今度は店に行く時とは逆に、坂を登る私達。
荷物を持っていたから、「大丈夫ですか?」と聞いたら、
「さすがにちょっとキツイわ」と、肩で息を少し切らしながら返事をする。
自分は慣れているし、ようやく終わった嬉しさもあり、早歩きをしていたようだ。
少しペースを落とすと、気を回せないやつだ・・・と、お姉さまの荷物を持とうかと申し出た。
「これでもあなたよりは力はあるわよ」と、息を切らせながらも笑顔で答え、
手を差し出した私に、肩からさげているバックを手で守るようにされてしまった。

とりあえず、車に戻ると、時間的に夕飯まで食事はしないほうがいいと判断し、
自分のところのスーパーに買い物しに行きがてら、パンでお腹を満たしたいと
お姉さまに伝え、「いいわよ」と承諾を得ると、私は車をここから10分程のSCへと、
目的地を定め、発進させる。

到着するまでの間、確かお姉さまの高校の話を聞かせてもらった。
高校・短大とエスカレーター式の女子校に、「ほら、バカだったから。その方が楽だからよ」
という理由で選んだそうだ。もちろん、以前メールで、「女の子が沢山のほうがいい」
とも聞いていたし、どんな所かを聞いてみたかった。特に私自身は、日本の高校は
経験していないし、どんな感じだったのか、どんな学生だったのか知りたかった。

「修学旅行は色んな所を選択出来てね。私は中国に行ったの。
でも、あまりよくなかったかな。食事も、観光も中途半端だったしね」
お互いまだ緊張がほぐれていなかったから、会話もぎこちなく、
話してくれていることも全てを記憶できていなかった。
でも、隣に自分が心より求めていた人が座っている、そう思えるだけで、
自分の心は運転をするのに何とかギリギリのテンションを保つのが精一杯だった。

とりあえず、連休だから、姉の分と自分の夕飯を作っておきたい。
そう思って、材料はカレーにした。手早くできるし・・・最近食べていなかったから、
別に変に思われることもない。そう思って、私は手早くその材料と、
お菓子をカゴに入れると、会計をすませ、お姉さまと自宅へと向かうことにした。
簡単な夕飯の材料を購入したのには、夕飯の支度でお姉さまと
話す時間を奪われたくなかった。

それだけじゃない・・・お姉さまに・・・抱かれたかったから。
私は生まれて一度も誰とも付き合ったことがなかった。
・・・だからというわけでもないが、初体験はまだだった。
別に処女が自分にとって貴重なものではなかったけれど、
恋愛しないのだから、それを捨てることはないだろうと漠然と考えていた。
そして・・・生まれて初めて自分から告白をした。

なぜかと聞かれても上手く答えることは出来ない。
それこそ、「この人なら・・・」と単に思ったに過ぎないのだから。
メール上での気持ちの告白。怖かったけど、
それをせずにはいられなかった。そうしないと、想いだけで、
自らの心を締め付け壊してしまいそうだったから。・・・遅い私の初恋。

相手は顔も、性別も、どんな性格なのかさえもわからない人。
自分を偽って書くことも出来るメールだけど、私は・・・信じた。
その文面は、その時の私に必要なものを充分に与えてくれた。
自分の直感を信じた。・・・私が本気で愛せる人間だと。

「ここが私の家です」

車を先に下りてもらい、自分は車を車庫に入れた。
ハンドルを握る手が気のせいか震えている。
きり損ねると、思いっきり車を石の柱に擦ってしまう。
注意しながら、まるで初心者のような車庫入れを終える。

「お待たせしました・・・」
車の中に入っていた大きな黒いバックに入った荷物を降ろしてお姉さまに渡す。
「ありがとう」
「それじゃあ、入りましょうか・・・」
鍵を開けて玄関の木のドアを開き、
まるで周りからその人を隠すかのように、
家の中に招き入れた。

靴を脱いでもらうと、そのまま真っ直ぐに歩いてもらい、
山を切り開いた所にある住宅地が一目でわかる、
家の中の高低差を補う階段を3段降りていく。
リビングへのドアを開け、お姉さまを部屋に通す。

