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スウィッチ /
Switch /
Identidade trocada

Frédéric Schoendoerffer

F 2011 104 Min. 劇映画

出演者

Karine Vanasse (Sophie Malaterre - ファッション・イラストレーター)

Sophie Faucher (Marianne Malaterre - ソフィーの母親)

Maxim Roy (Claire Maras - 雑誌の編集者)

Karim Saleh (Kourosh - ソフィーがパリで知り合った青年)

Karina Testa (Bénédicte Serteaux - 有名な画家の娘)

Niseema Theillaud (Alice Serteaux - 有名な画家)

Eric Cantona (Damien Forgeat - 殺人課警部)

Mehdi Nebbou (Stéphane Defers)

Aurélien Recoing (Delors)

Bruno Todeschini (Verdier)

Ludovic Schoendoerffer (法律家)

Maurice Bitsch (歯科医)

Laëtitia Lacroix (精神分析医)

見た時期:2012年月

2012年ファンタ参加作品

要注意: ネタばれあり!

見る予定の人は退散して下さい。目次へ。映画のリストへ。

★ ありえねぇ〜話とありそうな話

おもしろい劇映画というのはおおむねありそうな話と、まず無いだろうという話を巧みに組み合わせてできています。現実的な話を織り交ぜて観客の共感を得たり納得させたりする反面、わざわざお金を払って映画館に行ったり、DVD の料金を払う人は日常の退屈さから逃れたいという気持ちもあるので、ありえねぇ〜話も混ぜます。スウィッチはきっちりこの公式に従って作られています。ドイツ人のような名前のシューンドルファー監督はルドヴィク・シューンドルファーの息子。

これまでにもファンタに出た作品があり出来は良い方です。スウィッチは事件の真相解明の部分が慌しくて、監督の他の作品より構成の部分でやや落ちるかなと思いますが、追いかけっこあり、驚愕の真実ありと、活劇としてはおもしろいです。

★ 女性には危ない世界

数十年前は女性の一人旅は親が許さないとか封建的な考え方が多かったです。それが70年頃から世界的にかなり自由になり、当初は良かったです。私も国内外たくさん旅行しました。欧米ではコストを浮かせるために車の相乗りや、休暇中のアパート交換、果ては1年間家を交換などということもできるようになりました。それも国内ばかりではなく、国際的な規模で。

その反面女性の一人旅が危険だという面が忘れられるようになり、とんでもない目に遭う女性も出ます。私の周囲でも以前アルバイトしていた職場の女性が休暇を取ってドイツ国内でキャンプに行ったのですが、意識不明、ひどい状態で発見され、職場復帰までに数ヶ月を要しました。気立てのいい女性で家族の仲も良く、両親が支えてくれたのでしょう。戻って来た時はそれまで内気だったのが、活発で元気な女性になっていました。人生の地獄を経験し、集中的に人生のリセットに励んだ結果とは思いますが、非常な勇気を持って立ち向かったようです。

スウィッチの主人公が生まれたのは比較的治安のいいカナダで、女性の一人旅がすっかり当たり前になった時代。母親の娘時代に女性の地位が劇的に向上しています。そして主人公が25歳になった現代では女性の一人旅が危ないなどと考える人はほとんどいません。たまたま彼女は現在シングル。行き先はパリ。フランスに来るおのぼりさんの旅行者が怖い目に遭うというのも過去の話。フランス語が母国語の主人公はフランス人が騙そうとしてもそう簡単には引っかかりません。それでも彼女はとんでもない目に遭い、最後は怪我をします。というのはパリに来ること自体すでに騙されているからです・・・。

★ あらすじ

モントリオールのファッション・イラストレーターのソフィーは現在シングル。仕事は泣かず飛ばず。雑誌の編集をやっている知り合いクレールに勧められるままインターネットでパリの女性とアパートを交換することに決め、パリで休暇を過ごすことにします。パリのアパートの持ち主はベネディクト・セルトーといい、かなり豪華なアパートです。

