私の体の上に跨るような形をとると、
上目使いで私のほうを覗き込んできた。
「真央・・・それってどういうことなの?だって、市ノ瀬先輩と
・・・私にしたことをしていたんでしょ?」
不安そうな表情をみせたので、頬に軽くキスをして、
身体を引き寄せるようにして抱きしめた。
「そう・・・。それも事実・・・だよ。・・・先輩は私のことが好きだったんだ。
でも、私は奈津実への思いを断ち切る事なんかできなかった。
先輩はそんな私を丸ごと受け止めてくれたんだよ。
・・・条件付の恋人になるという形でね」
もちろんこれだけで奈津実がなんのことかわかるはずもなく、
「条件付ってどういうこと?それにさっきは恋人じゃないって・・・」
と聞いてきた。私はその時の事を思い出しながら奈津美に話し始めた。
奈津実がバスケマンとやらと付き合うと宣言されてから、
私の頭はどこかに浮いてしまっているような感じだった。
頭では何を話されているかわかっているつもりだったが、
「真央、話を聞いてくれてる?」と何度も奈津実に注意された。
もともと、普段から奈津実の話をまともに聞いていないこと思われているお陰で、
それ程あやしまれはしなかったけど、自分でも動揺しているのがわかった。
ある日の放課後。私は無意識の内に生徒会室へと足を向けていた。
・・・会長の言葉が耳の奥で繰り返し聞こえてくる。
「あなたには私が必要なのよ」
暗示にかかったつもりはないけれど、誰かにすがりたいという、
救いを求める思いがあるのは紛れもない事実・・・。
自分で考えているより私は弱い人間だったのだろうか?
仮に一生、奈津実との関係が友達以上のものとならなくても、
それを甘受できるつもりで今までいた。
そう・・・そのつもりで今まで気持ちを抑えてきたし、
これからもそのつもりでいた。・・・会長の言葉を聞くまでは。
・・・奈津実以外の誰かに自分を受け入れてもらいたかった。
幼馴染・・・同性を愛してしまい、それを誰にも打ち明けられないという
心の中の葛藤。それを受け止めてくれるかもという期待感なのか。
もしかしたら、答えを求めているのか。私はこのままでいいのだという・・・。
いつのまにかに生徒会室の前に辿り着いていた。
ほんの一瞬だったと思う。部屋に入るドアの前で入るのを躊躇した時間。
頭が真っ白の状態でドアのノブを右に回すと、ゆっくりとドアを押し開けた。
ドアを開けるとまず目に入るのは会議用の部屋。
テーブルとパイプ椅子が並べられている。
本当なら、奥に役員専用の部屋があるのだが、
市ノ瀬先輩はまるで私を待っていたかのように、
一人、日のあたるテーブルの一角に座り、何かの書類に目を落としていた。
私が部屋に入ったことに気付くと、書類を机の上に置き、
明るく、優しい笑みで私を迎えてくれた。
「待っていたのよ」・・・その笑顔がそう私に告げている気がした。
私は先輩の笑顔に救いでも求めるかのごとく、引きつけられていく。
もう、それを止めるだけのものは私の中にはなくなっていた。
私を待ち受ける人物のそのそばまでゆっくりと足を運ぶ。
近づいてくる私をみて、会長はゆっくりと立ち上がり、
私を・・・受け入れる態勢を整えている。
そのまま会長の真正面で立ち止まる。二人の目と目があう。
何かに怯えている私の目とは違い、会長の目には強い意思の光が
宿っていた。まるで、私を守ると宣言しているような・・・。
その目に見惚れてしまった。・・・私に付き合うように求める
強い意志・・・うらやましかった。
もし私も強い意志をもち奈津実に告白できたら。
会長の手が私の方に伸びてきた。
軽く肩に触れたと思うと、会長の体が私に近づいてきた。
そして何かと思う間もなく、私の唇に会長の唇が触れた。
私は何が起きたかはっきりとわかっていなかった。
頭の中で自覚する前に、会長は私から離れていた。
「真央、私が卒業するまで私の近くにいなさい」
それは命令口調であった。が、それに反論するだけの
思考能力は今の私には残っていなかった。
「あなたには支える人間が必要よ。私が支えるわ。
そして私が卒業するまでに、答えを見つけなさい。
あなた自身がどうしたいのか」
そう言い終わると、私は会長に包み込まれるように抱きしめられた。
「何で・・・」
言葉にならない声を何とか絞り出す。
