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ウィッカーマン /
The Wicker Man

Neil LaBute

2006 USA/D/Kanada 102 Min. 劇映画

出演者

Nicolas Cage
(Edward Malus - 警官)

Kendall Cross
(エドワードの同僚の警官)

Kate Beahan
(Willow - 島の住民、エドワードの元の恋人)

Erika-Shaye Gair
(Rowan - 島の住民、ウィローの娘)

Ellen Burstyn
(Summersisle - 島の住民)

Frances Conroy (Dr. Moss)

Molly Parker
(Rose - 島の住民)

Leelee Sobieski
(Honey - 島の住民)

Diane Delano
(Beech - 島の住民)

Michael Wiseman (Pete)

Emily Holmes
(自動車の中の母親)

Zemphira Gosling
(自動車の中の少女)

Matthew Walker (パイロット)

Mary Black
(Oak - 島の住民)

Christine Willes
(Violet - 島の住民)

Jacqueline Robbins
(島の盲目の住民、双子)

Joyce Robbins
(島の盲目の住民、双子)

Aaron Eckhart

James Franco
(バーの青年)

見た時期:2008年12月

★ ラジー大量ノミネート

監督はアメリカ人です。90年代後半から映画の仕事を始めており、監督作品は10本弱。私が知っているのはウィッカーマン1本です。2007年度のラジー賞に大量ノミネート(最低作品、最低脚本、最低リメイク、最低スクリーン・カップル)され、残念ながら受賞を逃しています。タイトルだけは知っていました。最低スクリーン・カップルではニコラス・ケージとベア・スーツでノミネートを受けているのですが、これは彼がショーダウン直前に着ていた衣装のことです。

ケイジは時々しょ〜もない作品に出るのでまたかと思っていました。ただこの人の作品はできればたくさん見ておきたいと思っていたので、クリスマス休みにDVDを借りて来ました。

実はそんなにだめな作品ではありませんでした。ラジー賞に大量ノミネートされたのは、作品中の女性の扱いが悪いと見なされたからだと想像できます。ケイジはフェミニズムに重きを置いていない作品の出演も多く、ウィッカーマンには女性をぶん殴るシーンがいくつかあり、女性が天下を取ったらこんな事になるかも知れないという1つの解釈が描かれているため、ラジーの審査員から時代に逆行すると見なされたのかも知れません。

★ ちょっとした前置き

このページではそういった思想信条を判断基準から除いて話します。主人公が概ね活躍する舞台は欧州に吹き荒れた中世の魔女狩りの恐怖の時代をひっくり返して描いたような、現代のアメリカの島です。フェミニズムではなく「男であれ女であれ、自分がやられる方の立場に立ったら極めて不快になるぞ」という前提で話しましょう。

★ リメイクでノミネートされた

ラジー賞の中で駄目なリメイク賞は当たっているかも知れません。オリジナルは大分前の作品なので見る機会が無く、比べることができませんでした。一般的にはオリジナルよりリメイクの方が良いという例が少ないので、駄目なリメイク賞はあり得ると見ています。オリジナルにはセクシャルな描写があるそうですが、リメイクからはきれいに外されています。また、リメイクでは女性が支配するカルト集団ということになっていて、ケイジ以外はほとんど女性が登場します。オリジナルではクリストファー・リーがカルト集団の長で、男女差は無いようです。

★ ではあらすじを

☆ 冒頭のエピソード

ニコラス・ケイジ演じるカリフォルニアのパトロール警官エドが勤務する姿が出て来ます。車から路上に人形を放り出す少女がいて母親が困り切っています。エドが人形を返してやるとまた放り出します。少女、人形、母親と3つ道具が揃っていますが、ゴーン・ベイビー・ゴーンとは全く違う展開です。2度目に人形を拾っているところへ大型トラックが猛スピードで通りかかり、母子の車は衝突炎上。トラックは逃げ去ります。エドはまだ車中で生きている少女を救出しようとするのですが、少女は助けてもらいたくない様子。そのまま車は爆発し、エドだけかろうじて助かります。

