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ヒドゥン・フェイス /
La cara oculta /
The Hidden Face /
La verità nascosta /
Das Verborgene Gesicht /
Inside

Andrés Baiz

Kouombien/Spanien 2011 97 Min. 劇映画

出演者

Quim Gutiérrez
(Adrián - スペイン人指揮者)

Martina García
(Fabiana - ウェイトレス、コロンビア人)

Clara Lago
(Belén - アドリアンの前の恋人、スペイン人デザイナー)

Alexandra Stewart
(Emma - 家の持ち主)

Marcela Mar
(Verónica - バイオリニスト)

Juan Alfonso Baptista (刑事)

Humberto Dorado (アドリアンの雇い主)

見た時期:2012年8月

2012年ファンタ参加作品

要注意: ネタばれあり!

伏線が上手く隠されていますが、その方法も巧みです。この先はネタバレを前提として書かれていますのでご注意ください。

見る予定の人は退散して下さい。目次へ。映画のリストへ。

★ ちょっと愚かな登場人物、ちょっとだけ悪人

人物描写にそれとなく特徴を出しています。中心になる人物は3人。いずれも社会でちゃんとやって行ける人たちで、異常性格とか破綻者ではありません。 しかし映画に良くあるような《善人役は徹底的に善人、悪人役は極悪人》という分け方をせず、皆が《少しだけ人間的な欠点を持った普通の人》という描き方をしています。それが一般社会と近く良い評価ができますが、その事が出来事の展開を複雑にしていて、こういう伏線の張り方もあるんだなと感心しました。

★ 彼女が消えた!

出来事の中心にいるのが、スペインからコロンビアに1年契約で移って来たオーケストラの指揮者。すでに有能な若手と言われ、集客力があります。イケメンでもあるためオーケストラの美女たちの注目を集めており、本人は女好き。決まった恋人の他に浮気が疑われる女性バイオリンニストもいます。

指揮者というのは何十人もの楽団員の出す音に責任があり、観客動員数にも責任のある大変な地位ですが、逆に良い評判が出ると、何をやっても怒られない皇帝のような地位を得られます。そうなると高慢、わがままな人物も出て来ます。

主人公アドリアンが恋人ベレンに対して取る態度も鼻持ちならないもので、ベレンがある日怒って出て行こうとします。アドリアンを去るというビデオ・メッセージを残し、荷物を入れたトランクごと彼女はある日忽然と消えてしまいます。スペインの家には戻っていません。

アドリアンから通報を受けた警察が行方を捜しながらアドリアンに事情を聞きますがこれと言った手がかりがつかめず、警察はアドリアンを疑いすらします。もしベレンがバイオリニストの事で怒ってスペインに帰ってしまったのなら、飛行機か、今日では珍しいとしても船の乗客名簿に名前が載っていておかしくありません。何も飲み食いせず、何も買わずに過ごすのも限度がありますから、クレジット・カードぐらい使っていてもおかしくないのですが、通常考えられる所にはベレンの痕跡が全く残っていません。

ベレンはスペインでデザイナーとして活躍する若い女性。活躍の場はスペインなため、コロンビアくんだりまで来る気は元々ありませんでした。まだ来たばかりで友達もいないのですが、アドリアンは大勢の人に囲まれて仕事をする毎日。ベレンはアドリアンと暮らす豪邸で1人きりでデザインを考える毎日。人とのコンタクトはほとんどありませんでした。そして失踪の直前アドリアンとオーケストラのバイオリニストのことで揉めており、ベレンがアドリアンを去ったとしてもおかしくありません。

アドリアンはスター指揮者特有のナルシズムとエゴイズムをたっぷり持っているので、ベレンが頭に来ることはしばしば。しかし怒って出て行ったのならスペインの家に戻り、元のようにデザイン仲間とコンタクトを取っているはず。明るい性格の人物なので、アドリアンにあっかんべーをして新しい恋人を探してもおかしくありませんし、彼女無しの生活に苦しむアドリアンに「そら、ごらんなさい」と言ってから戻って来てもおかしくありません。お金は彼女にも十分あります。しかしスペインに入国した痕跡は無し。