なぜ会長は知っているのか。
まるで私の全てを知っているかのような話しぶり。
ハッタリにしては・・・当たり過ぎている。
「なぜ?・・・そうよね。今のだけだと説明不足よね」
さっきの命令口調とは打って変わり、友人にでも
話し掛けるような明るい気軽な口調になっている。
体を離すと、会長は、自身が座っていた隣の椅子を引いて、
私に座るようにすすめる。私が座るのを見届けてから、
ツカツカとドアの方へ歩いていくと、ドアの鍵を閉めた。
「大丈夫よ、今日はもともと何もない予定なのに、
私はここにたまたまきていただけだから。
それに、この方が安心して話せるでしょ?」
そう言って椅子の所まで戻ってくると、
同じように椅子に腰を下ろす。
そして、私の手を取ると両手でしっかりと握り締めた。
「何から話しましょうか。・・・そうね、私が真央のことを
好きだというところからにしましょうか?」
「えっ?」
我ながら間抜けな顔をしていたと思う。
あまりにもあっさりと告白のようなものをされ、
驚きもわかずに、ぽかんと口をあけてしまった。
「私は委員会で初めてあなたを見たときからあなたの事が気になって、
そして、いつの間にかに惹かれていた。理由は聞かないでね。
私にもわからないから・・・」
会長の目を見る。嘘や冗談を言っている目には見えない。
相変わらず、光をたたえながら、しかも、柔らかな笑顔を見せている。
(会長が私のことを・・・好き?)
「ふふ、信じられないって顔よね。そうよね。もし好きなら、
もっと前に告白しなかったのが不思議かしら?先日、あんなに強引に
言い寄ったんだものね。もっと前に告げたほうが自然だったかしら?」
その通りなのだ。なぜ今頃なのか。もし、ずっと好きだったのなら、
それも、あんなに強引な形で私に言い迫ってきた先輩なら、想いを
ずっと言い出せなかったというのが不思議だ。
不思議といえば、前回迫られた時の際の会長と、今回の会長との
違いも気になる。この前はまるで会長の慰み者となれといった
口調だった。だからこそ余計に私は反発した。どういうこと?
「真央、私はあなたを知りたかった。だから、時々、あなたの目の届かない所から、
見ていたの。それですぐに気付いたわ。いつも一緒にいる彼女に
特別な感情を持っている。違うかしら?」
「・・・奈津実のことですね」
「そう、奈津美さんていうの。明るくていい子のようね」
「奈津実は・・・私の幼馴染なんです。小さい時は意識してなかったけど、
何時の頃か、それが単なる友情とは違う事に気付いたんです」
優しい会長の口調に、私は奈津実の事を話し始めていた。
なぜ、話す気になったのだろう・・・。
「友情にも色々と形があるわ。あなたのそれは本当は友情ではないの?」
「・・・そうだと思いたかった。そうならよかった。でも・・・上手くいえないけど、
私は奈津実の全てを欲している。もし・・・肉体の交わりを求めても、それが
友情といえるのなら、友情という言葉で置き換えても良いと思う。だけど・・・」
「けど?」
「私は奈津実を愛している。彼女とともにこれからの人生を歩みたい。
私の全てを彼女に委ね、彼女にも私に委ねて欲しいと望んでる。
その心も、身体も・・・すべてを」
いつの間にかに私の頭は現実へと戻ってきていた。
と同時に自分が話している内容に驚愕を感じずにはいられなかった。
なぜ話してしまうのか、この目の前に微笑む人物に・・・。
それは誰にも打ち明けた事のない奈津実への想いの一端。
感情が昂ぶり、話す口調に熱が入いっていた。
「でも、それを望む事はまだ許されない・・・か」
天井を仰ぎ見て、ため息をつく会長。
「真央、もう一度言うわ。私と付き合いなさい。あなたの為に。そして私の為にも・・・」
「会長、それはできません。いくら奈津実が私を振り向く事がないからといって、
私の心は・・・奈津実だけのものだから」
「・・・わかっているわ。わかってるけど、私ももう自分の気持ちが抑えきれないの。
あなたが他の人を想っていると知って、私になびく事がないと何度も自分に言い聞かせてきた。
でも・・・あなたの心の叫びが、自分のそれと共鳴するのを感じて、耐え切れない。
お願い真央。私にあなたの想いをぶつけて。私を好きになる必要もない。私だけを見る必要もない。
