映画から少しはずれるページ

フランスの事件

考えた時期:2003年8月

その1 マリーの最期

先日ジャン・ルイ・トランティニャンの娘マリーが仕事でリトアニア滞在中に恋人のロック・スターにホテルの部屋でしたたか殴られ、その経過が悪く死亡した事件がありました。この話を聞くまでジャン・ルイ・トランティニャンに娘がいるなどということも知らず、全く関心を持っていませんでしたが、この事件はその後私の頭に暗い影を落としました。

マリーは41才、4人の子持ちの女性で、両親は2人とも映画関係者、フランスでは重要な人物です。本人も若い頃から映画に関係しており、死亡直前まで中堅の女優としてフランスでは評価が高かったそうです。私は特別フランス映画ファンでない上、ドイツにはフランス映画がそれほどたくさん入って来ないので、まだ彼女の演技を見たことはありませんでした。父親は現在70歳代ですが、私は若い頃の作品しか知りません。夫人はフランスでは有名なのだそうですが、裏方の仕事をしている人で、名前も聞いたことがありませんでした。マリーは昨年まで一緒だった男性と別れ、その後はそのロック・スター、ノワール・デジール(黒い欲求)のボーカル、ベルトラン・カンタと一緒だったそうです。

新聞、サイトなどを見ると、マリーが別れた男性から携帯電話に伝言を受け、それがカンタの気に障り大喧嘩になった挙句殴られ意識不明に陥ったとあります。カンタは「喧嘩の最中に起きた事故だ」と主張しています。カンタは6時間近くマリーを放置し、トランティニャンの家族(ジャン・ルイの息子あるいはマリーの息子、この辺はっきり分かりませんでした)に連絡。マリーが病院に運ばれた時は全て手遅れだったそうです。

リトアニアの医者は「命が助かっても目を覚ますことはあるまいが、命も助かるまい」と診断。トランティニャン家は「死ぬと決まっているのなら故郷に連れ帰る」と決め、生命維持装置をつけたままフランスへ送り返したそうです。悪い予想通りそのすぐ後生命維持装置をつけたまま死亡。それで昨日葬儀が行われました。さすがトランティニャン家とうならせる有名人の集まった葬儀でしたが、家族は「葬儀に黒い服で来ないでくれ」と頼み、弔問客は白っぽい夏服でした。挨拶でも「娘が死んだことを嘆かず、生きている娘と知り合ったことを喜んでくれ」と泣かせる一言。前向きの家庭だったようです。

これだけですと私もほとんど関心が沸かず、すぐ忘れてしまうでしょう。しかし私1人でなく、ドイツに住んでいる普通の人すら驚愕したのが彼女の受けた傷の規模です。新聞はオートバイにヘルメットをかぶらず乗っている人、あるいは車でシートベルトをつけていない人が事故で死んだ時のような傷が脳にあった、腫れてしまった脳の圧力を抜くためにした手術も効果がなかったと報道しています。診断は脳水腫。別な新聞は顔が腫れて、まるでボクサーの試合の後のようだったと書いています。この話が載る前私にもちょっと変に思え、珍しく事件を注目していました。普通ですと、喧嘩をしていて突き飛ばしたら首の骨が折れてしまったとか、机の角に頭をぶつけたとか、武器になるような物を手にしていて、それで殴ってしまったなど何かしらうれしくない話ではありますが具体的な事が出るのですが、トランティニャン事件にはそういう報道が1行もなかったのです。また外傷があれば頭蓋陥没とか何かしら書いてあります。トランティニャン家が報道管制をした様子も無く、記者は分かっている範囲で書いています。カンタは警察に身柄拘束されても話のできる状態でなかったため病院へ。現在もまだ取り調べはそれほど進んでいません。行間に酔っ払った上ラリっているらしい様子が伝わって来ます。

ここでふと思い出してしまったのがアレックスの前半のシーン。最初赤い色で揺れ動くシーンがあり、その次に男が2人誰かを追っているシーンが出ます。自分の恋人を暴行されたのに怒ったマルクスと、その男の無茶を止めたくてついて来た友人ピエールが、犯人らしい男を追っているのですが、入ったバーで揉め事になり、ある男を(犯人ではなかったから悲劇)マルクスの暴力を止めに来たはずのピエールが重い消火器でバンバン殴り、顔を半分潰してしまいます。井上さんも呆れていたシーン(上から3つ目の段落)です。この作品の出品されたカンヌ映画祭では喧喧諤諤の議論になり、最後まで見ずに帰ってしまうジャーナリストも続出。見終わった人からはわりと良い評価が出たものの、どの程度の成人指定にするかで各国とも議論。日本では似たようなシーンなのに修正される部分とされない部分があるのは変だという話もありました。

私はこの作品は作る価値があったという意見だったのですが、ドイツでは見ている最中に席を立つ人は私のいた会場にはいませんでした。しかしこれは去年のファンタだったので、タフな観客がほとんどです。アレックスを見た方は思い出されるでしょう。マルクスとピエールはパーティーでコカインを吸い、酒を飲んでいました。それでカッと来た時、判断を誤り、相手に対して過剰な暴力を働き、抑制が効かなかったのです。自分の恋人がああもひどい目に遭えば怒るのは当然、それで相手の肋骨を折ったなどという話ですと、賛成はしませんが、たまには起きかねない事件と思うでしょう。しかし2人は暴行犯を取り押さえて警察に突き出すとか、警察と協力して捜すとか考える余裕はなく、いきなり自分の手でやり始めます。止めに入るはずの友人もブレーキが利かない状態で、結局自分も警察の厄介になる事をやってしまいます。それもどうやら相手を間違えていたようです。