★ 実は仕組まれた失踪

アドリアンのわがままに業を煮やしたベレンはある日家主のドイツ人未亡人エマに苦悩を打ち明けます。するとエマはベレンに屋敷の秘密を披露します。夫はナチの時代にドイツから逃げて来た人物。元々は建築家だったため、コロンビアの生活が落ち着いた後家の中にパニック・ルームを作ります。これは夫が戦後国際手配されている場合には隠れ家にもなりますし、南米に時々あった独裁政権から身を守るのにも役立ちます。夫婦には時間がたっぷりあったためか厚い壁、二重窓、十分な広さ、水道などが揃っており、長期間の篭城が可能になっています。もう古くなっていますが、肉の缶詰も貯蔵してありました。

未亡人はベレンが家出を装ってこの部屋に隠れ、アドリアンが彼女がいなくなったことで苦悩するか、すぐ次のガールフレンドに飛びつくかを見極めたらいいと提案します。アドリアンに腹を立てていたベレンはその話に乗ります。この時はちょっといたずらをするような乗りで、陰険な事を考えているわけではありません。無論殺意も抱いていません。未亡人にもそれ以上の下心はありません。

★ 苦しむアドリアン、切り替えるアドリアン - 男性の回復力は強い

アドリアンはベレンが消えてしまい苦悩します。そのため酒場で飲んだくれて、トラブルに巻き込まれてしまいます。同情したウェイトレスのファビアナが、閉店後自分のアパートに連れて行き、アドリアンはそこで一泊。ファビアナはクレア・デーンズ風の気立ての良い女性で、ベレン失踪で悩むアドリアンを慰めてくれます。

それが功を奏してアドリアンは元気になり、ただのウェイトレスのファビアナにコンサート・ホールを見せたり、彼女を喜ばせることをしてくれるようになり、間もなくファビアナはアドリアンの家に移って来ます。

この時点でドイツ人の家主はベルリンに発っており、ベレンはパニック・ルームの中から2人の様子を見ています。アドリアンはファビアナの登場でベレンの痛手から回復、バイオリニストの事はちょっと横に置いてあります。

★ 本格的ネタバレ - 予想外の展開

失踪前家主はベレンにパニック・ルームを全て見せます。部屋自体は上に書いたようにしっかりとした作り。3方が二重ガラスの窓(マジック・ミラー)になっていて、中の音は外に漏れません。窓は寝室と、浴室、洗面所に面していて、そこの音はパニック・ルームに聞こえます。入り口は大きな戸棚の奥に隠されている鍵穴から開くようになっていて、ベレンは鍵を預かります。

ベレンがパニック・ルームに身を隠す直前、ビデオ・メッセージを作り、アドリアンの目に付くように置いておきます。自分はトランクに衣類などを詰め込んで、旅立ったような状況を作り、トランクごとパニック・ルームに隠れます。ところがアドリアンが予想より早く帰宅したので、慌ててパニック・ルームに飛び込んだベレンは鍵を外に置き忘れてしまいます。その鍵は床に落ち、さらに吸水口のような所に落ちてしまいます。

アドリアンは揉め事の原因を作ったのが自分だと反省し、ベレンのために花束を持って帰宅しますが、ちょうどその時ベレンは荷物ごと消えていました。稀代のナルシスト & エゴイストのアドリアンがせっかく謝ろうと思ったのに、ベレンに去られてしまったので、アドリアンはその足で近所の飲み屋へ。

ファビアナお持ち帰りで帰宅した様子をベレンはパニック・ルームの内側から見ているしかありません。

しかしベレンにはこのままでは命の危険が迫っており、食料が尽きた時が最後です。なので恋のライバルではあってもファビアナに助けてもらうしか道が無く、ファビアナが1人で家にいる時に一生懸命水道管を叩いたり、大声で叫んだりします。部屋の護りが固いので直接ベレンの声はファビアナには伝わらず、当初ファビアナはあまり大きくない物音や、洗面所の水に浮かぶ細波で、死んだベレンの幽霊でも出たのかという印象を受けます。アドリアンに話しても相手にしてもらえません。ところがある日ファビアナは落ちていた鍵を発見。少しずつこの家にパニック・ルームがあることに気づき始めます。それどころか音や振動で《イエス》と《ノー》のサインを決め、中のベレンと通信を始めます。

