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ディパーテッド /
The Departed

インファナル・アフェアのリメイクだけではなかった

Martin Scorsese

2006 USA/HK 151 Min. 劇映画

出演者

Leonardo DiCaprio
(Billy Costigan - 囮捜査官)

Paula DeMers
(ビリーの母親、病気)

Tom Kemp
(Billy Costigan - ビリーの父親)

Mary Klug
(ビリーのおば)

Matt Damon
(Colin Sullivan - エリート刑事)
Conor Donovan
(Colin、子供時代)

Jack Nicholson
(Francis Costello - マフィアのボス)

Alec Baldwin
(Ellerby - 対マフィア捜査の指揮官)

Martin Sheen
(Queenan - ビリーをマフィアに送り込んだ刑事)

Mark Wahlberg
(Dignam - ビリーをマフィアに送り込んだ刑事)

Kristen Dalton
(Gwen - 警察の仕事を請け負う精神分析医、コリンの恋人)

Ray Winstone
(French - コステロの腹心の部下)

Sarah Fearon
(フレンチの妻)

Vera Farmiga (Madolyn)

Anthony Anderson
(Brown - 警察学校でのビリーの同級生)

James Badge Dale
(Barrigan - 警察学校でのコリンの友人)

Francesca Scorsese (空港の少女)
Thomas B. Duffy (州知事)

見た時期:2007年5月

直接のネタばれはやりませんが、カンのいい人にはヒントになるような記述が最後にあります。知りたくない人は退散して下さい。目次へ。映画のリストへ。

★ オリジナルとの比較

香港製のインファナル・アフェアをご存知の方はほぼ全員が失望すると思います。3部作の第1作目だけと比較しても十分失望すると思います。ディパーテッドオリジナルからまだ日も浅い時期にできたリメイクですし、私はすでにディパーテッドを見た人の話も聞いていたので、大きな希望は抱いていませんでした。言わば義務感と先入観を持って見たわけですが、単にスコシージの作品を見てやろうと思った方の中にも失望する人が出るかと思います。

インファナル・アフェアを見ていない方が、単にスターの揃った作品と思って見た場合でも、大物スターが揃ったわりに気合が入っていないという印象を受けるのではと思います。ジャック・ニコルソンマルチン・シーンという一昔前の大物、アレック・ボールドウィンという次の世代、マーク・ウォールバーグというさらに次の世代、そしてその時期にウォールバーグをはるかにしのいでいたマット・デーモンレオナルド・ディ・カプリオが出演しているのです。1人で主演を張れる人がぞろぞろというメンバーなのに、気合が入っていません。

大物がぶつかり過ぎて不発というのではありません。出演者が張り合っているようには見えず、強いてアラを探せば脇を固めるはずのニコルソンが前に出過ぎて灰汁を出し過ぎたかとは思いますが、それが原因でこけたようには見えません。全員監督と言い合わせて気合を抜いたのかと思えるほど、ぽしゃり方のアンサンブルは良いのです。

皆で調子を合わせて不発弾を発射するというのは妙な事ですが、オスカーは見事に取りました。スコシージの冷遇時代を埋め合わせるように彼は監督賞をもらい作品賞もこの作品に与えられています。さらに受賞できたのは編集と脚本。そして役者としてはそれほどの実力を残していないマーク・ウォールバーグには助演のノミネートが来ています。「ノミネートだけで終わった」という言い方もできますが、元々俳優でなかった人にオスカーのノミネートというのは受賞に近い出来事だと言えます。

★ プロデューサーの1人

何か変だぞと思いましたが、理由はあったようです。香港で大ヒットした作品をいち早く買い取ったのはブラッド・ピットと奥方。2人でやっていた会社がリメイクの権利をいち早く確保しています。ここから先は人づてに聞いた話なので話半分か話4分の1で聞いていただいて結構ですが、ブラッド・ピットはかつてでショーン・パトリック・フナラリーがやった役を希望していたというのです。これもボストンのマフィアの話で、仲の良い兄弟が町を脅かすマフィアに対抗して必殺仕置き人に変身してしまうという痛快コメディーです。ファンタに登場して大喝采を浴び、ベルリンには今でもファンがいます。ところが監督がこの作品をメジャー系の会社に売る事に異議を唱え、自分の意向を通したので、ピットの手には入らずお流れ。その影響だったのか、続編は計画されてもう何年にもなり、主演の続投も決まっていたのに頓挫。最近ではリストにも載らなくなりました。

この話にいくらかの真実が混ざっているとすればピットの敗者復活戦がこの作品だったのかも知れません。ディパーテッドには本人は出ず、裏方に回っていますが、代わりにデーモンとカプリオという演技もそこそこ行けるスターを起用。結果オスカー4つとノミネート1つです。オクラホマ人のピットがなぜボストンにこだわるのかは分かりません。そういう意味ではこの話、単なる噂だったのかも知れません。