「どうぞ・・・」
緊張が高まっていく。
今でもこれが夢ではないかと疑ってしまう。
雲霞のように儚く消え去ってしまうのではないかと。
お姉さまの目につかぬよう、自分のこぶしを強く握ると、
全ての指の爪を立て、親指に突き立てる・・・自分を落ち着かせる一つの術を施す。

ドアを閉めると、私はお姉さまの行動を見守る事しか出来なかった。
お姉さまも緊張しているのか、ぎこちない行動で、私の後からリビングに入って来てくれた。
どうしても、落ち着かぬ気持ちを隠す事を出来ない。
先程までとは打って変わり、勤めて明るい声をお姉さまに掛け始める。
「荷物はソファーに置いてください。重かったんじゃないですか?」
「うんうん、そんな事ないわよ。いつもコミケだと、
この袋に一杯の同人誌を入れて持って帰るんだもの。これくらい軽いわよ」
そういいながら持ってきた黒いバッグをソファーにおき、紺のコートを脱ぐ。
私は近くにあるエアコンのスイッチを入れ、暖房を入れた。

「・・・とりあえず、買ってきたパンを用意しますから、テレビでも見ていてください」
いきなり話すには緊張しすぎていたし、なにより何を話して良いかわからない。
逃げるようにスーパーの袋をもって、降りてきたのとは別の3段の階段を上ると、
ダイニングを通り抜け、台所に行く。そして、夕飯の材料を冷蔵庫にしまう。
買ってきたばかりのパンを二つお皿に乗せた。冷蔵庫を再び開けペットボトルを取り出す。
ペットのお茶をコップに入れ、それらをお盆に乗せると、
普段使い慣れないお盆のバランスをとるのに苦労をしながら、
私を待ってくれている人の元へと戻る。

「はい、どうぞ」
そういいながら、テーブルの上に並べる。
「本当なら温かい紅茶でも入れたいんですけど、
普段しなれない事をすると、姉に疑われてしまうから・・・」
「いいのよ気にしないで。冷たいお茶で全然構わないし」

お姉さまはソファーに腰を下ろしている。
隣に座りたい気持ちを持っていたけれど、
初対面・・・しかも会ってまだ少ししか経っていないのに、
そうする事ははばかられる気がして、向かいあわせになる形でカーペットに座った。

・・・何を話していいのかがわからない。
手をベーコンエピーに伸ばすと、ゆっくりと食べ始めた。
「なんか緊張しますね・・・」素直にそう言った。
目の前に座っている人。今、この瞬間、この場で場を共有する人物こそ、
私が・・・一生かかっても出合えないと思われた愛すべき人なのだ。
緊張するなと言うほうが無理なのかもしれない。
それはもちろん、お姉さまも同じのようで、同じようにパンに手を伸ばす動作がぎこちない。

パンを食べながら話した事・・・ほとんどはお姉さまの仕事の話だった。
「ギリギリまで仕事をしていたんですよね?」
「そう、昨日宅急便で送ったんよ」
「手・・・見てもいいですか?」
「ん?いいけど?」

前にメールで仕事をしていると、アニメ用の絵の具の瓶を開けたりするから、
手に仕事だこができているという話しを聞いていた。・・・それをダシにして、
お姉さまの手に触れて、温もりを感じたかった。今、この場にいると言う実感を味わいたかった。
手のひらを天井に向けながら、テーブルの上に手を出してくれたので、
私は嬉しさを隠しながら、同じように手を伸ばし、そして、お姉さまの手を握る形で触れた。

「ふ〜ん・・・やっぱり硬くなってますね」
「でもね・・・」
この後のお姉さまの姿・・・見惚れそうになっていた。
正直、決して外見が良いとは言えない人なのだ。
自分で「TVで有名になった某誘拐殺人犯と、
大阪の太った芸人をたして2で割った感じ」と言っていたけれど、
「女らしさ」を感じさせない、どちらかと言うと、
「ずぼら」をそのまま表している感じの人なのだ。