事件の後始末をしようとしても車の番号は登録されておらず、親子の身元も不明。死体も上がりません。幽霊でも見たのかと落ち込みエドは現役からちょっと引きます。そんな頃元の恋人ウィローから謎の手紙が来ており、暫く町を離れてそちらの調査をすることにします。

☆ いよいよ中心の舞台

ウィローは本土から少し離れたワシントン(州)の島に住んでいて、島全体が私有地のため、そこへの交通機関がありません。たまたま島に食料や日常品を運ぶパイロットに出くわし、便乗します。島ではよそ者は歓迎されません。程なくしてウィローと8年ぶりの再会。おどおどしてはっきり物を言わない女性ですが、手紙と彼女の話をまとめると娘のローワンが跡形も無く消えて、暫く顔を見ていないので心配していると言うのです。

島の住民は昔からお互いを知っている村社会。どういうわけか数は女性の方が圧倒的に多く、ほとんどの人が養蜂業に従事しています。村長のような年配の女性サマーアイルが島をまとめています。男性は口を利かない人ばかりで、数は少なく、力仕事などで女性の仕事を手伝っています。

警官が本職なのでエドは聞き込みを始めます。学校に行っても先生と生徒全員から拒否を受け、証言を取ることはできません。強引に出席簿を見るとローワンの名前があり、横線で消してあります。これでとにかくローワンという少女がこの村に存在していたことだけは確認されました。

チラッと姿が見えたり、失踪当時着ていた衣服が判明したりと僅かながら捜査が進んで行きますが、島民の協力は得られず、更にウィローの物の言い方にもはっきりしない面があります。しかしウィローの娘の父親はエドだという事が分かり、エドは「どぎゃんかせにゃあかん」と決心。

ちらりと見えては消える手がかかり。しかし徐々に分かって来たのは、島を仕切っているのがサマーアイルだということ。島全体はドイツの自然食品や環境問題で自覚の高い人たちが喜びそうな自然の中、蜂蜜を取ることで生計を立てている様子。テレビや自動車など近代的な物は一切無く、エドを連れて来たパイロットが定期的に運ぶ食料品その他の必需品だけで間に合っているようです。

人が喜びそうなのはここまで。どうやら村民全体がカルト集団のようで、時々生贄をささげる習慣があるらしく、ちょうど今回はウィローとエドの娘のローワンが生贄にされるらしいのです。そのため村民全員で隠してしまったのでしょう。ある程度事情を知っているのでウィローの物の言い方にも躊躇いがあったのでしょう。

ついに生贄の日が来たらしく、村民が妙な化粧をし、妙な衣装を着て野原の一箇所に集まって行きます。エドはここでラジー賞のノミネート対象になったベア・スーツを着て現場へ急行。ウィッカーマンというタイトルにもなっている大きな籠の人形が立っています。どうやら生贄はこの籠の人形の中で焼かれる様子。何とか娘を救わなければとカリカリしているエドは紛れ込んでいることがバレ、捕まってしまいます。

いきなりボキーンと脚の骨を折られてしまい、逃走が不可能になってしまいます。ドイツ語バージョンではこのまま生贄にされ焼き殺されてしまうのですが、英語バージョンには更に嫌なおまけがついていた様子。エドは蜂酸のアレルギー。欧米にはちょくちょくそういう人がいます。普通の人が蜂に刺されると蚊よりは痛いですが、ある程度の日が経つと腫れも引き、治ります。アレルギーの人ですと命に関わり、腫れ方も尋常ではありません。例えば顔を一刺しされると、顔全体がお岩さんのように腫れてしまいます。腫れるだけなら不快感さえ覚悟すれば何とかなりますが、アレルギーの人はショック状態を起こし、すぐ治療しないと死んでしまうそうです。そのためエドは注射を島に持参していました。そういうエドの頭に漏斗のようなヘルメットを被せ、中にドンドン蜂を入れるのです。このシーンはなぜかドイツ語版には入っていませんでした。

