黄金色のハート形のオルゴールつきのジュエリーケース。
その中にひっそりと、持ち主が現れるのを待つ指輪がある。
勝手に降って湧くわけは無いのだから、当然、そこに存在する理由がある。
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「松井さん、お願いがあります…」
私は短大に通いながら、近所のスーパーでレジのバイトをしていた。
ある日の夜、親しくしていた社員の松井さんと二人で飲みに行った後、
松井さんの車で、夜景の綺麗な場所に行き、車の中で時間を過ごしていた。
以前から好意を寄せているこの人に、私はお願いしたいことがあった。
それは、誰にでもできる、どうってことのないもの。
…ただ、自分ではどうしてもすることが出来ないこと。
もうそろそろ、私も短大を卒業する。
その前に、自分自身にけじめをつけておきたかった。
「これを、捨てて欲しいんです。松井さんの手で…」
それは、どってことのないただの石。
あえて特徴を挙げるとすれば、手でこぶしを作った中にすっぽりとおさまるサイズ。
茶褐色で、火山の溶岩が冷えて出来たということがわかるくらい。
それは自分が生きていた中で、一番の影の部分の象徴であり、
そして一番記憶残るであろう思い出を残した石。
だが、捨てるには、私の中にある何かがためらわせていた。
捨てなくてはいけない。それは私の暗い過去そのものだから。
わかっていた。そうすることが自分を否定してしまうものではないと。
それでも、どこかでそれを「よき思い出」としてしまっておきたい自分がいる。
決して、よき思い出になりえないことを知りつつも…。
おずおずとそれを手のひらにのせて、運転席に座る松井さんの方へ近づける。
「いいよ」
そうあっさり言われ、松井さんは石をスッと片手で取り上げると、
車のウィンドーを開け、外に投げ捨ててくれた。
(もう少し…)と自分勝手なことを思いつつ、
本来なら自分で行わなければいけないことを代わりに
やってくれた松井さんに感謝をする。
(さようなら、私の過去…)
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数日後、私はレジに入っているときに、
松井さんに声を掛けられた。
「今日終わってから、少し時間ある?」
「大丈夫ですが?」
「そう。ちょっと渡したいものがあるんだ」
「えっ?」
「あっ、ほらお客様だよ」
「い、いらっしゃいませ!」
急いで笑顔を作ってレジにきたお客さんに向ける。
(渡したいもの?なんだろう?)
そう思いつつも、日曜日だったその日は、その後、
ほとんどお客さんの列が切れることなく、ラストを迎えた。
レジの精算を済ませると、松井さんと、他のバイトの子達と一緒に、
ロッカーに行き、着替えをさっとしてしまう。
裏口から、店の外に出る。扉のところで他の子達と別れると、
松井さんと私は、松井さんの車に乗り、少し離れた公園の駐車場に車を移動させた。
そして、車に乗ったまま、松井さんが、私に話をし始めた。
「これよ」
「えっ、これは?」
それは小さいながらもダイヤモンドがはめられているプラチナの指輪だった。
まさか、私に婚約指輪というわけではなさそうだ。
もしそうなら、隣で悲痛そうな顔をしてまで、渡すはずがない。
私は、両手でそれを預かると、そのままの体勢で固まってしまった。
何も出来ないまま、松井さんの次の言葉を待つ。
「以前ね、付き合ってた人にもらったの。
それを、捨てちゃって欲しいんだ。
もっていたくないから…」
(わっ!やっぱり婚約指輪か、それに近いものだったのか。
松井さんから私にでは当然なかったけれど…)
私は、おどろきを隠せなかった。
指輪の出所を知り、私は松井さんが何を考えているかはわかった。
松井さんも、私と同じように、過去をこの指輪に残している。
捨てたい。だけれど、そう簡単には捨てたくても、捨てられないもの。
捨てたくない気持ちが少しでもあるから…。
「す、捨てるなんて私には出来ないですよ!」
「じゃぁ、もらってよ。私には必要ないから」
「…それも無理です!こんな大切なものをもらうことなんて!」
クスッと、ちょっと笑い声が聞こえたか。
「相変わらず生真面目だね、あなたは。まぁ、それだから好きなんだけどね」
「な、なにを言っているんです?とにかく、私には捨てられないですし、もらうこともできません!!」
上体を全体を横に向け、松井さんに拒否の意を伝える。
松井さんも、同じように私の方に体を向けてきた。
「私にもこれを捨てられない。でも、もっていたくもない。
わかるでしょ?この気持ち、あなたにも」
私は、俯いてしまった。松井さんは、この前私がお願いしたことと同じことを、
私にお願いをしているのだ。違いは、捨てるものが、そこらにあるただの石か、
世界で一番硬く、希少価値がある石かの違いだけなのだ。
それは、わかる。松井さんの気持ちもわかる。…それでも出来ない自分がいる。
「…預かるってことじゃダメですか?」
妥協案ではないけれど、私にはそこまでしか出来ない。
「あなたにあげるの。あげるたものをどうしようと、それはあなたの自由よ」
「なら、私、これを預かっています。ずっと。これを松井さんが必要となる時まで」
「必要になる…そんな時はこないわよ」
「こなくても、ずっと預かっています。いいですよね、もらったものをどうしようと?」
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指輪は、こうして、私のものとなった。
…いや、正確には私が預かるものとなった。
松井さんは、その2ヶ月後に、会社を辞めることになっていた。
結婚退職ではなく、資格をとるための勉強をする為。
その前に、松井さんは心の整理をしておきたかったのだ。
それに関われたことを、私は本当に嬉しく思った。
私は、卒業後、就職の為、地元を離れた。
もう簡単には、松井さんとは会えない。
でも、私たちは繋がっていた。
今は自然へと帰った私の思い出が詰まった石と、
今では、私の部屋で本来の役割とは違う役割を持った石。
その二つの石が私たちがお互いに関わったことで、
私たちの心の中は、細い見えない糸で結ばれた。
それは、「信頼」という細くて強い糸。
どこかに、お互いへの愛情が含まれている…と私は思いたい。
あとがき
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