★ 監督

スコシージはハリウッドからからかわれる事の多い人で、映画界の流れに影響を与える貢献をしていながら、1981年から6年で7回のノミネート。例えば1981年の作品ではノミネートは8つで、うち2つ、デニーロと編集が受賞していますが、監督は外れです。1990年もノミネート6つで、オスカーは助演のペッシへ。その他にスコシージは元から外れていても俳優やスタッフがノミネートされたり受賞したりという事があるので、スコシージの近くにいると良い事はあるようです。しかし当の本人はこれまでずっとオスカーから遠ざけられていた感があります。

特に顕著なのは最近で、2年毎に1作持ち込んで来ており、毎回ノミネートされていました。3度目の正直という言葉のせいでしょうか、3度目にして受賞です

最近のオスカーを見ていると、制作と受賞に時間差が感じられます。俳優でもその年に出演した作品でなく、1つ前の作品の方が良くてそれでは受賞を逃し、遅れ馳せながら別なぱっとしない作品で賞をお届けというケースがあります。スコシージもそれだったのかと言いたいところですが、アビエーターディパーテッドを見た限りではそのようには見えません。まだギャング・オブ・ニューヨークを見ていないのでこの意見にはまだ3分の1ほど資料が足りませんが。しかしスコシージの実力はどちらかと言えばデ・ニーロ主演の頃の方が良く出ていたのではという気がします。

デニーロが自分の後釜に推薦したのがカプリオ。カプリオは自分の実力については以外と冷静な目を持っていて、「スコシージと仕事ができるのがうれしい」とは言っていますが、自分が上手くなったと思っている様子は見えません。私にはまだ成長過程にあるように思えます。現時点では私にはマット・デーモンの方が実力が上に思えますが、デーモンについても全部を出し切ったとか、成長し切って頂点に達したという印象は持っていません。2人ともまだきっかけがあればさらに上に行くのではと思っています。デ・ニーロは2人ぐらいの年齢ですでに実力が上だったように思えるので、その意味ではスコシージは現在グレード・ダウン中なのかも知れません。しかしオスカーのチャンスがやって来た時にはもぎ取るべきでしょう。彼自身、今の自分の実力にでなく、過去の輝かしい時期に対して今頃賞が来ても断わらないつもりだったのかも知れません。もしかしてその辺について出演者全員が納得していたのかとかんぐりたくなってしまいます。変なハーモニーはその辺から出ているのかも知れません。

上に書いたように香港製のインファナル・アフェアと比べると違和感を持つ方が多数派だと思います。私も「あの素敵なインファナル・アフェアをこんなにして」と暫く腹を立てていました。香港のキャストはバランスが良く、役を良く表現していました。それに比べて・・・、というわけです。

★ ぽしゃった理由 土地の状況が違う

違いの理由の1つには香港の政治的背景無くしてはインファナル・アフェアはあり得なかったという点を挙げるべきでしょう。ボストンにはそういう背景はありません。2つの地域だった香港と中国本土が99年の契約が切れたため統合される、その時に中国側の人と香港側の人の間には軋轢が生じます。慣れるまでに何年もかかるわけで、香港側で不安感を抱いた人もいたと思われます。その辺がインファナル・アフェアには上手に織り込まれていて、マフィアと警察の他に香港と本土という対比にも大きな意味があったと思われます。それが演じている俳優にも投影され、寺のシーンにも意味が加わるわけです。それで作品全体に深み、厚みが生じていました。

ボストンでカソリック教会を出してみても、香港の置かれた状況とはまったく違います。アメリカでは全土で宗教の自由がずっと以前から保証されています。アメリカという国は資本主義体制で成立しており、国内に2つの方式の対立もありません。そのため対立点は犯罪者と警察だけになってしまいます。インファナル・アフェアに比べディパーテッドはやや不利です。

★ ぽしゃった理由 2人分を1人に押し込んだ

もう1つはスコシージがボストンに実在する大犯罪者ジェームズ・ブルガーの実話を盛り込んだため、その男のキャラクターがニコルソンに加算され、インファナル・アフェアのサムとは違う仕上がりになった点です。ブルガーの弟はマサチューセッツ州立大学の学長、ブルガー本人は FBI の情報源をつとめるなどと矛盾の多い人ですが、頭が良く残虐で、自分は汚い仕事に手をつけないか FBI との取引でお目こぼしをいただき、周囲には死体がごろごろという人物です。現在は逃亡中で、FBI の指名手配で、かの世界的に有名なアラビア系の指名手配人物の横に並ぶような男です。多額の賞金もついています。この話を聞いて思い出したのはスモーキン・エース/暗殺者がいっぱい。名を成した大ボスが実は警察側の協力者だったり、警察側に直接属していたりという事は現実にもあるのでしょうか。複雑な世の中になったものです。

