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2010 USA 132 Min. 劇映画
出演者
Richard Gere
(Eddie Dugan - 退職直前の巡査)
Don Cheadle
(Tango - カズの友人、マフィアに潜入した囮捜査官)
Ethan Hawke
(Sal - 私服刑事、麻薬捜査担当)
Lili Taylor
(Angela - サルの妻)
Brian F. O'Byrne
(Ronny Rosario - サルの友人)
Bruce MacVittie
(Scarpitta - 牧師)
Wesley Snipes
(Caz - 地元マフィアのボス)
Vincent D'Onofrio
(Carlo - 酔っ払い運転で止められた男)
Will Patton
(Bill Hobarts - タンゴの囮捜査の上司)
Ellen Barkin
(Smith - ビルより上のランクの上司、囮捜査を指揮)
Wade Allain-Marcus
(C-Rayz - マフィア)
Michael K. Williams
(Red - マフィア)
Logan Marshall-Green
(Melvin Panton - 新米巡査)
Shannon Kane
(Chantel - チャイナタウンの売春婦)
見た時期:2010年8月
★ むかっ腹の立つ映画があまり腹の立たない映画に
ドイツ語版で見ました。見ている最中から腹が立ち、ショーダウンではむかっ腹を立てました。ところがカットされた場面を後で見て、腹を立てるのを止めました。いくらか文句の付け所はあるものの、比較的いい作品だと思えるようになったのです。何であんなシーンをカットしてしまったのだろうと大きな疑問を抱きました。
エクストラに入っていたカットされたシーンの中には確かに時間が長くなるだけで、いちいちこんな説明を入れなくても大丈夫と思われるものもありました。しかしいくつかのシーンは見るのと見ないので映画全体に対する印象ががらっと変わってしまいます。概ね現在のバージョンより良くなります。なのに監督はカットしてしまったのです。何でやねん。
★ オムニバスではないものの
この作品はオムニバス形式ではありません。しかしちょっとそんな印象を持ってしまいます。
舞台はニューヨークはブルックリン。それもある警察署の管轄の地域だけです。同じ署に勤める3人の警察官が主人公ですが、3人はお互いに知り合いではありません。それぞれ自分の付き合いの範囲だけで人の出入りがあり、後半のショーダウン直前まで別々な話が進みます。
☆ 大スター、リチャード・ギアはしがない巡査
・・・なのです。撮影の合間のインタビューなどでは恐ろしくインテリに見えるのですが、監督に「よーい、アクション!」と言われると急にあまりインテリでない、よれよれにくたびれた退職7日前の老制服警官に化けます。長い間に自分のささやかな命を護る術を身に付け、決しておせっかいな事はやらない、決して危ない事に手を出さないなどの保身術に長けています。そのため若くてまだやる気十分の警官に嫌われてしまいます。あと7日で退職し、年金生活を送ることになっています。反面ちょくちょく弾の入っていないピストルを口にくわえ、自殺の練習をしています。
大分前に妻に三行半を渡され、現在は独身。時たまなじみの売春婦を訪ねるのが私生活で唯一の人間関係という惨めな人生を送っています。その彼がいつものように危ない事を避け、無難な仕事をやったのを見て、後輩の新人警官に愛想をつかされ、若い警官は配置転換を願い出ます。その代わりに来た別な若いパートナーも彼のふがいなさを感じます。
配置転換を希望した警官は翌日手入れに参加させてもらったのはいいのですが、大事件に発展し殉職してしまいます。ギアは長い間眠っていた良心に針が突き刺さってしまいます。同僚を殺した犯人に賞金がかかったという張り紙を見た時に、すぐ横に失踪した女性の写真も貼ってあったのでたまたま顔と名前を覚えてしまいます。
あと4、5日で退職という時、いつもの市内パトロールの最中、コンビニで揉め事が起きたので、2人目の新人警官と一緒に仲裁に入ります。店主とチョコレートを1個万引きした少年が激しい言い合いをしていて、止めに入ります。ギアはさすがに長年パトロール警官をやっていただけのことはあり、何とか2人の間に入って取り押さえます。連絡のためにパトカーに戻る時だけ新人1人店に残ります。いくらか不安がよぎるのですが、パトカーに向かいます。その間にもう1度揉め、少年は撃ち殺されてしまいます。2人の警官は審問にかけられます。これまでのギアなら、上手に言い訳をし、審問官が良きに計らうために思いついた説明に同調したのでしょう。しかし最後の1週間に入ってからギアはなぜか変わってしまい、今度の出来事は同僚を1人にした自分に責任があると言い出します。モラルから考えると多少ギアの言う事も正しいですが、状況から言うとギアが責任を取ると申し出ないのが普通とも取れます。
