
狂わせたくてしょうがないの。私の愛によってね…」
そういいながら、楽しそうな微笑を浮かべている。
「なぜ私でなければいけないのです?」
「あなたじゃなければいけないのよ。
私は探していたわ。自分でも持て余すような、
この情熱を受けとめられるだけの人物を」
そういって、体をわずかに離すと、私の瞳をにらみつけるようにみる。
「あなたなら受け止められるわ」
「その理由は?」
「そういって、なんの戸惑いもなく私に話せる所よ」
「私は会長に愛される理由はありません。失礼します…」
無表情のまま会長から体を離す。
何か抵抗されるかと思ったが、何もなかった。
そのまま会長の前を素通りし、ドアの方へと歩き出した。
…と、背後より会長の声が聞こえてきた。
「真央、あなたには私が必要なのよ」
ゆっくりと、確信をもった言葉が私の耳に入る。
無視できない。立ち止まると、会長の方に体を向ける。
「私があなたを必要としているように、あなたも私を必要なのよ。
私にはわかるの。あなたのその胸の内に秘めた熱い想い。
その想いを、あなたはどうしようもない程もて余している。そうでしょ?」
会長は、そういって、いつものさわやかな笑顔を作る。
それは、さっき程まで私の目の前にいた人物ではなく、
全校生徒に慕われる市ノ瀬会長だ。
「ぶつけてきなさい。その想いを私に。
想いの相手が私でなくてもかまわないわ。
あなたの全てを私に委ねてみなさい」
「委ねる…」
初めて私の中に戸惑いのようなものが生じた。
「私からあなたを拘束する気はないわ。
だって、あなたの方から私を求めるようになるから」
「たいした自信ですね」
私は口の端を上げると、鼻でフッと笑う。
「試してみる?」
「いえ、結構です」
戸惑いが大きくなる前に退散するのが賢明と考え、
ふたたび、会長に背を向ける形を取ろうとする。
「真央、あなたはがまんできるの?」
「会長、私は自分を裏切ることはできません」
どこまで会長が私のことを知っているかわからないが、
私は自分の胸に秘めた想いに、その想いを抱かせる人物を裏切ることをできない。
たとえ、会長を敵に回すようになったとしてもだ。
「あなたのそういった態度が私を惹きつけるの。
覚えていることね。あなたは私を求める。必ず」
「…失礼します」
会長の方を振り返ることなく、そのままドアを開け、教室に向かう。
教室では、奈津実が会議を終わるのを待ってくれている。
「奈津実、お待たせ」
「あっ、おっそーい!」
「ごめん、遅くなった」
机で文庫を読んでいた奈津実は、
私が教室に入ってきたのに気付くと、
文庫を机に伏せ、勢いよく立ち上がると、
頬を少し膨らませ、怒ったような表情を見せる。
「もう帰れるの?」
「帰られるよ」
「そう。ねっ、真央、話があるんだけど…」
「なに?」
もじもじとしながら、話すのをためらっている奈津実。
なんとなく話される内容がわかっているから、
早く話すようにと促す。
「あのね、この後、呼ばれているの!!」
「あっ、そ。今度は誰?」
奈津実は女性から見ても美人と言うか目をひく顔立ちをしている。
だから、今でこそ女子校で、こういった形で呼び出されての告白が多いが、
中学の時は、だれだれが奈津実のことを好きだといったうわさが常に絶えなかった。
「N高の2年の人。まいちゃんの中学の同級生なんだけど、
前に一度まいちゃんと歩いていた時に見かけて、一目ぼれしたんだって!!」
「良かったね」
「それだけ?」
「私についていって欲しいんでしょ?」
「あたり!」
体ごと思いっきり縦に振る奈津実。
まったく、もう…。ため息をつくと、あきれたように言う。
「同じ事を何度も言わせない。相手に呼ばれたのも奈津実。
相手が会いたいのも奈津実なんだから、
断るにしても、付き合うにしても一人で行きなさい」
「わかっているわよ。でも、一度くらい一緒に行ってよ」
「だめ。一人で行ってきなさい」
「は〜い。じゃぁ、途中まで一緒に帰ってくれる?
どうせ待ち合わせがK公園だから、バス途中で降りるから」
「それならいいよ」
「ありがとうね!」
「お礼を言われることじゃないって」
「でも、ありがとう」
「で、約束の時間は?…もう行かないとまずいじゃない。行こう」
バスの時刻とを考えると、時間にそれほど余裕がない。
奈津実と私は鞄をもつと、バス停の方へと歩き始めた。
「真央、怒ってる?」
「なんで?」
「教室をでてから話してくれないから」
「だって急がないと、時間に遅れるよ」
「いいのよ、どうせ向こうから指定してきたんだから、多少は遅れたって」
「だめ。一度約束したなら、それは守る」
「…真央って私の保護者みたい」
「うるさいと思うんなら、もう少し、しっかりすることだね」
「はいはい」
「返事は一度」
「わかっていますよ、真央お母様!」
そういいながら、私の後ろをニコニコしながらついてくる奈津実。
本当にわかっているのやら…。
奈津実はK公園前のバス停で降りていった。
降りる間際に奈津実は私に言っていった。
「帰ったら、結果を報告するね!」
「しなくていいよ、別に」
バスが発車するまで私に向かって手を振りつづける奈津実に、
恥ずかしいと思いながらも、手を振り返す。
奈津実は、バスが見えなくなるくらいまで、
手を振りながら見送ってくれていた。
奈津実の姿が私の視界から消えると、
私は会長との会話を思い出し始めた。
(会長は私の胸の内を知っているのか…)
ずっと、私は一人の人を想い続けている。
伝えてはいけない、禁じられた想い。
幼馴染であり、親友である奈津実。
小学校に上がる前から常に一緒にいた彼女に、
私は胸が締め付けられるような想いを抱いている。
バスを降りると、私はいつもよりゆっくりと歩き出した。
一緒にいると「うるさい」と思う奈津実だが、
いないと、一人ぼっちにされたようで涙しそうになるくらい、
寂しさを感じる自分がいる。
(なんてわがままなんだろう、私…)
秘めた想いが日ごとに強くなっていると自覚している。
以前は、一緒にいるだけで満足していた。
が、二人きりで歩いていると、奈津実を抱きしめたくなる自分がいる。
奈津実の全てを自分のものにしてしまいたい自分がいる。
今日も、告白されると聞いて、自分の気持ちをぶつけたかった。
「愛している奈津実!行かないで!」…と。
できることなら、そのまま愛らしい唇を奪い、そして…。
どこにぶつけていいかわからないこの想い。
市ノ瀬会長はなぜ気付いたのだろうか。
(真央、考えるな。考えたら、会長の策にはまる…)
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