(ここは・・・どこ?)

淡い光に全身を包まれたかと思うと、
私はどこかに飛ばされる感覚に陥った。
まるで・・・体が紐で縛られ、思いっきり振り回されて、
そのままどこかへと飛んでいく、そんな感じだ。
そして、光が身の回りからフッと消え去ると、
私は地に足がついていないことに気付いた。

(これは・・・夢?)

見覚えのある、山の頂に建つ。赤いレンガの建物が並んでいる。
体育館らしきものと、テニスコートのようなものも見える。
そんな中、遠くへと広がる景色に目を向けている自分の姿を認めた。
中学が統合で高校と一つになっていたから、車通学の学生もいる。
広い駐車場へと続く階段のところに腰を下ろし、頬杖をついた。
目の前に広がる山の緑と、その向こうに望むことができる、
ロングビーチの港を何も考えることを望まずにただ眺めているようだ。

夜にともなれば、ここはちょっとした夜景スポットになる。
もっとも、その時間は門が閉まっていて、誰も入られないのだが。
コンテナー船が毎日のように寄港するロングビーチの港は、
夜でも昼間と思えるほどのオレンジ色のライトで飾られる。
きっちりと整備された道路とFreewayの街灯や、
住宅やオフィスのビルディング、製油所の様々な色のライト。
それら全てが合わさり、真っ暗闇を幻惑的なものにする。

・・・が昼間は、それとは打って変わり、
乾いた私の心に潤いを与えるものとはなり得ず、
ただただ、目を向けるだけの場所と化していた。
実際・・・目に入る景色なんて、どうでもよかった。

中学生・・・の私だ。越境通学をしていて、自宅から車で約20分の学校。
スクールバスで通学できる訳がなく、父親か、姉が空いている時間を
見計らって私を家に連れて帰っていた。平均して40分。
最長で・・・2時間半。気候が変化しているとはいえ、
それでも日本と比較して雨の降ることが少ないロスの地で、
高台の為、風が強く吹くなか、動くこともなくじっと階段で港を
眺めていていた。風邪をひくこともよくあった。

・・・この学校で私は体調を崩すよりも、もっと辛いことを経験した。
人を・・・自分を信じられなくなった。周りにいる誰をも、
自分さえも信じられない。悩みなど・・・この頃は誰に打ち明けたことなどない。
自分で抱え、自分で悩み、解決できない自分に腹が立っていた。
ここに通った約2年・・・それだけの間で私は人間不信に陥ろうとしていた。

「消えたいなどと望んだからさ」

・・・これは、昔の自分の声?

覚えている。言葉も、環境もまったく違う異国の地の学校で、
どうしようもない程の孤独感に悩まされていた。
それだけではなかった。齢13歳にして生きていくことに何の明るさも見出せず、
絶望・・・というよりも、この身をそのまま無とかしたかった。
空気と同化するがごとく・・・。

「なぜ逃げてばかりいた?なぜ困難に立ち向かわなかった?」

・・・わかっていた。マイナス思考は何も生まないことなど、
たとえ十何年しか経験を積んでいない当時の私だって。
そうさ、立ち向かうこと・・・自分の殻を打ち破る勇気さえもっていれば・・・。
自分が生きてきた二十何年という歳月の中で、何かに立ち向かったことなど、
何度あっただろうか?無きに等しい・・・。

再び淡き光に身体が包まる。目の前がただ白かった先程と違い、
目も前を流れるように遷り変わる中学生時代の自分の姿がある。
・・・弱き自分の姿を自らで見れるなど、考えたことがなかった。
この頃、幾たびも自分を罵り、呪い、傷つけたことか。
そんなことをしても、変わらぬ自分をひたすら・・・。

「自業自得さ。そうなったのは誰のせいでもない。己のせいさ」

その通りだ。再び頭の中に響く自分の声にうなずく。
私は自らを暗闇の中に追いやっていた。光を望みながらも、
その光があまりにもまぶしいのを嫌っていた・・・のだろうか?