あなたの心を少しでも楽にしたい・・・ただそれだけなのよ」
・・・まさか自分が会長にこんなにも想われていたなんて。
不思議な気持ちだ。私は奈津実を好きで、それに報われず、
会長はそんな私を好きで、私はそれに報いる事ができない・・・。
「会長・・・」
「真央、もしあなたが私に委ねるだけというのが心苦しいと感じるのなら、こうしましょう。
期間限定・・・私が卒業するまで、私とあなたは恋人同士。そしてその間に、もしあなたが
奈津美さんより私を選んでくれるのなら、そのまま関係を続けましょう」
「もし・・・奈津実を選んだら?」
「その時は私はあなたをあきらめる。その時には十分な想い出をもらっているでしょうし、
それだけ一途に人を思えるあなたを好きになった事を誇りに思うわ」
「会長に不利な条件ですね」
「いいのよ、私が良いと言って出している条件なんだから。
真央・・・私もあなたが欲しい。心も、身体も・・・他の人を見ているあなたも好きなの。
本当なら、支えるだけの存在とだけになりたかった。でも、それ以上の気持ちを
抱いてしまっている今、この条件があなたにも、私にもぴったりだと思うの」
自分の心の移り変わりがわかった。
会長に好意以上のものを抱いている。奈津実に対してとは別の意味で。
奈津実を裏切ることになるかもしれないけど・・・でも、
これだけ真剣に想ってくれる会長の気持ちを無視する事も、
私の中に燻りつづける奈津実への想いをぶつけられる人間を失う事も、
どちらもできない。なら、ここは・・・。
「わかりました。お受けします。ただ、恋人になるというのだけは、
言葉の上だけだとしても承知できません」
「そう。なら私のことを『お姉さま』と呼べば良いわ」
「お姉さま?」
「どこかの小説みたいで少し滑稽な気もしないではないけど、
言葉だけですものね。それならあなたにもいえるでしょ?」
「はい」
「なら、関係成立ね」
この関係を結んだ事をいつか後悔するかもしれないとわかっていても、
結ぶ事を拒否する事はできなかった。会長が言った通り、私には会長を必要とし、
会長も私を必要としていたのだから・・・。そのままお互いの目を見詰め合う。
心の中が先ほどまでとは違う気持ちで満たされている。安堵感・・・この人になら・・・。
「ねぇ、真央?」
「なんでしょうか、お姉さま」
「ふふ、なんだかくすぐったいわね。ね、成立の誓いをしたいんだけど?」
「えっ?」
「キス・・・していいかしら?」
「はい・・・」
「・・・それからだよ。市ノ瀬先輩との関係が始まったのは」
「そっか。先輩も真央のことが好きだったんだ。でも・・・別れたんだ?」
「そう。私は先輩ではなくて、奈津実、あなたを選んだのよ」
「もう先輩とは会っていないの?」
「会っていないよ。先輩、大学は県外に行ったしね」
奈津実はちょっと複雑そうな顔をしている。
「私、先輩にも悪いことしたんだね」
「なんで?」
「だって、もし私が真央の想いにもっと早く答えてあげていれば、
新しいほかの恋を見つけていたかもしれないでしょ?」
「わからないよ。案外、略奪恋に走っていたかもよ」
「真央の意地悪!!」
「あ〜、意地悪だよ。でもそんな私を好きになった奈津実が悪い」
「何でそういうこと言うかな?」
「もちろん、私も奈津実が好きだから!」
「え〜い、仕返し!!」
そう言って私に襲い掛かろうとする奈津実を、私は笑いながらかわす。
「残念、時間切れだよ。もうそろそろ母さんが帰ってくるよ」
「えっ、もうそんな時間?」
「いるのは構わないけど、せめて服を着ようよ」
「シャワー借りていい?」
「どうぞ。ね、どうせなら泊まる?明日は休みだし」
「そっか、ずっと試験勉強していたからご無沙汰だもんねお泊り会。
そうね、夕飯を食べたらまたこよっかな?」
その後、奈津実は服を着ると、一度自宅へと帰っていった。
しばらくして母親が帰ってきたので、奈津実が泊まることを告げた。
もちろん、何も言われるはずがない。昔からしている事なのだから。
何も怪しまれることはないのだ。
たとえ、今日から二人が以前以上に親密な関係になっているとしても。
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