ギアは退職。身分証明書、バッジ、ピストルを返します。普通なら家族がいて、定年おめでとうと言ってもらえるのでしょうが、そういった家族はいません。なので出かけた先はなじみの売春婦の所。医者の診療所のように時間より早く来ると外で待たされます。同僚の事件ですっかり萎れたギアはその売春婦に自分と一緒にコネチカッとに行こうと提案します。彼の目から見ると、彼女が売春業から足を洗えるからです。しかし彼女は断ります。例え仕事が売春だとしても客との間に私情をはさまないようなのです。看護婦、弁護士、医者などと似たような職業意識でもあるのかと感じる瞬間です。
ところがカットされたシーンがあり、ちょっと前会った時に彼女に荒っぽい態度を取っていたのです。それなら警官を辞めたばかりのギアについて行く気にならないという点に分かりやすい説明がつきます。なぜかそこは本編には入っていませんでした。
そしてもっと凄いシーンがカットされていました。本編ではショーダウンの直後、現場から去るギアのシーンで終わります。ところがエクストラには後日談があり、そこでギアの今後がどうなったかが示されます。注意深く本編を見ていると、彼の性格がそういう風に描かれているので、こういう結末もありだと予想はつきます。それが具体的にしかもかなりの長さで描かれていました。カットしたのも正解と思える部分です。
☆ チードル君とスナイプス君は時々兄弟のように見える
もう1人の重要人物はドン・チードル。その彼の相手をするのはウェスリー・スナイプス。こんな大物の黒人俳優を2人組み合わせて出すのは俳優業界のデフレだと思います。全体を見てもこの作品には1人で主演を張れる人が4人。トップ・スターと言えます。
チードルの立場は無間道のヤンにそっくり。背景は違います。チードルは志願して囮捜査に当たっています。しかし精神的な負担が重なり、そろそろアンダーカバーはやめたいというあたりもヤンとそっくりです。アンソニー・ウォンっぽい上司と時々隠れて連絡を取っています。サムっぽい立場なのがウェスリー・スナイプス。伝説のマフィアと言われる実力派。麻薬取引をやっています。部下もたくさんいます。チードルとスナイプスの間には友情に近いものが生まれています。
上司からの命令でチードルはスナイプスを捕まえるように持って行くことになります。その最中に小物のギャングがスパイの濡れ衣を着せられビルの屋上から落とされそうになります。チードルは本当は自分がスパイなので何とかこのチンピラが処刑されないように持って行こうとし、取りあえず成功します。しかしそのためにチンピラは親分のスナイプスを恨みます。
チードルはサムに似たスナイプスを捕まえたり殺したくないので、高飛びさせようなどと考え始めますが、アンソニー・ウォン風のボスよりずっと冷たく強引なもう1つ上の階級の上司が現われ、チードルを脅します。チードルの気持ちは千路に乱れます。路上でスナイプスに忠告をしている時にスナイプスとチードルは襲われ、スナイプスは凶弾に倒れます。相手の顔をしっかと見届けたチードルはスナイプスの敵を打つなどという、囮捜査官にあるまじき行為に出ます。ついでに言えば、危険な捜査で家に居付かないチードルは夫人から三行半を突きつけられています。
☆ 壮絶な演技をしたつもりのホーク君
同じ役を誰にやらせることができるかなどとふと考えてしまいました。ショーン・ペン、クリスチャン・ベイル、ケビン・ベーコンの中から選んでもいいかも知れません。ちょっと前にカッコいいバンパイヤをやったばかりのホークがどろどろ、ぐちゃぐちゃ、めちゃくちゃな役で登場します。頭の中が大人ではありません。
彼は制服でない刑事。麻薬の取引の現場で手入れをやったりします。金にだらしの無い男で、家計が苦しいのに同僚と賭け事をやったりします。あちらこちらから金を集めようとし、妻にはできもしないのに新しい家に引っ越すなどと約束をします。現実を見ることのできる妻は、そんなに無理をしなくてもいいと言います。家が小さいと思っているようなのですが、日本人の感覚から言うとちょっと家の中を改造すればあと2つぐらい部屋を作れるように思います。ドイツ人はよく自分で改装しますが、私なら子供部屋ぐらい何とかなると思います。妻もそんな風に考えたのかも知れません。
夫のホークがどうしても新しい家というのは、2つ理由があります。1つは妻が妊娠中で、生まれるのは双子。もう1つは妻が喘息気味で、それは家の埃が原因らしいこと。その時も私は家を改装して、壁を塗り替え、窓の枠をきっちりしたらいいのではなどと実際的な事を考えてしまいました。まあ、理由はともあれ、ホークは何が何でも金をかき集めて新しい家に引っ越すと言って聞きません。男のプライドなのかも知れません。
あろうことか彼は手入れの現場から金をくすねようとしたり、人を殺して金を取ってしまったりと常識の境を越えてしまいます。その形相はショーン・ペンによく似ています。彼の脱線に気づいた同僚はそれとなく説得して境のこっち側に戻そうとします。しかし妻や同僚の冷静な忠告を聞けば聞くほど、ホークは軌道を逸して行きます。
その彼が当てにしていた大掛かりな麻薬取引の手入れが中止(延期?)になってしまいます。元々癇癪持ちに描かれていたホークの性格ですが、ついに切れて、1人で取引が予定されている現場に出向いてしまいます。同僚が心配してついて来ます。
★ どう見ても不自然な全員集合
それぞれの理由で3人はその夜1つの建物にやって来ます。
☆ ギア
