〔4〕

「私、以前から付き合っている人がいたんです。
でも、今日、『別れて欲しい』って言われたんです。突然…」
「なんで?だって、お泊りの用意をしていたってことは…
その子のところに泊まる予定だったんでしょ ?」
「そうです。今日から彼の両親が旅行にいくことになっていて、
前々から、泊まりにいくことになっていたんです。だから、
そのつもりで、今日、学校で部活が終わるのを待っていたんです。
でも、約束した場所に行ったら、彼から言われたんです」

私は、彼女の話すことを一語一句とも
ききもらすまいと、神経を集中する。
「もう私とは付き合えない。他に好きな子が出来て、付き合い始めたって」
彼女は、そこで一度大きく息を吐く。明らかに
無理をしているのがわかる、ぎこちない笑顔を私にみせる。
「兵藤さん、笑ってくださいよ。彼の相手、
私の親友だったんです。ドラマみたいでしょ?」

「彼、私には2年以上も何もしなかったのに、
彼女とは、関係をもったって…。私そんなに魅力がないのかな…」
私はなんと声を掛けていいかわからなかった。
失恋とは想像していたが、思っていたより重い内容だった。
まえに大学生のバイトの子に似たような相談をされた時も、
やっぱり、上手く答えて上げられず、泣くのに付き合って、
「もっといい人があなたを待っているんだよ…」と言葉をかけただけだった。
裏切った人に全ての責任を押し付けることや、
全て悪者にすることは、私には出来なかった。

「兵藤さん笑ってくださいよ。ねっ。
親友にも、彼氏にも裏切られたんですよ。私、私…」
神経が高ぶっているのか、話す声も、高く響くような声に変わってきた。
よく見ると、泣いてはいないものの、全身で怒りのような哀しみを
表すように、震えている。下唇を、歯でかみ締めている。

私は、たまらず、横から彼女を抱きすくめていた。
力強く、私のぬくもりが、彼女の冷えた心を温められるように。
「きっと、彼はあなたの運命の人じゃなかったのよ。
他にいるのよ。あなたの魂の半身がどこかに」
慰めにもならない言葉をかける。

登喜子は私の背中に手を回してきた。
「兵藤さんを好きになってはいけないですか?」
「なんで私を好きになるの?」
抱き合ったまま、彼女の冗談ともいえない問いに答える。
「私、兵藤さんのことが好きになったんです。
付き合っていた彼よりも。私じゃダメですか?
私、兵藤さんの彼女になれませんか?」

体をずらし、彼女の目を見ると、確かに冗談を言っているような
目には見えなかった。が、それを受け入れることは出来ない。
「登喜子ちゃん、あなた何か勘違いしている。
あなたは彼氏と別れたつらさを私に慰められて、
私から感じた優しさをゆがめて受け止めている」
「勘違い…かもしれません。でも、今、確かに
私、兵藤さんのことを…好きなんです。
私の全てを兵藤さんに受け止めてもらいたいんです」
手に入る力がいっそう強くなる。
「離さない」そんな意志の現れのように。

「私、絶望していたんです。
彼氏が親友とそういった関係になったことに。
それに気づくことができなかった自分に。
…夏休みが終わったら、私、学校に行けない。
だって、皆、私と彼が付き合っているの知っているから。
もし、前もってわかっていたら…」

「わかっていたらどうしたの?」
「彼女が本気で彼のことが好きで、彼も私より彼女を選ぶのなら、
私、きっと身を引くことが…」
「できたの?」
「わかりません」
胸に擦りつけるように、顔をを横に動かす。

(あっ…)
かなり強く接触したため、胸からしびれるような感覚が
頭のてっぺんに走る。私の胸は大きくはないが、
自分でも敏感だと自覚している。

「ただ、これだけははっきりしているんです。
私、ベンチで、それこそ、自殺したいくらい、
自分に絶望していたんです。もし、あのまま兵藤さんが
来てくれなかったら、きっと、私…」
そういって顔を上げる。
「私、兵藤さんに救ってもらいたいんです。
お願いです。私を、最後まで助けてください!」

私は頭の中で、彼女の私への思いをどう受け止めていいか
考えていた。初めて会ったばかりの彼女だから、性格がわからず、
強く言っていいものか迷っていた。必ずしも、彼女が私を好きになることが、
彼女を救うことだとは考えられない。どう話そうかと考えようとした、
その時に耳に入った「助けてください」の声。

この声を聞いて、私の体は動いた。
あの時、動けなかったから…。



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