映画でああいうシーンを出すから人が暴力を振るうのか、あるいは人がこういう事件を起こすから映画人がそういう作品を作るのかと言われると、後者の方でしょう。よく映画の真似をしたからと言って、バイオレンス映画を禁止しようとしますが、ある実験ですと、小さい子供のいる部屋で暴力ビデオをかけておいても、暴力経験のない環境にいる子供は見向きもせず遊び続け、自分が暴力を振るわれたことのある子供は食い入るように見ているという報告があります。これが全てを語るとは思えませんが、一考の余地はあると思います。

こういう事が頭にあったため、トランティニャン事件が起きた時全く知らない、関心もない女優の死ではありますが、心が痛むような気がしました。事件の全貌はまだほとんど分かっていません。嫉妬が原因でカッとしたのだろうというあたりまでの推測でストップしています。しかしカンタの言うように喧嘩中の事故だとすれば、マリーは自動車が衝突したのと同じぐらいの速度、強度でどこかにぶつかったことになります。突き飛ばしたり足を滑らせて倒れるぐらいでそんな速度、強度になるでしょうか。カンタはハルクではないのです。頭蓋骨が陥没したり傷口がぱっくり口を開けずしてどうやってこういう脳の損傷を起こすことができるのかはまだ私には理解できません。

・・・とここで終わるはずだったのですが、新しい報道を見て、ますます謎は深まるばかり。犯人とされているカンタはフランスでは本当のスターで、人々の尊敬を集める人だったそうです。メディアでもやたらな所には顔を出さず、自分の思想に合った局とのインタビューだけしか応じないそうです。そして、彼の音楽活動はボランディア系の運動家と協力したものが多く、《森林を守る》とか、《○○○の犠牲者支援》などといったもの中心。アムネスティー・インターナショナルとの協力もあり、右翼のル・ペン反対運動にも関わっています。レコードの賞を貰った時、挨拶で「自分のレコード会社の社長すら安易な消費生活を助長するような質の悪い物を出す」と言い批判の対象にしたこともあります。それでも人気は落ちない。アルバムの売れ行きも良く、バンドの中ではリーダーだったそうです。ということはフランス人にとっては「なぜ?」という大きな疑問がぱっくり口をあけたまま。

その2 そして誰もいなくなるはずだった・・・

元テニス・チャンピオンのシュテファニー・グラーフのお父さんがステージ・ママならぬ、テニス・コート・パパで、娘を世に送り出すためなら何でもする人だったのはドイツでは有名な話です。娘のためとは言え、ちょっとやり過ぎて税務署からお呼びがかかり、暫く別荘に入っていました。しかしこの人がやったのはちょっと帳簿を誤魔化して儲かり過ぎるお金をどこかに隠しただけ。人をあやめたりはしていません。刑期も終わり現在では普通に暮らしています。フランスにもテニス・コート・パパがいて、息子のために限界を超えてしまいました。

事の発端はある選手の事故死。気持ちが悪くなったため試合も上手く行かず、友人の所で少し睡眠を取ってから車で家に向かいましたが、暫くして死亡事故。本職は教員、地元でテニス振興につくし、フランス・オープンでは審判などもする人で、惜しまれての死です。死体からはアルコールは検出されませんでした。

この選手は試合の対戦相手の父親から毒(鎮静剤のようなもの)を盛られていました。捜査の結果息子の対戦相手が少なくとも3人被害に遭っていることが判明。被害者の数は今後の捜査で増える可能性があります。先月偶然薬を調合しているところに居合せた選手の連絡でテニス・コート・パパは御用。対戦した選手が視覚に異常をきたし、足がふらついたため緊急入院。飲み水を入れた瓶を調べたら許可されていない薬品が検出され、警察問題に発展。本当は娘の対戦相手にも毒を盛りたかったのかも知れませんが、父親は男性なため、女子の更衣室には入れず、どうやら男子だけが被害に遭ったようです。しかしドーピングは本人がやったつもりでなくても起こり得るのです。

この話を見てフレッド・カサックの連鎖反応を思い出しました。上が詰まっていて昇進できない若い会社員が早く上に行くために上の方からどんどん「事故死」を起こさせ、とんとん拍子に昇進していくという短篇です。この犯人はすぐ上の上司を殺すと自分が疑われるので、もう少し段の上の人を殺して行きました。するとその人のすぐ下の人が疑われ、逮捕されたりなどするとそのポストも空くので、一石二鳥。小説の世界ですから楽しく笑っていられました。現実には会長への道でも分かるようにポストはなかなか空かないようですが、こちらは「ははあ、殺人事件は起きてないな」と安心。

その3 テニス・コート・パパの最後

2001年頃から子供の対戦相手に毒を持ったという容疑でついに2003年9月、このお父さん、逮捕されてしまいました。8月に起きた死亡事故が直接の引き金になったようです。前途洋々の才能ある13才の娘が気の毒。息子に比べ娘は才能に恵まれたようで、父親がこんな事をしなくてもかなり上に行けたのではないかと思います。今後どうなるのでしょう。

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