着いた日は自転車で一日パリ見物をして、素敵な男性と電話番号を交換。翌朝目が覚めると警察の訪問。アパートの開かずの間に頭の無い男性の死体が・・・。殺されたのは名士の息子。猟奇殺人の様相を呈しています。

ベネディクトだと思われているソフィーは殺人罪で逮捕。状況証拠は彼女に不利。その辺の指紋は全て彼女のもの。凶器は京セラのセラミック・ナイフにそっくり。ご丁寧にもベネディクト名義で彼女の写真のついたパスポートまで発見され、窮地に立たされます。アパートを借りる時に勧められたインターネットのサイトはスウィチ・コムと言うのですが、まさかアイデンティティーまでスウィッチされてしまうとは・・・と気がついた時は遅かったのです。

主人公がハッピーエンドにたどり着くにはどうすればいいか。 - 取り敢えずは逃げなければなりません。その後は事の真相を探らなければなりません。モントリオールから来たおのぼりさん、土地勘も無く、どうしたらいいのでしょう。

警察が来た時は変な頭痛がしており、警察で「自分はカナダ人のソフィーだ」と言っても誰も信じてくれません。彼女が乗って来たはずの飛行機の予約も確認が取れません。担当しているのは石頭の殺人課フォルジャ警部。殺されていたのは名士の息子。頭部は見つからない。そして何よりも彼女がパリのアパートを見つけるきっかけになったインターネットのサイトが跡形も無く消えています。

警察はソフィーが取調べでは非常に正直そうで、凶暴性も無いので「混乱している、迷宮の女かもしれない」と思い、精神鑑定をやりそう。これは自分で何とかするしかないと悟ったソフィーは「歯形で身元を確認しましょう」という話に持ち込むのに成功し、メスを奪って歯医者を脅しながら逃亡。このシーンはイラストレーターらしからぬ手際の良さで信憑性に欠けますが、彼女が外に出ないと話が進まないので、片目をつぶるしかありません。この作品ではあちらこちらにちょっと無理があります。絵空事なら絵空事、リアルに行くなら現実的にやってくれという考え方の私なので、この作品はやや評価が低いです。

彼女の脱出術、逃亡術はやや現実味を欠いていますが、話はどんどん進んで行きます。このテンポはなかなかいいです。警察から追われながらの独自の調査をするのは簡単ではありませんが、やるしかありません。取り敢えずは日本人女性を脅して車を奪い、その女性のお金を下ろして洋服を買い、外見を変えます。救う神もいるようで、日本人女性はソフィーの印象を、「何かに困っているようだけれど悪人には見えなかった」風に証言します。服を買いに行った店の主もわけありと見てソフィーに親切。逃亡に必要な物をそろえてくれます。

ベネディクトのアパートは直接の犯行現場なので警察が張っていて入れません。ベネディクトの母親はソフィーの写真を警察に見せられて、「確かに自分の娘に似ている」と証言。ソフィーにサイトを勧めた編集の女性はカナダで殺されます。実は彼女はベネディクトに袖の下をつかまされていました。もしパリのアパートに住んでいるのがベネディクトにされてしまったソフィーだとすると、モントリオールのソフィーの家にはソフィーを語るベネディクトが住んでいてもおかしくないと思ったソフィーは、カナダの母親に電話をし、助けを求めますが、母親は女丈夫。怖がりさんなら先に警察を呼んで一緒に行きますが、彼女は1人で娘の家に乗り込んで行きます。これで運が尽き、カナダに来ていたベネディクトに殺され、家は火をつけられてしまいます。そこには行方不明になっていたパリの被害者の首が・・・。

そんな時、パリの石頭の警部はいくらなんでも様子がおかしいと考え、ベネディクトの母親に聞き込みに行きます。一体なんで大西洋をまたにかけてこんな事をするのだろうと思っていたのですが、問題の発端は精子バンク。

