〔7〕
「私に兵藤さんの体を洗わせてください」
それが彼女の次の希望だった。
彼女は、私がそうしたように、
手にボディーソープを取ると、
体全体に塗り込めていく。
下腹部以外の全ての部位にソープが塗られる。
たまにもれる私が感じていることを示す声に、
登喜子は無邪気に喜んでいる。
スポンジを取ると、背中から、私の体を擦り始めた。
優しく。壊れ物を洗うかのように。
さすがに胸に触れられた時、少し大きな声をあげてしまった。
泡だらけになる全身。そんな私を見て、だんだん感情をもてあますようになっていたのか、
私に後ろから登喜子は抱きついてきた。胸が私の背中に当たる。
「泡がついちゃうよ」
「いいんです。こうしたいんです」
しばらく抱き合った後、普通に体を洗うことに専念した登喜子と私は、
一緒に湯船につかることにする。私が下になって、登喜子を受け止める。
さすがに、お湯がかなり外に逃げていった。
私は汗がにじむ登喜子の肩の上に顎をのせる。
手でお湯をすくい、登喜子の体にかけてあげる。
「兵藤さん、重たくないですか?」
「別に、大丈夫よ。登喜子の全部を受け止めてあげてる感じだし。
このままの体勢でいたいな」
「私は楽だからいいですけど、あっ…!」
お湯おかけていてあげていた手を、両胸にあて、
その弾力を楽しむかの様に、包み込むように、揉んだ。
同時に、顎に乗せていた顔を、耳の近くへ持っていき、
登喜子に次の希望を聞く。
「さぁ、どうして欲しいのかしら?」
耳に息を当てる形で胸を揉みながら話し掛けたからか、
体が小刻みに震えているのを感じられた。
「ここでは、嫌です…寝室で…」
もっともな希望だ。特に彼女は初めてなのだから。
登喜子にまとわりつかせていた手を解放する。
登喜子が先に立ち上がり、湯船から出ると、
私も続いて立ち上がる。
登喜子が少し冷たいシャワーを浴びている。
私も、シャワーを受け取り、火照った体を一度冷ます。
(どうせ、また熱くなるのだろうけど…)
浴室からでて、再び洗面所に戻ると、登喜子は、持ってきていた
パジャマを着ようとしていた。私はそれをみて、着ることをやめさせる。
「登喜子ちゃん、どうせこの後、脱ぐのよ。バスタオルだけ巻いて。私もそうするから」
「えっ、あ…そうですね…」
私も、全身をバスタオルで拭き、背中に届く髪の毛をタオルでまとめる。
バスタオルで体を隠すと、登喜子のほうに近寄り、ひざと、肩の所に腕を持っていく。
「寝室まで、連れて行ってあげるわね」
まるで初夜を迎える夫婦の行動。
登喜子の顔は、熟したトマトのように真っ赤になり、俯きがちになっている。
「この方が、気分が出るでしょ?嫌だったかしら?」
廊下をゆっくりと歩いている時に登喜子に話し掛けてみた。
もっとも、今更嫌だといわれても、やめる気はなかった。
「いいえ。でも、恥ずかしくって…」
体がこわばるのが腕を通じて伝わってくる。
「ドアを開けて」
さすがに登喜子を抱えるだけで精一杯であった。
腕がしびれそうになるのをこらえて、登喜子にドアを開け、電気をつけてもらう。
そこは、リビングの手前にある、本来なら客間として作られた部屋。
わざわざ2階に寝に行くのを嫌った私が今は寝室として使っている。
登喜子がドアを開けてくれた。そこは、ほとんど何もない8畳の洋室。
大きなダブルベッドと鏡台とテレビが置かれた台と、照明だけの殺風景な部屋。
私は、部屋を飾るということができないタイプの人間なのだ。
必要なものさえあれば、それで十分だった。
一人で寝るには十二分すぎるほどの広さのベッド。
二人で寝るとしても、十分の広さのベッド。
シーツが敷かれ、タオルケットと、長い枕がおいてあるその上に、
登喜子の体をゆっくりと横たえた。
まだ、顔が赤く、どうしていいか戸惑っている登喜子。
「髪の毛を少し乾かすから待ってて」
私は、そういって、鏡台の前まで歩いていき、
その前にある小さな椅子に腰を下ろす。
ドライヤーのプラグをコンセントに入れ、
「ガーッ」と音のするドライヤーを使い始めた。
(登喜子…)
鏡の中にいる、天井を見つめ、身じろぎ一つせず私を待つ登喜子。
私は今から彼女の身も心も愛する。今まで、誰一人と見せることのなかった
私の情熱を持って。それで、彼女を失恋の痛みから、絶望の淵から救う。
そのあとのことなんて、考えられなかった。
ただ、この人物を愛することしか、この時の私には考えられなかった。
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