光が再び消える。今度は高校生時代に移り住んでいた家の中だった。
私は洗面所に立っていた。片手にライターを持ち、
何十通もの手紙をライターの火で燃やしていた。
私は自分の横顔を見詰めた・・・。

(なんて冷たい目だ・・・)

燃やす時、涙なんか出なかった・・・。その前に出し尽くしてしまったから。
暗澹たる心、殺伐たる感情・・・それを照らし、潤してくれた人との別れ。
自らその原因を作った。霧に映った自らの影に怯える犬のようだった。
必要のない・・・取り返しのつかない過ちをした。

「そうさ、あの時に彼女とそのまま友人としていられたなら、
私はあの後、自分を貶めることなどしなかっただろうな」

ほとんど無表情のままに手紙を燃やし続ける自分を見ながら、
私は初めて自分の声に問い掛けてみた。

「そうだと思う?本当にそうなったと思う?」

「ふっ、当然だろう?」

今更何を言うかという感じが、声だけでもありありと感じられる。

「・・・違う。私は確かにあの時、彼女のおかげで自分の手で
何かをやろうという気持ちを初めて持った。それを確かに自らの手で
捨て去ったことは事実。・・・でも、その後、必ずしも立ち直っていたと思う?

「もちろんさ」

「そうかな?わからないよ。確かにあの時のことは、他のどんなことよりも、
自らの心を傷つけた。けど・・・その後の出会いに私は感謝している」

「それは詭弁だな」

「なっ・・・」

「確かにその後も人と出会えただろうけど、彼女と別れなかったとしても、
いい出会いがなかったといえるのか?そうだろ?なら、彼女がいる方が良いに決まっている」

昔の自分はなぜか触れられたくない所を突いた。
・・・いや、自分だから、突くのかもしれないな。


「認めるんだな、自分は負け犬なんだ。この世の中で一人、惨めにはいつくばる存在なんだ。
誰もおまえを必要となんかしていない。自分もこの世を必要としていない・・・」


「ちがう、そんなことはない!!」

「何を言う?恋愛をしたくなかったのはその証拠だろ?」

「・・・・・・」

「ずっと相手に縛られる自信がない。相手をずっと想える自信がない。
子供を産み育てる自信がない。このまま生きていく自信もない。
そうなんだろ?認めろ!認めてしまえ!自分は誰も・・・」

「やめて!!もういい!!!」


頭の中に響く声を遮る事はできないのをわかっていながら、
私は耳を両手で塞ぎ、あらん限りの力で叫んでいた。
声はまだ頭の中で何かを叫んでいる。そして、その後の
自分の姿が目を閉じても映し出されていた。
・・・と、ある一人の男性の顔が映し出された。

その瞬間、私は再びどこかに飛んでいく感覚に陥った・・・。




「・・・ここは?」

私はベッドに横になっていた。目の前には白い天井が見える。
今までのことが夢なのか・・・今も夢なのか・・・私はわかっていない。

「よかった。うなされていたから、心配したのよ紘子・・・」
白い天井が、人の顔で見えなくなる。
「お・・・お姉さま?」
目の前に見えるその人の顔を忘れる訳がないが、
先ほどまでの感覚が、その人が現実の人なのかをわからなくさせていた。

「な〜に?夢でも見ていたの?」
私は何とか自分の状況を思い出し始めていた。
そうだ・・・別れようといって・・・その後・・・。

「夢・・・だったのか。死ぬのかと思った・・・」
「死ぬほど気持ちがよかったとか?」
この後、別れるとは思えないほど、彼女の声は明るかった。
彼女はそのまま体重をかけないようにしながら、
私の体を布団ごと抱擁する。目の前にあるお姉さまの
唇に軽くキスをすると、私は今までの夢を話し始めた。