★ 似て非なる・・・

ディパーテッド全体を見ると、インファナル・アフェアをほとんど変えずコピーしたシーンも多いです。リメイクという言葉通りです。その一方で、いくらか捻った点もあります。ブルガーの件を知らなかった時は、インファナル・アフェアとの比較表を作ろうかと思ったぐらいですが、ブルガーの要素が混ざっているとなるとそのような比較はあまり意味がありません。で、止めましたが、セットや設定が似ていてやや違っているのは例えばエレベーターのシーン。登場人物が1人多いです。そのためここで死者が3人出ます。生き残るのがマット・デーモンで、彼は警察当局に対し言いたい放題、自分の考え出したストーリで辻褄を合わせます。そして仕上げの美談としてインファナル・アフェアではヤンだったカプリオに死後功労賞を与えようなどと言い出します。

マット・デイモンのオトシマエはオリジナルとまったく違う形でつきます。これはネタばれ防止のために秘します。

★ フェミニストでないスコシージ ここでも2人分を1人に押し込んだ

もう1つ井上さんもちょっと不満そうだった女性の件。スコシージの映画に出る女性はいい役になったためしがありませんが、それはディパーテッドでも同じ。アンディー・ラウの恋人の小説家マリーはヤンと寝たりはしません。ヤンを想っている女性メイは密かにヤンの子供を産み、最後には子供は小学校ぐらいの年齢になっていますが、別人。スコシージはそれを1人の女性に全部入れてしまったのです。そのため心理学者の先生はデーモンと結婚という話にまで行きながら、カプリオとも関係し、さらに妊娠します。そしてなぜかこういう職業の人には意外な下着をつけ、濡れ場は下品。監督たるもの「これがいい」と思ったら作る時に迎合したり妥協する必要はありませんが、観客の側からは時々気になるシーンも出て来ます。

私はスコシージに女性を大切に扱えとは言いません。こういう表現をする監督がいてもいいと考えています。彼の表現の中に男性が女性に対して持っている考え方が表われているわけで、それは現実の表現でもあります。ドイツでは一時期女性を持ち上げることもありましたが、女性自身がそのチャンスを生かし切らないうちに経済が落ち込み、その結果現在では女性を軽視する出来事も復活しています。解放運動のかなりの部分がリップサービスだったのですが、現在それに対して異議を唱える女性の声はか細いです。スコシージが彼の考えを曲げずに出して来るのは女性にとっても考える機会になるので、私は彼を嫌っていません。

★ 全体の結論

結論を言えば俳優ががんばらないという点でまとまり、本人たちの最高の演技は見られない事、ボストンという地理的歴史的条件の違う場所の話になっているため、インファナル・アフェアで表現できていた不安がディパーテッドでは出なかった事、ジェームズ・ブルガーの話を織り込んだためニコルソンのキャラクターがサムのようなからっとした人物でなくなり、インファナル・アフェア・ファンにはがっかりになってしまった事、そして私個人の好みを言うなら、チャップマン・トウとトニー・レオンのやり取りがディパーテッドでは効果的に出ていなかった点も残念です。あいまいな出し方をするぐらいだったらばっさりやった方が良かったかと思います。リメイクと割り切ってコピーをするか、テーマを借りただけで別物と割り切って、ジェームズ・ブルガーの話に重きを置くかの判断がすっきりついていなかったように思えます。スコシージが「これをやるぞ」とはっきり目標を決めて仕事をしたら、インパクトの強い内容の濃い作品ができたと思います。ディパーテッドはあれこれ気を使い過ぎてテンションが下がったのではと思います。

その中でベテランとしてそれなりに気を吐いていたのはボールドウィンとシーン。やや太り気味できちんと髭もそらない捜査ティームのまとめ役としてマグ・カップでコーヒーを飲むシーンなど、些細な所で《らしさ》を出していました。マルチン・シーンはやられてしまった時に観客の同情を引かなければ行けないので、こざっぱりとした姿で登場し、感じのいいおじさんが死んでしまったという持って行き方です。

ディパーテッドは三部作で次の主演はウォールバーグなのだそうですが、スコシージはやる気あるんでしょうか。ウォールバーグを刑事にして作品を作る、シリーズにして3回出るなどという話には私も反対ではありません。元からウォールバーグだと決めてかかればそれなりにまとまりのいい作品は可能だと思います。しかし1作目にカーニバルのように大スターを並べてしまうと、どういう風に3作目まで持って行くのか見当もつきません。

さらに言うならばディパーテッド(1)のオトシマエがあのような形なので、その次はインファナル・アフェアのように過去に戻るか、あるいはのような展開にするしかありません。

長々と書きましたが、それだけインファナル・アフェアが気に入っていた事と、スコシージが気合を入れたらもっと何かできるのではないかという期待感があるからです。ウォールバーグというのは意外と目の付け所がいいかも知れません。カプリオは自力でやっていける部分もあるので専属にせず、かわいい子には旅をさせろ式に時々使い、別の監督の作品にも出したらいいかも知れません。

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