体型は標準より結構太め。顔は10人並み・・・化粧をすれば。
服装は無頓着だと本人も言っていたけれど、
確かに、「おばさん」と言いたくなる服装だったりする。
私自身もそれほど服装や、化粧にはこだわらない方だと
思っていたけれど・・・負けるほどだった。

身長は150cm、体重は標準。
販売員のくせに化粧はほとんどせず、しかも、店に入れば白衣を着るし、
ズボンは汚れるからと、ほとんど、学生の頃と変わらぬ、
ジーパンにシャツ姿で日常を過ごしている私。
もちろん、そんな私にメイクもバッチリで、
ブランドスーツをきっちりと着こなしているような人は、
おそらく性格的にも合わないだろうとは思うものの、
まさか好きになった人が、ある意味自分と似ている人だとは・・・。

そんなお姉さまが仕事の話をする時に見せた真剣な顔は、
私の心をときめかせるのに充分なものだった。
何を話してくれているのか・・・全部は入っていなかった。
多分、どうやって指のタコが出来たのか、本格的に仕事をしていた時は、
もっと硬かったとか、蓋を開けるときにはこうやって開けているとか・・・
とにかく、熱心に語ってくれていた。その表情に・・・ドキドキしていた。
言葉を時には荒げているのではないかというほど大きな声になりながら語るお姉さま。
普段は「ずぼら」なんだろうけど、きっとやるべき時にはやる人なんだろう、そう思った。


「私の部屋に行きませんか?」
リビングの時計が16時を指そうとした頃、私はお姉さまにそう話し掛けた。
話していた仕事話が一段落したから、メールで話していた事を果たすべく、
部屋にあるパソコンを見るために、自分の部屋に誘った。
「いいわよ」そう言ってお姉さまは同意してくれたから、
流しに食べ終わったお皿とコップとをつけて、二人して階段を上っていった。

3段の階段を上った後、普通に1階と2階を繋ぐ階段を上り、
そして、もう3段階段を上りながら、部屋に付いて説明をしていた。
「以前は2階に私と姉の部屋があったんです。だから、ドアが2つあるんですけど、
1つはほら、開かないんですよ・・・」
2階にある2つのドア。でも、その一つは固定されてもう開かないようになっている。
それは、以前、4畳半の私の部屋が3年前まであった証。

姉と私は6才離れている。私の年が27だから、姉の年はそれに6つ加えた年。
両親の結婚はその当時の平均だったから、私たちの年には、すでに私たちを生んでいた。
そんな両親だから、この年まで2人が親のすねをかじる事は想定しておらず、
子供が出て行った後、母親の部屋にするために、設計時から始めは部屋が2つ。
中央を隔てていた壁はぶち抜きが可能で、将来1部屋にする事を考えていた。

・・・未だに子供たちは家を出る予定が無いのだが、
両親は自宅には1ヶ月もいない事がここ10年以上続き、
私も、3年前は寮生活をしていて、姉が一人、寝に帰ってきているだけだった。
だから、3年前の夏、両親がロスから一時帰国で帰ってきた時に、
私の荷物は勝手にどかされて、そのまま工事を済ませ、とりあえず姉の部屋となった。

つまり、今の私の部屋は正確には私の部屋ではなく、以前は両親の部屋だった場所。
当然、両親が生活していた時の荷物があるから、完全に1部屋に私の荷物は納まりきっていない。
洋服なんかは、2部屋に分散しているし、「捨てろ」といわれながらも、
捨てきれない漫画や文庫はにいたっては、自宅では色んな場所に散乱し、ロスにもかなりの量が置いてある。
そんな、自分の仮の居住まいと考えている部屋に、初めて家族以外の人を入れた。

6畳の和室には、物が所狭しと置かれている。片付けが得意ではないのだ。
ここに来た目的は一つ、お姉さまに私がホームページを作り、そして出会うきっかけ、
愛するきっかけとなったメールを打っていた場所・・・そこを見て欲しかった。
「どうぞ・・・」と階段を少し息を切らせながら上るお姉さまにすすめた。
中に入るとグルっと見渡す感じで部屋を見るお姉さま。

