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門徒 / Moon to / Protégé

爾冬陞/Derek Yee Tung-Sing

2007 HK 106 Min. 劇映画

出演者

劉徳華/Andy Lau Tak-Wah
(林昆/Lin Quin - 実業家、麻薬シンジケートのボス)

袁詠儀/Anita Yuen Wing-Yee
(林昆の妻)

呉彦祖/Daniel Wu
(阿力/Nick - 潜入捜査官、林昆の部下)

張静初/Zhang Jingchu
(阿芬/Jane - 阿力の近所の女性、麻薬中毒)

? (晶晶 - 阿芬の娘)

古天樂/Louis Koo Tin-Lok
(阿芬の元夫、麻薬中毒)

何美鈿/Mei-tian He
(林昆の妻の妹)

Liu Kai-Chi
(税関捜査官のチーフ)

Bo Yuen (Cal)

爾冬陞/Derek Yee Tung-Sing
(苗志華/Miu Chi-wah - 阿力の上司)

見た時期:2007年12月

冬のファンタ参加作品

今年はファンタが1年に3回。。12月1日と2日にアジア特集があり、行って来ました。2日で8本。開始は16時で終了は真夜中。全体のタイトルは紹介ページを参照して下さい。

あれこれ考えた末初日は1本に絞りました。タイトルは門徒と言い、ワンナイト イン モンコックの爾冬陞監督の作品です。日本が嫌いだというアンディー・ラウなのですが、私は「ヨンさまー」ではなく「ラウさまー」なのであります。それで内容についてはあれこれ言わず出掛けて行きました。翌日にもラウさまの,内容はパッとしないらしい大スペクタクル映画が控えておりました。

門徒というのは日本でも一般に使われている言葉で、最初アルファベットのタイトルを見た時は英語かと思いましたが、門徒をローマ字で書くと Moon to になるようです。moon と to が並んでも英語ではなかったのです。西洋人は Protégé ですぐ納得していました。悪の世界でも門徒と言うのかは分かりません。私はお寺の小僧と和尚さんの関係などを想像してしまいます。要は上下関係があり、上の者から下の者が何かを学ぶとか、上の者が下の、若い者に何かを教え継がせると考えればいいようです。

アンディー・ラウが主演で上の者の林昆、呉彦祖が下の者の阿力。阿力を中心に話が進みます。簡単に筋を説明すると、実業家の顔をして香港の麻薬密売組織を仕切っている林昆が糖尿病。そろそろ引退をと考え、腹心の部下にあたる阿力に後を継がせようとするところから始まります。

そういう話になり困っていいのか喜んでいいのか分からないのが阿力。彼は7年間地下の世界に潜り込んでいるのですが実は潜入捜査官。ですから林昆に信用され組織を任されるのはうれしいような困ったような、ちょっと複雑な立場です。無論そういう情報を仕入れるために警察が忍び込ませた捜査官で、ここまで来るのに手間も時間もかけてあり、阿力の方から林昆を促すような動きもあるのですが、呉彦祖演じる阿力は大喜びの表情ではありません。香港映画=単純というイメージで見始めると、陰と陽を使い分けた表現に良い意味で驚かされます。

さて林昆が元締めだということは警察にもばれていたのですが、頭のいい自制の利いた男なので尻尾を出さず、どこから薬の原料を仕入れ、どこで精製し、薄め、どのルートで販売しているかがさっぱりつかめていませんでした。結婚して子供もおり、さらにもう1人生まれるところなのですが、家族は父親の裏の商売を承知していない様子でもあります。林昆はさらに子供を外国に移住させたり自分は腎臓移植を受けようかなどとも考えています。

話は映画が始まる頃からややこしくなって行きます。1つには阿力が自分のアパートで麻薬中毒の阿芬という女性とその娘晶晶と知り合ったため。もう1つは阿力が所属している捜査本部とは別な役所に当たる税関が麻薬捜査をしており、阿力も一味とみなされてしまったこと。ただ、阿力がしたたか税関の捜査官に殴られ怪我をしたことは林昆の信用をさらに高めることにもなります。

阿芬はかなりやせ細ったヘロイン中毒の女性。子供の将来を考え足を洗おうと努力していますが、生活苦。止めようとしても麻薬を持ち込んで来る元夫に煩わされ手を切ることができません。

この作品は全体としてまとまりが悪く、香港映画のトップクラスとは言えないのですが、強みは事情の説明や細部の描写。かなりやせ細った顔色の悪い女優を採用し、麻薬中毒患者の実態をリアルに出しています。彼女がどういう境遇かというのは良く出ています。日本ではこういった麻薬でなく覚醒剤の犯罪が多いようですが、人柄、周囲の反応などは共通するものがあるようです。

