映画のページ
2002 USA 114 Min. 劇映画
出演者
Jennifer Lopez
(Slim - ウエイトレス)
Billy Campbell
(Mitch - スリムの夫)
Juliette Lewis
(Ginny - スリム同僚)
Dan Futterman
(Joe - スリムの元ボーイフレンド)
Fred Ward
(Jupiter - スリムの父親)
Chris Maher
(Phil - スリムの上司)
Bill Cobbs
(Jim Toller - 弁護士)
Bruce A. Young
(格闘技の教師)
Tessa Allen
(Gracie - スリムの娘)
見た時期:2002年8月
んんん、困った。私的制裁を実行してしまう映画がアメリカには時々あります。できのいいアクション映画でタフなヒーローが登場すると、ついこちらも楽しんでしまい、待てよ、これはドイツや日本では通用しないんだと思い立ち、よく考えてみるとアメリカでも通用しないんだということを遅まきながら思い出します。
この映画、50%成功していて、50%は間が抜けています。マライヤ・キャリー級の歌手が映画に出た結果どうなったかを考えると、イナフは大成功と言えます。演技はまあ一応できるマドンナと比べても興行的にはイナフの方がのびるでしょう。アンジェリーナ・ジョリー級の女優がアクションをやったのと比べても、ロペスのアクションなかなかいいです。ロペスを女優と考えると、表情などはアウト・オブ・サイトの方が良かったように思えます。彼女は苦しみを表わす顔がまだ上手ではありません。楽しみ、喜びを表わす方はなかなかいいです。ついでに言うと、彼女は目でチラッとユーモアが出せるので、アウト・オブ・サイトやウェディング・プランナーはなかなか良かったと思います。ついでですが、私、映画に出ているロペスのファンです。
ロペス演じるところのウエイトレスのスリムが夢の王子様に出会いめでたく結婚、子供も幼稚園に行くぐらいの年になります。ここまでの演出は最悪です。学校の学芸会でもこうは端折らないというぐらい端折って、「初めての出会い」とか「家庭の幸福」なんてテロップを出して、おしまい。これはないでしょう。
ここは諦めて、先に行きます。亭主というのが建設業を営む成功した男。彼女にぞっこんでゴールインしたはずなのですが、子供が幼稚園に行くぐらいの年齢になってからおかしくなって来ます。亭主役のビリー・キャンベルはサイコのアンソニー・パーキンスの再来と言ってもいいかも知れません。なかなか乗ってサイコパスを演じています。時代に全くそぐわないひどい男尊女卑を実行し始め、ロペスを家庭という鳥籠に閉じ込め、絶対服従を要求します。外出しても行き先をしっかり監視。誰かに電話しようとすると、それもチェック。家庭内ストーカーに変身。文句を言うと即殴られます。顔に傷を作って義理の母親の所に相談に行くと同情してくれますが、慰めながら「あなた何か不用意な事言ったんじゃない」の一言。息子に口答えするとこういう事になるということを知っていたんですね。ここでぞっとします。警察も頼りにならないというところがざっと描かれ、友達の必死の作戦でとりあえず子供を連れて逃げ出します。この辺から最初のひどい演出とはがらっと変わり、手に汗握ります。夫はどこへ逃げても追って来ます。友達が助けようとすると、友達がひどい目に遭います。それで頼みにくくなってしまいます。亭主のストーカーぶりは本格的。
ロマンチックに始まったストーリーですが、前半でもうこれが愛情問題でないことがはっきり分かります。所有欲の問題です。警察にまで手が回っているので、犯罪者でもないのにロペスは逃げ回り、カリフォルニアからミシガンまで落ち延びます。子供の養育権をめぐる裁判が近く開かれ、出ないと行けないのですが、その裁判は彼女の居所を突き止めるために使われるだけで、結局夫の網に飛び込んで行くことになります。
ドメスティック・バイオレンスを扱った映画は最近スペインにも現われたようで、筋の一部が似ている作品に Solo mia というのがあるそうです。伝聞なので詳しくは比較できませんが、この主人公も幸せな結婚をしたにも関わらず、子供の誕生の後不幸のどん底に突き落とされます。既成概念で考えると子供は2人の愛情の結果なのだから、なぜそういう事が家庭内暴力のきっかけになるのか素人には分かりませんが、所有欲という面から考えると、家庭内で自分1人で妻を所有するというこれまでのパターンが崩れたところから何か新しい問題が発生するのかも知れません。
さて実生活では幸いっぱいのロペス嬢ですが、映画の主人公スリムとしてはまだトラブルだらけ。彼女は苦しみのどん底から立ち上がり、自分の手で問題を片付けようとします。私的制裁をしようという考えに至るまでの過程には説得力があります。そしてこういう映画が時々作られるということは、アメリカではこういう事が結構頻繁に起こるということなのでしょう。ヘミングウェイーの孫が演じていたリップスティックも、結局自分で始末をつけるという結末になっていました。問題はこの解決法をこういう有名なスターを使って手本のように示してしまうと、全米の主婦が皆こういう手段に出てしまいはしないかという点。そこまで考えているとアクション映画が作れなくなってしまうのかも知れませんが、ちょっと気になります。
芸能人としてのロペスはなかなかユニークで、型にはまっていません。ラテン系の人がアメリカ一般社会の大スターになったというケースは非常に少ないそうで、リタ・ヘイワースなどは、名前などからは出身が分かりにくくなっていました。ロペスはその点からっとオープンで、分かりやすいです。そして芸名ををアングロ・サクソン風に変えなくても上に上がって行けるという現代社会の風潮に合っているだけでなく、自分がそういう風潮を作っているところが偉いです。そしてこの作品ではさらに目立たないように新風を吹き込んでいます。後半彼女に決定的な判断を下させ、実行に移るシーンでアフロ・アメリカンの俳優を使っています。むろんこれはキャスティングを担当する人が決めた事でしょうが、ロペスだと違和感がなく、人種の間の橋の役割を果たしています。
これはロペスの個性だと思いますが、彼女は父親との関係をおもしろく演じます。イナフでは助けを求めに行ってジュピターという名の女たらしの父親と対立します。ジュピターには他にも認知問題の起きるような子供が何人かいるらしく、端金を見せて知らん顔を決め込みます。ところが彼女が1人で自分と子供を守る決心をしてから援助が来ます。どうやらこの親父めそめそする女は嫌いだけれど、強い女は気に入るようです。
これを見て思い出したのがアウト・オブ・サイト。あの映画でおもしろかったのはジョージ・クルーニーとの駆け引きでなく、マイケル・キートンとデニス・ファリナが出て来るシーン。間抜けな FBI を演じてキートンが笑いを取り、ファリナはボケたボーイフレンドを持つ娘に拳銃をプレゼントする変な父親を演じていました。この父親と空港を歩いている時、ロペスは男のような歩き方をしていました。男も一目置くタフな女性という役は彼女にぴったりです。
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