一緒に田舎に行こうと言えば喜んでついて来ると思っていた売春婦に断わられたギアは、また自殺を考え私的に持っていたピストルを口にくわえます。ところがいざ撃とうと思ったまさにその時に目の前で若い女性が拉致されるところを見てしまいます。麻薬漬けにされているらしい女性で、やくざ風の男が車に乗せて連れ去ります。その女性の顔が警察の掲示板で見た女性とそっくり。なので自殺は延期して後を追います。その結果たどり着いた建物の地下で合計3人の女性を救出。めでたし。
☆ チードル
目の前でスナイプスをチンピラに殺された(と思った)チードルは、決死の覚悟でチンピラが潜んでいる建物に突入。無事チンピラを仕留めた直後に何とホークの同僚に撃たれてしまいます。ホークの同僚はホークを心配してついて来たのですが、目の前に現われた黒人、しかも1人を撃ち殺した黒人を見てとっさに撃ってしまいます。直後に警察だと気づいても遅い。作品中至る所で差別状況が描かれていますが、ここはその頂点のようなものです。何しろ「警官だ、銃を捨てろ」とか、職務質問にありがちな事を何も言わずいきなり撃ち殺してしまいます。黒人に対する白人の振る舞いはあちらこちらに描かれますが、黒人と結婚している白人の刑事もいたりするので、事情は単純ではありません。
☆ ホーク
大金があるとあたりをつけて建物に入ったホークはギャング数人を撃ち殺し無事大金発見。しかし撃ち殺されてしまいます。
ホークは元から危なっかしい性格に描かれていたので、いずれこういう結果になるだろうとの予想はつきます。カットされていたシーンはチードルを撃ってしまった警官が、ホークの未亡人に夫の死を連絡に行くところ。これはカットした方がいいのか、入れておいた方がいいのか判断が難しいです。
☆ スナイプス
何と、何と、何とですね、スナイプスは重症を負いながら死んでいないのです。これは突込み所満載。スナイプスは警察からずっと目をつけられていた伝説的なマフィア・ボスで、警察は全力をあげ、チードルを脅してまでこの男を逮捕、告訴、あるいは殺してしまいたかったのです。なので重症を負った彼がどこで治療をしたのかは謎。病院だとすれば、その後警察病院に送られ、起訴されるはず。姿を見るとちゃんとした医師から治療を受け、きちんと包帯などをしています。この男が無罪放免とか証拠不十分で釈放とはちょっと考えにくいです。
ところがカットされた(ラスト・)シーンでは1人だけで、まだきちんと治癒していない怪我を除くと元気。とにかく杖でもあれば歩けます。彼は片手に大きなボストンバッグを携え、中には大金が入っている様子。なので、警察から来たとはとても思えません。どこかに隠してあった 50 センチ x 50 センチ x 50 センチぐらいの量の札束を手にしています。
ちょうどタブロイド誌に火をつけ、その場を去ろうとしています。タブロイド誌には殉職した警官の記事が一面に大きな写真入りで載っていて、その1人はチードル。
スナイプスは複雑な表情。たった1人の友人のはずだったチードルが囮警官。そのチードルが生前しきりに自分に金を持って高飛びするように薦めていた、しかもその前にも裁判が上手く行くようにしてくれていた、もしかしたら本当に友情だったのかも知れない・・・などと考えている様子。
こういったシーンが全部カットされています。カット部分を見るのと見ないので、映画の解釈は全く変わってしまいます。
カット部分を入れると多少ましな作品になり、むかっ腹は立ちません。しかしそれでも文句は出ます。その理由がこの全員集合シーン。前にクラッシュという作品を見て、あまりの不自然さに唖然としたのですが、Brooklyn's Finest はその簡略版です。3組の事件に抑えてありますが、あまりに不自然。いい加減にしてくれという感じです。これだけ観客を集められるスターを使ったのだから・・・。
イーサン・ホークは思い切り憎しみをかき集めて演技していますが、周囲から浮いてしまい、笑いを誘いそうになります。「何て幼稚なの」の一言で一刀両断できます。
スナイプスとチードルは半分ほど無間道のパクリ。この部分で鬼気迫るのはエレン・バーキンの冷たさ。無間道のパクリとしてはしかしディパーテッドよりいいです。
★ 監督と脚本家
監督は一流で、Shooter、Lightning in a Bottle、King Arthur など有名になった作品もあります。特に知られているのは Training Day。脚本家は昨日まで車の整理係だった人。デビュー作品としてはかなり込み入った筋をこなしているので、おめでとうと言えますが、これほど話に影響を与える部分が何箇所もカットされてしまっているのはなぜでしょう。長過ぎるからなのでしょうか。しかし最終的に決まった132分というのもかなりの長さです。それなら140分にしても大した違いは無いでしょう。
一流監督、一流俳優をそれも4人も、そしてわりと複雑な筋。でもこなし方が悪く、落第点です。もう見たくないというのではなく、この素材でも編集し直すか、図式的にするのをやめれば何とかなったのではないかと思います。そういう点ではベン・アフレックには上手にまとめる才能があるように思います。
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