ベレンはこれで救出されると希望を持ち始めますが、ファビアナは立場が違います。ベレンが出て来ればファビアナはお払い箱にされるかも知れず、元のウェイトレス生活に戻るしかありません。ちょうどアドリアンについてスペインに行こうかとまで考えていた気立てのいいファビアナの頭にちらりと悪魔の考えが横切ります。ベレンの存在を知っているのは自分だけ。放って置けばいずれベレンは死ぬ・・・。

せっかく自分の存在を伝えることに成功したのに、すんなり助からない事をに気づいたベレンはありったけの知恵を絞って一計を案じます。まだそれほど弱っていないのですが、ベレンはその後ファビアナからの連絡に応えなくなります。元々は悪人でないファビアナは徐々に心配になり、ベレンの様子を見るために鍵を使ってパニック・ルームを開けて見ます。

★ 落とし前のつかないショーダウン

ほんの一瞬のチャンスを逃さずベレンは外に出ます。そして今度はファビアナが中に閉じ込められてしまいます。

ベレンはしかしそのまま家に留まらず、外に飛び出して行きます。最後のシーンではどこかの海岸に座っています。トランクは中に置いたまま着の身着のまま逃げ出したので、お金があるかも不明。ファビアナは中に閉じ込められたままで、残りの缶詰を食べてしまったら終わり。そして帰宅したアドリアンはファビアナも消えてしまったので、警察から何と思われるか・・・。こういう終わり方をします。

見た人の中にはここを何とかしてくれと思った人もいるようです。私はまだ結論が出ていません。ベレンが助かってからさほど時間が経たないまま終わるので、ベレンが海岸で考えた挙句警察に届けるなり、アドリアンの所に戻ることも考えられます。それまで自分がどこにいたか言わざるを得ないので、ファビアナが助かる可能性があります。ベレンも元々は極悪人ではないので、良心が咎めて通報ということは大いにあり得ます。起きた事があまりにも予想外だったのでパニックになり、後で届けた時は遅かったという展開もあり得ます。あるいは悪に目覚めてしまって・・・という展開もあり得ます。

ベルリンに行った家主がベルリンで急死するため、よその助けでファビアナが助かる道は塞がれています。でなければ、警察かアドリアンがベルリンに連絡を取ったはずみに家主からベレンに提案をしたという話が伝わり、救出というショーダウンも考えられるのですが、その道は伏線を張る途中で閉ざしてあります。

★ 現実的な部分

ホラー風なタッチで実はスリラーという戦術が大成功しています。

そんな中で現実的な面をご紹介。ドイツ人がパニック・ルームを本当に作ったのかという点はこの作品だけのフィクションかも知れませんが、戦後南米に逃げた位の高いドイツ軍人の話は本当のようです。オデッサ・ファイルにも描かれていますが、実際南米各国にドイツ語を理解する人たちが住んでいて、1代か2代遡るとこういう軍人だったという話があります。3代目の若者がドイツに留学して来た例もあります。南米に逃げたのは手配を逃れた元軍人だけではなく、ユダヤ系ドイツ人が欧州大陸が危ないので南米に渡ったという例もあります。事情に疎い私たちには敵味方入り乱れて大丈夫だろうかと思えるのですが、南米は広大なためかあまりニアミスは起きていないようです。

近年は欧州のドイツ人が南米の土地を買い、広大な地で農業をやっているらしく、南米産の果物などが定期的にドイツに輸出されています。冬と夏が逆転しているので、ドイツの冬に季節はずれの果物が食べられたりします。ドイツの国土は欧州の地図を見るとそこに示されている通りの広さですが、ドイツのお金持ちが南米に買っている土地はドイツ国土よりずっと大きいと言われています。