そうやってエドが絶対に逃げられないようにしておいて、ウィッカーマンの中に閉じ込め、実の娘ローワンに火をつけさせます。ショーダウンはケイジの絶叫。

★ ラジーにする気持ちは分かる

ラジー賞にノミネートした人の気持ちは何となく分かります。ハッピーエンド派には予定調和が無いため嫌われます。リベラル派からは女性の扱いがけしからんと言って嫌われそう。推理小説ファンからは中途半端な伏線が張ってあるのに結末にちゃんと使われていないと言って怒られそう。踏んだり蹴ったりの批判が出るでしょう。私ははっきりしないながら何か引っかかるという感想を持ちました。

以前はヒーローも男性でしたが極悪人も大抵は男性でした。フェミニズムだ、リベラルだと言い出してからは女性も男性と同じ立場に立とうというわけで、それですと時には女性の極悪人が出て来てもいいということになります。

私が引っかかるのは欧州にある女性像。女性は男性を誘惑するものだという固定観念があり、裁判になるような暴行事件の扱いを見ていると女性の方が悪くその結果が暴行になったという解釈がちらつきます。そういう女性がいるのかも知れません。少なくとも「これをやるとどういう結果になるか」と考えずに行動する女性に出くわしたことはあります。また男性の方も女性に誘惑されることを期待していて、女性が誘惑しないと侮辱を受けた、自尊心を傷つけられたと感じる場合もあるようです。実は女性に侮辱されたわけではなく、無視されており、そこに怒っているのでしょう。よりによって「僕たちの関係に恋愛沙汰は入れないでおこう」とあらかじめ自分から提案する男性にこういう傾向があるようです(笑)。取り決めを守った女性に災難が降りかかることもあるようです。そういうことが人間関係をこじらせ、危険な場面になってしまったりすることは時々あるようです。女性像が日本とかなり違い、男性の行動パターンもかなり違います。

ですからウィッカーマンのリメイクがなぜこういう形で行われたのかを理解するには私にはまだ欧州の文化が分かっておらず、欧州の文化を大西洋を渡って400年経っても継承しているハリウッドのメンタリティーも本当は理解できていないということになります。

善良な主人公に助けの道が全く無いというのがウィッカーマンの結論です。エドはウィローが言わなかったので自分が父親だと言う事を知らず、ですから家族を遺棄したことにはなりません。冒頭の交通事故で子供を助けられず自責の念にかられていますが、故意に起こした事件ではないのでエドの自責の念は彼が善良な人間だという証明にしかなりません。そういう人間を血祭りに挙げるカルト集団ですが、元々カルト集団というのはそういう事をする人たちの集まり。マンソンに出会ってしまったポランスキーの夫人と同じで不条理の世界。となるとこの点で腹を立てても意味がありません。

推理小説的な伏線が無駄に張ってあるのは脚本家が悪いのでしょう。当然ながらラジー脚本賞ノミネート。観光客の来ない(外来人を拒否している)島にペンションがあるのも妙です。離れた島とは言え、一応合衆国の一部。となるとアメリカの法律が私有地にも通用されるはずで、各種の義務も必要でしょうし、保安官の1人ぐらいはいてもいいのではと感じます。

冒頭の事故で消えてしまう母子ですが、もしかしたらエドの妄想が混ざっているのかも知れないと一瞬思いました。しかしウィローが自分の子供を産んだことはまだ知らないエドなので、自分の境遇と重ねることはあり得ません。その他色々プロットのほころびがあり、脚本家が執筆中に横槍が入って収拾がつかなくなってしまったのかとも思います。

だめな脚本でも主演を引き受けるプロフェッショナルなニコラス・ケイジですが、ショーダウンでインパクトを与えようとの努力をし、ぎゃーぎゃー騒いで命を落として行きました。

彼の後を継ぐのはジェームズ・フランコらしく、狙われるシーンで終わります。

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