ソフィーの母親が結婚していた男(無論ソフィーの父親)が昔お金欲しさに精子を売ったために、正式に結婚で生まれたソフィーの他に異母兄姉が存在していました。首なし男と、ベネディクトはソフィーと半分血が繋がっていました。ソフィーの母親はすでに未亡人。ソフィーもそんな事情は一切知らずに育っていました。

母親が芸術家で、子供と折り合いが悪く、ベネディクトは精神病院育ち。後年ベネディクトは自分の出自を調べ始め、他の兄弟姉妹は育ちが良く、自分は不幸という格差に気づきます。そのために他の2人を妬み、殺すことを決心。ベネディクトの母親は豪邸に住んでいる有名人。娘に精神的異常性があると気づき、精神病院に入院させていますがその後は放りっぱなしにしています。ベネディクトはハッキングの名手になっており、いんちきサイトでソフィーをパリに誘い出したのです。

ソフィーはベネディクトのアパートに戻って来たところでベネディクトと出くわし格闘になり、形勢不利。ベネディクトは折り良く飛んで来た刑事に仕留められますが、ソフィーは大怪我。カナダの母親を亡くしており、信頼していた編集者は裏切り者な上に死亡。

★ もうちょっと

ちょっと筋に飛躍があり、描写も荒いのですが、テンポが速いのである程度楽しめます。一般的な私の点数は低めですが、今年のファンタの作品の中では上位3分の1ぐらいの位置です。願わくばリメイクして、もう少しきめ細かく章と章の間をうまく繋いでもらいたいところです。個々のシーンはそう悪くありません。

★ 映画を作る理由

時々「なぜこの監督はこの作品を作ったんだろう」と訝る時がありますが、、スウィッチは精子バンクが無節操に広がることに懸念を示したのかも知れません。アナトミー(1 と 2)が作られた時も「なぜこんな作品を作ったのだろう」と訝ったのですが、人体標本を作る東ドイツ人の医師がおり、センセーショナルな展示会を始めており、アナトミーが制作されたのはこの医師が中国に死体の加工工場を作った頃です。アナトミーの舞台は問題の医師が活動していたと言われるハイデルベルク。 中国の工場は後に医師との間にトラブルを抱え、医師は手を引きます。それで終わりかと思いきや、中国で仕事は続けられ、それが今年の政変にまで繋がっています。アナトミーが作られた当時実際に死体展示会が各国で行われていたわけで、映画の制作者は懸念を表わそうと思ったのかも知れません。

いずれご紹介しようと思っているジェシカ・ビール主演のトール・マンもある事についての矛盾や懸念を映画で表現しようとしています。精子バンクを利用するとスウィッチで示すように、1人の男性の子供が無数にできてしまいます。極論を言うと文字通り全世界皆兄弟になってしまいます。スウィッチでは主人公の他に2人の兄姉が誕生していますが、現実には1人の男性からもっと多くの子供が生まれているでしょう。万一兄妹、姉弟だと知らずに知り合った2人が身内だったら・・・という懸念が生まれます。私はこんな方法を使ってまで無理して出産をする前に、孤児になった子供を養子にし易いようにすることと、養子とまで行かなくても親代わりに特定の子供の面倒を見るシステムを作る方が先なのではと思います。

映画が作られる時にはスポンサーの意向が大きく働き、せっせとタバコを吸うシーンが多い作品、バンバン銃を撃ちまくる作品、主人公がかっこよくお酒を飲んでみせる作品などがあります。善玉がスポンサーの車に乗り、悪玉がライバル会社の車などと言う話を聞いたこともあります。

そういった話になる前、脚本の段階でも映画に何か訴えを込めて作る場合があります。それがスリラーと言う形になる例もあれば SF になる場合もあります。映画という媒体に色々な思いを込めて作られるわけです。今年のファンタにはいくつかそれがはっきり見える作品が出ていました。

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