「それがね・・・私、走馬灯って言うの?
死ぬ前に自分の過去を振り返るって言うやつ?
それらしきものを体験してきた」
「あら、それは貴重な体験ね」
彼女は私の体をギュット抱きしめると、
本当にすごいわねという表情をしてくれた。
彼女のことだ。本当にそう思ってくれているに違いない。

「・・・そうだね」
いつもと変わらぬ話し方をしてくれる彼女。
私も・・・別れるその時まではいつもと変わらぬ自分でいようと思った。



「・・・とまぁ、こんな感じ」

簡単にさっき自分が体験した内容を彼女に伝える。
ほとんど、すでに話したことがある内容だったけど、
彼女は真剣に聞いてくれた。

「・・・その自分の声が最後に言おうとした言葉ってなんだったのかな?」
「気になる?」
「あ、言いたくないのなら、別にいいのよ」
「・・・自分は誰も愛せない。誰にも愛されることを望まない」
「なるほどね・・・そうだったの・・・」
ため息をつくと、彼女は私の髪を優しくなでてくれた。
彼女と出会うまでの私を慰める為に・・・。

「でもそれって・・・そう思い込みたいと思っていただけでしょ?
だって・・・紘子は望んでいたもの。包み込まれるような愛情を。
そうでしょ?それとも・・・その頃はそう思っていたってこと?」
「そうです。ずっと・・・お姉さまと出会うまで、そう思っていましたよ。
自分は誰も愛さない。誰にも愛されない・・・って。
でも、心の奥底で、私は自分の場所を欲していたし、愛に飢えていた。
そして、それを認めたくなかった自分がいた。」
お姉さまは「・・・それは悲しいわね」と言うと、私の頭を抱きしめてくれた。

「そのままの自分だったら、きっと・・・お姉さまとの出会いなんかなかった・・・」
私はゆっくりと目を閉じると、今度は自分の力で記憶を辿っていった。



大学時代・・・色々あった。ありすぎた・・・。

大学2年の時、両親に勘当を迫られた。原因は・・・己の心の弱さ。
結果として私は家族と別れることはなかったが、
その直後にあった姉の見合いが上手くいかなかったり、
父親が腎臓を患い、今も病院に通っている。
もちろん、家族はそれを私のせいにすることはない。
・・・が、私の中では、一生かかっても償えぬものと思っている。

それでも、大学内外で友人に恵まれ、私は何とか生きていくことを決めていた。
・・・それは一人で生きていく決意。生きてはいく。
それでも何を望む訳でも、何を将来に求めるものでもない。
ましてや恋愛など・・・。ようやく生きていくことに目を向けたものに、
そんなものが目に入るはずがない。そもそも、男性に興味を抱けない自分がいた。

「ウソをつけ。ドキドキと胸をときめかせたことがあったじゃないか?」

夢から目が覚めても、自分の声が頭に響くなんて。・・・これは今の自分の声か?
ふっ・・・確かに一度だけあった。恋愛とそれが呼べるものならば・・・だ。
もし、あの関係が今も続いていたら・・・。

私はそのときのことをお姉さまに話していないことを思い出した。
会った初日に「いつか話しますね」と言ったまま、そのままにしていた。
・・・別れる日にその話をするのも変だけど、話しておきたい。
多分、彼との事がなかったら、人を愛する・・・愛されたいという自覚は
きっと起きていなかったかもしれないから・・・一生涯・・・。

「私の初めての恋人ってお姉さまなんですけど、
それまで何人か、異性と付き合う寸前までいった話をしましたよね?」
「そうね。確かバイト先の年が同じ社員の人と、
就職してから、一番初めの店で同じ職場だった人だったわよね?」
「そうです。で・・・お姉さまに話をしていない人の顔が・・・最後に見えた」
「あ、『いつか話しますね』って言ってて、そのまま聞いてなかったわ。
なに?その人がそれに出てきたってことは、・・・紘子にかなり重要な人だったってこと?」

「多分、そうですね。今更ですけど、話します。『浜松のサンタ』の話を・・・」


次に進む 前に戻る 戻る トップに戻る

つぶやき