正信偈のこころ 2001.4.21
◎ 釈迦出世の本懐
如来所以興出世 唯説弥陀本願海
五濁悪時群生海 応信如来如実言
読み方 如来世に興出したもう所以 は、ただ弥陀の本願海を説かんとなり。
五濁悪時の群生海、応に如来如実の言を信ずべし。
語意
如来 梵語tathagataの訳で、如は真如・一如のこと。つまり一如よりみ名をもって
衆生に来るものという意。ここでは、釈尊や三世の諸仏をさす。私たちに聞
かれる仏という名それ自体が、広い意味で如来ということができる。
興出世 この世に道を明らかにするために現れたということ。
所以 わけ・いわれ・根拠
弥陀 阿弥陀仏のこと。
本願海 海にたとえて深くて底無く、広くてはてしなき本願の徳を表す。
五濁悪時 末世において発生する避けがたい社会的・精神的・生理的な五つの汚れを
いう。@劫濁 時代の汚れ、天災や戦争などの社会悪のこと。
A見濁 邪悪な思想や見解がさかんになること。B煩悩濁 利欲や名誉のた
めに狂奔し、いろいろな精神的悪徳が横行すること。C衆生濁 風紀が乱れ
心身ともに衆生の資質が低下すること。D命濁 人間の精神年齢が短くなる
こと。
群生海 多くの衆生が群がって生きる世界。独り立ち出来ないで水の中で溺れるもの
同志が、だがいにすがりついて沈んでゆくために生きているような衆生。
如来の言 本願真実のことば。南無阿弥陀仏の名。
正信偈大意(蓮如)
釈尊出世の元意は、ただ弥陀の本願をときましまさんがために、世にいでたまえり。五濁
悪時の衆生、一向に弥陀の本願を信じたてまつれ、といえるこころなり。
私たちの救済は、弥陀如来の光明と名号によって成就されている。
しかし、人間は人の言葉で言ってもらわなけらば理解出来ない。法測はあっても発見者が必要(ニュ−トン)
招喚 かの岸から「早く来たれ」弥陀の大悲のまねき発遣
「この道を行け」釈迦の勧め
この道しか他にないのです。
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