60年代に有名だった日本人のジャズ歌手も止めようと何度も努力し、奥さんも協力したのに何度か警察沙汰になり、1度ステージでその話が出て涙ぐんだのを見たことがあります。まだ子供でしたし、そういう世界と無関係な私でも「家族の応援もあって止めようなどと感心な事を考える人でも大変なんだ」と分かった次第。そのあたりはこの女優を使った描写で成功しています

その阿芬にしつこく付きまとう無責任極まりない元夫役にも良い俳優をあてていました。香港映画に詳しい人なら誰でも知っている俳優らしいです。今回の冬のファンタ(ソナタではありません)でこの人はラウさまと同じく2日間に2本に出演しています。彼の演じる男は自分が完全なジャンキーで、自分1人では嫌なので周囲の者を同じ中毒患者にしてしまうという図式にぴったりはまる人です。脚本を書くにあたって性格描写に一応気を使っています。阿芬は娘のために止めようという気は持っているのですが、この元夫を拒む力も無く、元夫を自分の生活方針に引き寄せる力もありません。そのため何度か逆戻りをしたのだなあと想像させるようになっています。

その彼女が阿力と知り合いやっぱり止めようと決心します。阿力が麻薬の元締めとつながっていることは全く知らず、阿力もアパートにいる時はそんな様子は見せません。潜入捜査に入ってからは周囲をごまかすために粗末なアパートに住み込んでいる様子です。阿力は飢えかけている親子に食べ物をあげるという形で世話始めます。ところがそこへ元夫が来、彼女はまた麻薬の世界に入ってしまいます。阿力の麻薬に対する憎悪はこれを機にさらに強まり、親子を家から追い出してしまいます。これが彼女を悪い意味で後押しする結果になり、自殺と言えないこともない過剰摂取の結果死んでしまいます。

これで完全に頭に来た阿力は捜査の役得を使って元夫を罠にかけます。この方法は意外でおもしろかったです。私憤を公的機関を使って晴らすのですが、武器を使わず合法的に確実に殺してしまいます。

ここまでの話だけでも映画が1本作れるかも知れませんが、ちょっと湿っぽいメロドラマになるかも知れません。そこでもう1つのテーマを持ち込んで来ます。これもドラマになるかも知れませんがドライな処理がしてあり、私が知っている香港映画とちょっと趣が違います。香港では構想を練ってから映画ができるまでの時間がハリウッドより短いのかも知れません。もう少し練ればこの俳優、このストーリーで結構凄い映画ができたかも知れません。

もう1つのテーマというのはアンディー・ラウの方。彼が麻薬組織をどういう風に組み立てていて、どういう風に動かしているのかを詳しく見せてくれます。家族思いの父親でありながら、ビジネスはしっかりこなし、その一部が麻薬なのです。表の顔の方はあまり詳しく出て来ませんが裕福で子供を4人ぐらい持っています。引退しても十分贅沢なままやって行けるぐらいお金は持っているらしいです。

病気で入院しているのですが、医者の目を盗んでキャンディーを食べたり、ダメなはずなのにコーヒーに砂糖を入れたり、そういう描写もおろそかにしていません。しかし凄いのは麻薬関係の描写。最初に度肝を抜かれるのは香港の町中に作られている精製工場。驚いたことにどこでも買える台所用品を使って作っているのです。ラウは化学の知識を持っているという役で、阿力にあれこれ説明して見せます。このシーンでまず呆気に取られてしまいますが、実際そういう工場があるのではないかと思えて来ます。何となくリアルなのです。

これだけで十分驚けますが、後半もっと凄いシーンが出て来ます。家族旅行だと言ってタイへ出掛けて行きます。ビジネスで成功した成金という感じで大名旅行をするのですが、実はそこからチェンマイを経てどうやらラオスに入るらしいです。

ラオスらしき場所のシーンはうわァと思います。軍に守られた地域一面にけしが栽培され、麻薬の原料が作られるところまで見せてくれます。あの辺で麻薬を作っている、この辺がヤバイ、黄金の三角地域とか口で言われたり、活字で読んだりはしますが、こういう風に見せられるとインパクトが桁外れに大きいです。

私は普段はお説教がましい映画は好きではなく、エンターテイメント重視ですが、この作品は明らかな反麻薬姿勢を前に出しています。お説教だとの嫌悪感が出なかったのは演出の妙、あるいは脚本の妙なのではないかと思います。ちょっと残念だったのは、これほど人の将来を考えて作った話、詳細情報を盛り込んだ話、俳優もやる気出して作った話なのに、どこかがちぐはぐになっていて最終的にインファーナル・アフェアーズカンフーハッスルサンシャインのような出来に至っていない点です。自ら押さえたのか、撮影時間が無くて慌しく作られた作品なのか、もうちょっと練れたら良かったのにと思います。

映画で人に何かを訴えても成功率は低いかと思います。たまに成功もするので、門徒のような重大なテーマの時はそれもいいかと思います。一見の価値はあると思います。

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