「ほら、ここで打っているんですよ。メールで書きましたけど、本当に寝ながらでしょ?」
「ほ、本当ね・・・」
以前は家具調コタツの上にパソコンを乗せていたのだけれど、部屋が狭くなるし、
打ちにくいこともあって、畳に直接置く形にしてしまい、万年床と化している布団に横になりながら、
ホームページを作り、メールを打ち込んでいるのだ。・・・今は布団は片付けてあるけれど。
「座ってください」と、座布団をすすめると、パソコンのスイッチを入れた。

立ち上げる間も二人は話さなかった。
照れているのか・・・それとも、メールの相手がこんな人物で嫌なのか。
早く画面が出てこないかと思ってしまう。
ほんの少しの時間が長く感じる。

WINDOWSの画面が表示されると、普段使っているホームページ作成ソフトを立ち上げた。
「ほら、これを使って作っているんですよ」
「ふーん、これでやっているのね」
そんな短い会話をしながら、いつも見てもらっている画面を、
自分のすぐ隣で見てもらっている・・・夢みたいだ。

始めは座布団に座っていたが、画面が床においてある。
そのせいで、体勢が辛かったので、マットレスだけ畳に敷くと、
その上に二人して寝転がる形で、しばらく、画面を見ながら何かを話した。
たいしたことは話の話題としてあがらなかった。思いつかなかった。
話をするよりも、隣にいる、確かに存在するこの人に・・・抱きつきたかった。
その温もりに触れたかった。そして、確かめたかった。
さっき、リビングで手のひらを見せてもらう形で触れただけだったから。

どちらともなく、お互いの目を見詰め合っていた。
照れと、戸惑いと、期待とが入り混じった、そんな表情。
そのまま、お姉さまの唇に自らのそれを近づけたい・・・そう思ったとき、
お姉さまの口が開いた。

「紘子に話しておかないといけないことがあるの」

そう、それはすでにメールで少しだけど聞いていた。
会った時に、お姉さまから私に直接話してくれることがあると。

「・・・それを聞いて、それでも私のことを好きでいてくれたら、私は紘子の事を抱くよ」

そんな感じで書かれていた。それがなんであるかは、
もちろん、お姉さまの口から話されるまでわからない。
ただ、ヒントとしたら、こんな文章が会う一ヶ月前のメールにあった。


>質問!そんなにライブに行って・・・お金は大丈夫なんですか?
回答!ほほほ・・・「今は」大丈夫なのよ♪
なぜかは、会った時に話すね♪(ヒント:あぶく銭も一緒)
でも、その話で、紘子が私に幻滅しなきゃいいんだけどね(笑)
結構、シリアスな話だから。



・・・お姉さまはある芸能人の追っかけを長い事している。
その事は詳しく聞いていた。でも、広島に住んでいるお姉さまが、
そう何度も上京してライブに行くなんて・・・仕事を外注でしているとはいえ、
いくらなんでもお金が足りるはずがない。単純に不思議で聞いた文がこれだった。


> でも、その話で、紘子が私に幻滅しなきゃいいんだけどね(笑)
> 結構、シリアスな話だから。
う、そう言われると怖い・・・な〜んて。
それこそ、「人を殺した」とか、「強盗した」とか、じゃなければ、
大丈夫ですよ。・・・まさかしてないですよね?(汗)


パチンコをするから、それで稼いだ・・・のなら簡単に話してくれるはず。
(犯罪の匂いがするお金を使っているのだろうか・・・。まさか・・・)
会ったことのない人だから、不安はものすごかった。


>それこそ、「人を殺した」とか、「強盗した」とか、じゃなければ、
え?何で判ったの!・・・ってまさか、そこまではしないわよ(笑)


この返事が来た時点で、その質問に対しては蓋をした。
なぜか、触れてはいけないことだと感じたし、「いつか話す」と言ってくれているのだから、
その時を待てばいいのだから。・・・そして、その時が来た。
パソコンの電源を消して、そして、進められるがままにマットレスに横になった。
枕に二人して頭を乗せ、楽な姿勢をとる。

お姉さまは目を閉じた。
私はその姿を隣で見守り、口が開かれるのを待っていた・・・。



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