南米には戦後独裁政権になっていた国もあるので、パニック・ルームを作るという話は何となく現実味がありますが、この点はフィクションかも知れません。

もう1つ現実的に思えたのは缶詰。ドイツにはああいう缶詰があり、最近は見ませんが、チェルノビル事件の頃には普通のスーパーマーケットで売っていました。私が買ったのは牛肉の缶詰で、味はコーンビーフのようです。元々は軍の食料として作られていて、余ったか賞味期限が近づいたので放出したのではないかと思います。塩味で、そのままでも食べられますし、ただ焼いたり煮たりするだけでも一応ちゃんとした味がします。スープや他の料理に混ぜても行けます。ラベルが全くついておらず、真鍮色の缶詰の上に期限が印字されているだけです。値段は中身を考えると割安でした。

もう1つ現実的なのは家の貸し借り。ドイツ人が長期に渡って外国に行ったりして家を空ける時家を他人に貸すことがあります。最近ではインターネットで貸し借りがやり取りされるようですが、そういう時代に入る前にも知り合いを通じて1年、2年家を貸す話を現実に見聞きしたことがあります。当時は知り合いを通じてという話が多かったようですが、家を空き家にしておくリスクと、住んだ人が家を乱雑に扱い壊れたりするリスクがあり、どちらがいいとは言えませんが、当時は周旋屋などを通さずにやっていたようです。恐らく最近はインターネットできちんと契約を結んでやるのだと思います。ドイツ人には合理的な面があり、自動車の相乗り、コンサート、見本市、会議が催される間見ず知らずの人のアパートに転がり込むなど、意外と人を信用して行われていることがあります。フィクションの世界ではこういう家やアパートの交換には危ない落とし穴があり、今年のファンタにはとんでもない目に遭う女性の話が出ていました

★ 誰もが聖人君主ではなかったけれど、誰も連続殺人鬼ではなかった

この作品の登場人物は9割以上善人で、ちょっとだけ悪人の要素を持っています。指揮者はイケメンですが、自意識が強く、立場を利用している女たらし。ベレンが去ると暫く本気で泣いていますが、次の女性が見つかるとすぐ元気になってしまいます。

ベレンは相手に常に自分だけを愛する事を義務付けてしまい、愛情関係がタイトになってしまいます。デザイナーとしての仕事はスペインにいる方がやり易いようで、コロンビアにあまり長居したくないというのが本音。する事があまり無いコロンビアでボーイフレンドに浮気をされてはカッと来るのも仕方ありません。で、彼を懲らしめてやろうと考え始めます。

ファビアナはもともとは気立ての良い女性。特に警戒心も下心も持たず、悪酔いしたアドリアンを助けようとしたり、自宅に泊めてやったりします。しかしアドリアンが大金持ちな上に、重要な仕事を持っていると理解すると、これからの人生を彼と一緒に過ごしたくなります。そこへベランが出て来ると邪魔。なので直接ナイフを振り上げるような殺し方はしませんが、知らんぷりをするという形でベランを見殺しにしようとします。人が中にいることを理解したうえ、鍵を手にしているので、立派な殺人です。

ベランとファビアナは後半立場が入れ替わってしまいますが、2人ともベルリンで家主が死ぬとは思っていません。誰にも予想のつかない事が起きてしまい、最後ベランがファビアナを解放しない限り今度はベランが殺人者になってしまいます。ベランがすでに缶詰を食べているので、ファビアナが生き延びられる時間は限られています。アドリアンは全く無関係ですが、自分の恋人が2人も続けて自宅から忽然と消えると疑いがかかります。観客がパニック・ルームの存在を知らなければ、アドリアンは殺人鬼かも知れないと誤解されそうな立場。

最後誰がどうするのか全く分からないまま終わります。すべてはベランの胸先三寸ですが、もしベランがファビアナを見殺しにする場合、ファビアナは何かを書き残すでしょうから、ベランは何年も経ってから捕まる可能性もあります。彼女は鍵は家において姿を消しています。未亡人が死んでいるのでこの鍵の意味に気づく人がいるかどうか・・・。なかなかスリルのある作品です。

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